異常事態が今年も続くとは思わなかった。
昨年のアカデミー賞は、審査対象となる2020年に米興行界が新型コロナウィルスの煽りをもろにうけたため、劇場閉鎖の影響を受けないストリーミング勢と、もともと低予算のインディペンデント映画ばかりになった。おかげで、それまで光が当てられることのなかった才能が注目を集め、多様性・包括性を推し進めることに繋がったわけだが、地味で重苦しい作品ばかりになったことは否めない。
だが、2021年には大半の劇場が再開。デルタ株、オミクロン株といった変異株が猛威をふるったものの、昨年公開を見送った「フランチ・ディスパッチ」や「ウエスト・サイド・ストーリー」といった注目作も封切られた。ジェニファー・ローレンスやレオナルド・ディカプリオをはじめとする豪華キャストを揃えた「ドント・ルック・アップ」や、「シェイプ・オブ・ウォーター」以来のギレルモ・デル・トロ監督の新作「ナイトメア・アリー」もある。きっと華やかなアカデミー賞が戻ってくるはずだと期待していた。
だが、蓋を開けてみると、「ウエスト・サイド・ストーリー」以外はほとんどノミネートされていない。昨年とほぼ同様の地味なランナップとなっているのだ。
その原因を徹底的に考察するのには文字数が足りないが、コロナによる賞レースの消滅に一因があるように思う。毎年アカデミー賞の前にもいくつもの映画賞が実施される。こうした映画賞での受賞結果が業界内でクチコミを生み出し、宣伝会社が仕掛けるキャンペーンとあいまって、特定の作品への期待やアンチが雪だるまのようにふくらんでいく。だから、毎年、本命、対抗、大穴がはっきりしていた。
でも、今年は賞レースの時期にオミクロン株が蔓延してしまった。そのため、授賞式はバーチャル形式となり、試写会もオンラインへと切り換えられた。アカデミー会員へのアピールの場であった試写会後のQ&Aも消滅した。つまり、審査が完全にリモートで行われるようになったのだ。
賞レースの不在は、アカデミー会員の投票行動に少なくない影響を及ぼしているはずだ。何が本命か分からず、リモート生活で他人と意見交換する機会も減ってしまった。記入時に2016年に起きた「白すぎるオスカー」を思い起こす人もいるだろう。キャンセルカルチャーが広がるいま、あの騒動を繰り返すことだけは避けたい。
今回は、そんな彼らの心理とこれまでの受賞の流れをもとに立ててみました。
今年のアカデミー賞は例年になく予想が難しい混戦模様です。特に演技賞部門ではいろんなサプライズが待ち受けていそうで、ここでの予想がことごとく外れても不思議はありません。
【作品賞】
Netflix作品「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の大本命は揺らぎませんが、オスカー会員間で配信作品への拒否反応が起きた場合、その票は「ベルファスト」か「ウエスト・サイド・ストーリー」に流れると予想されています。ただ、今年のノミネート作品はそれぞれに明確な弱みも持っており、決め手に欠けるのも事実。そんな中で「ドライブ・マイ・カー」が“非英語作品”という特色を強みに変えて票を伸ばす可能性もあります。
【監督賞】
ジェーン・カンピオン(パワー・オブ・ザ・ドッグ)を逆転することは難しいでしょう。昨年のクロエ・ジャオ(ノマドランド)同様、前哨戦でほぼひとり勝ちをおさめ、まったく付け入る隙を与えませんでした。だいぶ離れた2番手ですが、対抗印を打つとすればスティーヴン・スピルバーグ(ウエスト・サイド・ストーリー)です。今回の◎◯は、奇しくも93年、第66回アカデミー賞の対決再現となりました。そのときは名作「ピアノ・レッスン」で初ノミネートを果たしたカンピオンが、スピルバーグ(シンドラーのリスト)に惜しくも敗れる結果となりましたが、今回はその雪辱となりそうです。
【主演男優賞】
前哨戦をリードしたのはベネディクト・カンバーバッチ(パワー・オブ・ザ・ドッグ)ですが、ウィル・スミス(ドリームプラン)も虎視眈々と逆転を狙います。この原稿を書いている時点ではまだ最重要前哨戦であるアメリカ俳優組合賞の結果が発表されていませんが、ここでスミスが受賞してそのままオスカーへ…というシナリオがありそうな気がしています。
【主演女優賞】
とても予想が難しいのがこの部門です。前哨戦をぶっちぎったクリステン・スチュワート(スペンサー ダイアナの決意)ですが、肝心のアメリカ俳優組合賞ではノミネートすらされないという大波乱がありました。ことさら影響力の大きい組合賞の結果を重視するなら、別の候補者に◎をつけるべきでしょう。そうなると、オスカー会員内にファンが多いと言われるオリヴィア・コールマン(ロスト・ドーター)の2度目の受賞があるかもしれません。
【助演男優賞】
前哨戦で圧倒的な強さを見せたコディ・スミット=マクフィー(パワー・オブ・ザ・ドッグ)ですが、まだ25歳という若さ。このまますんなりオスカー獲得とはならないような気がします。逆転候補の筆頭は「コーダ あいのうた」で笑いを涙をさそったトロイ・コッツァー。もし受賞すれば、ろうあ者として演技賞を受賞する史上2人目の俳優となります※。
※1人目は1986年(第59回)のマーリー・マトリン(愛は静けさの中に)。マトリンは「コーダ あいのうた」でトロイ・コッツァーの妻役を演じています。
【助演女優賞】
リタ・モレノから引き継いだアニータ役で堂々たる演技を見せたアリアナ・デボーズ(ウエスト・サイド・ストーリー)が大本命。もし受賞すれば、同じキャラクターを異なる作品かつ異なる俳優が演じてオスカーを受賞した史上3例目の珍しい記録となります※。個人的には「ロスト・ドーター」のジェシー・バックリーを推しますが、逆転までは難しいかもしれません。
※ヴィト・コルレオーネ役のマーロン・ブランド(ゴッドファーザー)とロバート・デ・ニーロ(ゴッドファーザー PART II)。ジョーカー役のヒース・レジャー(ダークナイト)とホアキン・フェニックス(ジョーカー)。
【映画情報 オスカーノユクエ】 @oscarnoyukue
アカデミー賞、全米興行収入の話題を主にレポートするサイト「オスカーノユクエ」管理人のTwitter。
配信大手のNetflixがついに作品賞を受賞し、歴史が作られるのか。今年のアカデミー賞の最大の注目はこれに尽きるだろう。
2019年の「ROMA ローマ」が、前哨戦での圧勝にも関わらず作品賞は逃した(作品賞は「グリーン・ブック」)ように、アカデミー賞はNetflix作品を冷遇してきた。9月のベネチア国際映画祭で監督賞(銀獅子賞)を受賞以来、今シーズンのアワードレースを牽引してきたジェーン・カンピオン監督の「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は作品賞の本命中の本命だが、いよいよアカデミーも配信作品に歩み寄りを見せるのだろうか。2019年、「限定的な劇場公開のみで配信が主流の作品は、アカデミー賞でなくエミー賞へ」と唱えたスティーブン・スピルバーグの「ウエスト・サイド・ストーリー」も7つのノミネート獲得しているが、ハリウッドの重鎮の発言にも注目したいところ。
歴史を作るといえば、濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が日本映画として初の作品賞部門を含む4部門でノミネートされた。国際長編映画賞(旧・外国映画賞)の受賞はほぼ確実だが、米国における映画賞での評価の高さを見る限り、他部門での受賞の可能性も十分考えられる。会員も多様性を意識した新会員が増員、また、2020年の「パラサイト」の4冠によって、非英語映画への追い風が強まっていることもあり、大いに期待したい。
Photo:Getty Images/ロイター/アフロ
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