長澤まさみ、“世界の崩壊”を描く「散歩する侵略者」で追求した女性のリアルな心情

2017年9月8日 09:00


演じる上でのキーワードは“愛”と“怒り”
演じる上でのキーワードは“愛”と“怒り”

[映画.com ニュース] 劇作家・演出家の前川知大氏率いる「イキウメ」の人気舞台作品を映画化した「散歩する侵略者」で名匠・黒沢清監督と初タッグを組んだ主演女優・長澤まさみが、本作での挑戦について語った。

数日間の行方不明の後、夫・真治(松田龍平)が別人のようになった状態で帰宅し、変ぼうぶりに戸惑う妻・鳴海(長澤まさみ)。時を同じくして、ちまたでは不可思議な現象や一家惨殺事件が次々と発生し、真相を追うジャーナリスト・桜井(長谷川博己)は謎めいた若者たちに会ったことから騒動の真相を知る。

松田と夫婦役に挑戦した長澤は、突如非日常に放り込まれた女性の混乱や不安をリアルに体現しつつ、たとえ別人のようになったとしても夫を思い続け、何が起こっても守ろうとする女性ならではのしなやかな愛をも演じきっている。長澤は「私が演じたのは愛の物語のパートなので、本気で松田さんのことを好きになる、大切な人と思うということが、第1歩かなと思って演じていました。自分に今までなかった、乗り越えられなかったお芝居ができればなと思っていたので、そういう感情は大切にしなくちゃなと。自分が没頭する、集中することが課題でしたね」と“愛”の表現に腐心したと明かす。長澤の努力が集約されたのが、鳴海が真治にあるセリフを投げかける見せ場のシーン。鳴海の真治に向けた途方もなく深い愛情が、見る者を震わせる内容となっているが「女性の愛というのは大きいと感じました」と振り返る。

そのシーンに到達するために重要な要素となったのが、鳴海の中に渦巻く怒りの感情だ。長澤は「台本を読んで初めに思ったのが、(鳴海は)ずっと怒っているなということ。ただ相手に対して怒っているだけだったらとっても薄っぺらい人間に見えるし、いまいち自分の中で腑(ふ)に落ちなかったので、監督に『何に対してこの人は怒っているんですか』と質問したら、『自分の身の回りのことに怒っているのではなく、世の中に対して、目に見えない大きいものに対して怒っているんだ』と言われて、すごく納得できたんです」と黒沢監督との対話が、鳴海を演じる上で不可欠だったと語る。

怒りは、愛情の裏返し。黒沢監督に背中を押された長澤は、鳴海の感情が怒りから愛へとシフトしていくさまを見事に演じ分けた。「愛情のない人間じゃなければ、怒ることはしないですよね。どうでもいい人間には、自分の感情は動かない。女性らしさもあると思うのですが、強さだったり弱さだったり、怒りというものに含まれる要素はたくさんある。怒りの中に、いろんな表現が隠れているというのがすごく魅力的だったし、この役を演じる上で、大切にしなきゃいけないところだと感じたんです」。「黒沢監督と一緒に仕事ができて、また1つ夢がかなってうれしかった」と晴れやかに語る表情からも、長澤が得たものの大きさがうかがえる。

撮影に際しては「役者の知り合いから、監督は1発本番らしいと聞いていたので、とりあえずそれに対応できるように、心構えはしていました。自分に足りないものは自分でもわかってきているので、衣装合わせのときに、監督に『思うことがあったら言ってください』と初めにお願いしましたね」と振り返る。黒沢監督の現場を実際に体験した印象は「現場に入って、一連の流れを監督が口頭で説明してから、そこに芝居を当てはめていくという感じでした。感情的な表現としては、割とストレートに演じない」のが特徴だったという。

「『今日の晩ご飯、何にする?』って言うシーンは特にわかりやすかったんですが、あの状況下(世界が崩壊に向かう真っ最中)において、もう後にも先にも引けなくなって、周りはすごい状態になっているのに急にぽつりと言う言葉には、世の中で起きていることに対してものすごくどうでもいい、というような感情が込められていて。何を食べたいか聞くっていう感情表現は、自分にはない感覚で。でもそれがリアルなんじゃないかっていうお芝居はとても勉強になりましたし、多分今までだったらもっとストレートに演じてしまっていたところが、また違う普遍性を持つシーンになって、面白いな、監督の演出は、と感動しましたね。海外の映画祭に数多く作品を持って行かれている監督だからこそ知りえる感情の出し方、もちろん映画をたくさん知っているからこそでもあるんでしょうけど、面白かったです」と充実感を漂わせた。

散歩する侵略者」は、9月9日から全国公開。

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