最終コーナーで「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(以下「エブエブ」)の独走状態になるとは予想もしていなかった。1月上旬のクリティック・チョイス・アワードにおける作品賞受賞にはじまり、DGA賞、PGA賞、SAG賞で圧勝。後者3賞は選考者はアカデミーと会員がかぶっていることから、作品賞と監督賞、主演女優賞と助演男優賞は間違いないだろう。
それにしても、1年近く前にこの映画(https://eiga.com/extra/konishi/319)について紹介したときは、まさかアカデミー賞の本命になるとは予想もしていなかった。
作品が優れているのは確かだが、なにより前年の3月公開である。アカデミー賞 は1月から12月に公開されたすべての映画にチャンスがあるが、生身の人間が審査する以上、公開日が古い映画は分が悪い。昔の記憶は新しいものに書き替えられてしまいがちだし、会員の平均年齢も高めだからだ。
それでも「エブエブ」が爆走しているのは、各スタジオが年末に放ったアカデミー賞狙いの作品がパンチ力に欠けていたことに加えて、「エブエブ」が同時期に業界内でじわじわと広まっていたからだ。荒唐無稽な設定ながらしっかりハートがあり、低予算ながら独創性と遊び心に満ち溢れていて、おまけにマイノリティを主人公にしているので多様性・包括性を推し進めるアカデミーの方向性とも合致する。
これを倒す作品があるとすれば、「フェイブルマンズ」や「イニシェリン島の精霊」といったアカデミー賞狙いの作品よりも、観客を映画館に大量動員することでハリウッドを救った「トップガン マーヴェリック」や「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」のような大作映画ではないかと思う。とくに「トップガン マーヴェリック」(https://eiga.com/extra/konishi/320/)は芸術性はともかく、エンタメとしての完成度はピカイチだ。
だが、あいにくこれは26年ぶりとはいえ続編映画なので分が悪い。やはり「エブエブ」が授賞式を席捲し、「エブエブ」がいない(あるいは弱い)カテゴリーを他の作品が取り合う展開になりそうだ。
前哨戦序盤から頭ひとつ飛び出した「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」。しかしこれ、観終わって頭を抱えました。オスカー大本命の前評判を知りつつ鑑賞に臨みましたが、才気あふれる若い監督コンビが放つエネルギーの塊のような作品は、これまでの作品賞受賞作とはまったく似通ったところのない異質な作風。ハチャメチャでありつつエモさも爆発するブッとんだ内容が、果たしてアカデミー会員にすんなりと受け入れられるだろうか?と。最重要前哨戦である全米製作者組合賞を受賞し、全米俳優組合賞でも4部門を独占していますから、本来であればオスカー像に最も近いのはこの作品でしょう。ただ、この映画が本当に作品賞を受賞したら、「アカデミー賞の新たな時代の到来」と言ってしまっていい気がします。
一方で、アカデミー賞ファンとして期待するのは、「トップガン マーヴェリック」の受賞です。ここ数年、アカデミー賞授賞式の視聴率低下が嘆かれていますが、カンフル剤となるのはやはり、人気作の受賞です。今年は「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」や「エルヴィス」など、ボックスオフィスで大ヒットを飛ばした作品が多数ノミネートされており、新規ファンにアプローチする絶好の機会となっています。そんな中で「トップガン マーヴェリック」が作品賞受賞を果たしたら、盛り上がりは最高潮に達することでしょう。ひとりでも多くの人にアカデミー賞を楽しんでほしいと布教活動している身としては、「トップガン マーヴェリック」が作品賞を受賞するかも!と煽って煽って少しでもアカデミー賞熱を盛り上げたい気持ちです。
…実際、受賞の可能性は大いにありますよ。作品賞の投票形式はほかの部門と違って特殊です。全会員がノミネート作10本に1位から10位まで順位をつけて投票し、その合計点で決着がつけられます。つまり、1位票をたくさん集めたけど下位票も多い作品よりも、総じて上位票を多く集める作品が総合点で上回る可能性が高いのです。映画業界を救ったとすら言われる「トップガン マーヴェリック」は、1位票こそ多くなくても、2位~4位あたりの票をたくさん集めそうな気がしませんか?驚きの大逆転勝利があっても不思議はありません。
【映画情報 オスカーノユクエ】 @oscarnoyukue
アカデミー賞、全米興行収入の話題を主にレポートするサイト「オスカーノユクエ」管理人のTwitter。
作品賞候補10本は多様な作品が揃い、前哨戦でも見事なほどに受賞を分かち合った。ここまでの混戦は、近年でも珍しいのではないか。とはいうものの、クリエイティビティ、テーマの今日性、興行成績のバランスを見れば、はやりダニエルズの「エブリシング・エブリウエア・オール・アット・ワンス」が、作品賞、監督賞ともに最有力候補といえるだろう。賞レースとは一見無縁なシュールなSFコメディは、去年の3月のSXSWでプレミアされた後、制作費2500万ドルのところ米国内で7000万ドル、グローバルで1億ドル超えという想定外のヒットとなり、米国の気鋭映画会社A24史上最高のヒットとなった。「イニシェリン島の精霊」や「TAR ター」といった同様に作品の質で高い評価を受けているアート系作品が興行的には停滞していることを考えると、観客の絶大な支持を得ているもとは大きなアピールになる。
英国アカデミー賞を席巻した「西部戦線異状なし」は、1930年にハリウッドで映画化されたドイツのエーリヒ・マリア・レマルクの小説を原作とするドイツ映画。作品的にはアカデミー会員好みだが、アカデミー賞では冷遇されている配信大手Netflix作品なのが懸念材料。スピルバーグの監督としての原点を描いた自伝的な「フェイブルマンズ」は、前評判は高かったが、興行成績が振るわなかった。
俳優賞は、主演女優賞は前哨戦でも互角の戦いを見せるケイト・ブランシェットとミシェル・ヨーの一騎打ち。SAG賞を制したヨーが一歩リード。受賞すれば同賞でのアジア人初の受賞となる。助演男優賞も「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」でヨーの夫を演じたキー・ホイ・クワンが最有力だが、“夫婦”揃っての受賞を目撃したいところ。主演男優賞は、批評家賞では「イニシェリン島の精霊」のコリン・ファレルのほぼ圧勝だったが、SAG賞は特殊メイクで巨漢の男性を演じた「ホエール」のブレンダン・フレイザーが制したが、あえて興行的に成功した「エルビス」のオースチン・バトラーを推したい。
助演女優賞は、SAG賞はジェイミー・リー・カーティスの手に渡ったが、黒人票が集まれば「ブラック・パンサー ワカンダ・フォーエヴァー」のアンジェラ・バセットにも分があるはず。
Photo:Getty Images/ロイター/アフロ
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