作品賞、監督賞、各俳優賞という主要賞を非白人が独占するという歴史的な結果になる可能性もでてきた。
作品賞、監督賞は、去年9月のベネチア国際映画祭で金獅子賞(最高賞)を受賞して以来、賞レースを牽引してきた中国出身の女性監督クロエ・ジャオが撮ったアメリカ映画「ノマドランド」が韓国系アメリカ人、リー・アイザック・チョン監督の「ミナリ」の猛追をかわして逃げ切りそうだ。
数年前までなら、監督賞は与えても最終的に作品賞は、白人男性監督の作品が受賞するという展開も考えられたが、ここ数年でアカデミー会員は、女性と非白人の会員を大量に増員し、去年はついに韓国映画「パラサイト」が主要部門を独占した。デビッド・フィンチャーの「Mank マンク」が10部門と最多ノミネートを獲得しているにも関わらず、主要部門ではまったく受賞の気配がみられないこともアカデミーの変化を象徴しているといえる。
混戦の主演女優賞部門は、初監督作品ながら「プロミシング・ヤング・ウーマン」のキャリー・マリガンが頭ひとつ抜け出ていたように思えたが、SAG賞(米映画俳優組合賞)で受賞したビオラ・デイビスの可能性が出てきた。実在のカリスマ歌手を演じただけではなく、「BlackLivesMatter」の根底にある複雑な問題に深く切り込んだ本作での圧巻の演技は、歴史に名を刻むに値する。
ここ数年、作品賞部門は本命視された作品がことごとく受賞を逃す混戦となっています。かく言う私も当欄での予想は2014年以降、7年連続してハズレという逆神ぶりを発揮してしまうお粗末ぶり。昨年、本命視されていた「1917 命をかけた伝令」を破って韓国映画「パラサイト 半地下の家族」が受賞を果たしたように、今年もあっと驚くどんでん返しはあるのでしょうか?
現在のところ本命視されているのは、滋味あふれる小品「ノマドランド」。この作品への支持は圧倒的に厚く、前哨戦では他作品をまったく寄せ付けない独走ぶりを見せつけました。ノミネート部門数は計6つで他作品と横並びに見えますが、はっきり言って頭3つほど抜け出していると言っていいでしょう。10部門の最多ノミネートで注目を浴びている「Mank マンク」の方が、はるか後方から「ノマドランド」の快走を眺めているという状況です。
「ノマドランド」に待ったをかけられる可能性があるのは、「ミナリ」だけでしょう。昨年の「パラサイト」に続いて韓国人が主要キャストを務める作品で、国際化が進むアカデミー賞の傾向に当てはまっています。また、ブラッド・ピット率いる制作会社プランBが送り出す作品という点も大きなプラス要因。プランBはこれまで「ディパーテッド」「それでも夜は明ける」「ムーンライト」と3本のアカデミー賞作品を世に放っています。
作品賞以外で最も大きな注目を集めるだろうのが主演男優賞部門。惜しまれつつこの世を去ったチャドウィック・ボーズマンの受賞に期待が高まります。強力なライバルは「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」のリズ・アーメッド。前哨戦ではお互いに一歩も譲らぬ大激戦を繰り広げました。故人がオスカー演技賞を受賞したのはわずかに2例。76年のピーター・フィンチ(ネットワーク)、08年のヒース・レジャー(ダークナイト)に次ぐ快挙の可能性は低くないと思います。
助演女優賞にも注目です。前哨戦で火花を散らしたのは、マリア・バカローバ(続・ボラット)とユン・ヨジョン(ミナリ)の2人でした。ジュリアーニ元NY市長を釣り上げたリアルドッキリで世間を驚かせたバカローバは、まだ弱冠24歳のブルガリア人女優。かたや韓国人一家のもとにやってくる型破りなおばあちゃんを演じたユン・ヨジョンは、韓国が誇る大ベテラン女優です。どちらが受賞しても話題性は抜群で、オスカーの行方から目が離せません。
【映画情報 オスカーノユクエ】 @oscarnoyukue
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1年前、第93回アカデミー賞のノミネートがこのようなラインナップになると誰に予想できただろうか?
昨年2月のアカデミー賞授賞式直後、気が早い映画ファンは翌年の予想を立てていた。そこで名前が挙がったのは、ウェス・アンダーソン監督の「ザ・フレンチ・ディスパッチ」や、スティーブン・スピルバーグ監督の「ウェストサイド・ストーリー」、リドリー・スコット監督の「The Last Duel(原題)」、クリストファー・ノーラン監督の「TENET テネット」、人気ミュージカルの映画化「イン・ザ・ハイツ」(ジョン・M・チュウ監督)といった作品だった。
だが、これらの作品は今年のノミネートに入っていない。劇場公開に踏み切った「TENET テネット」を除き、新型コロナウィルスの感染拡大による劇場閉鎖や制作中断により、公開が1年延期されたためだ。つまりパンデミックの到来により、賞レースが一変してしまったのだ。
以前から注目されていた作品のなかで、ノミネートを獲得できたのは、Netflixの「マンク」と「ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌」、さらに、2020年の米大統領選にあわせて作られた「シカゴ7裁判」(当初はパラマウントが全米配給する予定だったが、Netflixに売却された)くらいしかない。
注目作が相次いで棄権するなか、頭角を現したのは劇場閉鎖の影響を受けないNetflixやAmazon、HBO Maxといったストリーミング勢と、サンダンス映画祭で注目を集めた「ミナリ」や「プロミシング・ヤング・ウーマン」といったインディペンデント映画だ。マイノリティを主人公にした中小規模作品が多く、結果としてアカデミー、および、米映画業界が推進する多様性・包括性を体現したセレクションとなっている。
小粒の社会派作品がひしめく今年の賞レースで、「ノマドランド」の個性は突出している。アメリカが抱えた社会問題を内包しながら、壮大で詩的な映像で綴られる。本物の車上生活者を起用するなどドキュメンタリー映画的な手法が採用されており、実験性と芸術性が高いレベルで融合しているのだ。作品賞、監督賞、脚色賞は確実で、撮影賞、編集賞を取る可能性もありそうだ。
6部門ノミネートの「ノマドランド」で、唯一の弱点が主演女優賞だ。フランシス・マクドーマンドは圧巻の演技を披露しているものの、彼女は「スリー・ビルボード」で2度目のオスカーを受賞したばかり。今年のアカデミー賞で「ノマドランド」が圧勝するのは確実なので、「ノマドランド」がほぼ不在の俳優4部門で他の作品を支援しようという動きが出てきそうだ。となると、「プロミシング・ヤング・ウーマン」(主演女優賞)、「Judas and the Black Messiah」(助演男優賞)、「ミナリ」(助演女優賞)という展開が予想できる。「サウンド・オブ・メタル」「ファーザー」「マ・レイニーのブラックボトム」が対立する主演男優賞は大激戦だが、これまでの流れでいくとチャドウィック・ボーズマンさんが優勢だろう。
新型コロナウィルスの到来によって、アカデミー賞のラインナップも異常事態となった。日常生活はもちろん、賞レースも一刻も早く正常化してほしいと思う。
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