米国の映画賞レースでここまで作品賞が混戦を極めた年も珍しい。前哨戦では、「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」、「ゲット・アウト」、「シェイプ・オブ・ウォーター」、「レディ・バード」、「君の名前で僕を呼んで」、「スリー・ビルボード」などが最高作品賞を受賞。この結果だけ見れば、どの作品が受賞してもおかしくないのだが、アカデミー賞がハリウッドで働く映画関係者(アカデミー会員)が選ぶという視点で考えれば、やはり「シェイプ・オブ・ウォーター」が最有力といえるだろう。脚本、監督、制作を手がけたギレルモ・デル・トロは、メキシコ出身だが25年ハリウッドでのキャリアがあり映画人たちからも愛されているオタク監督だ。本作は、彼の集大成といえる完成度の高い作品であり、人種差別や性差別をテーマにした内容、さらにミュージカルやホラー、スリラーといった往年のハリウッド映画へのオマージュといった要素もアカデミー好みといえる。ゴールデングローブ賞を制覇した「スリー・ビルボード」はまさかの監督賞落選で失速。「ダンケルク」、「ファントム・スレッド」が浮上したあたりは、アカデミー賞は米国での実績も大きく影響する証か。
台風の目は、女優のグレタ・ガーウィグの初監督作品「レディ・バード」。90年代に始まる、お金による賞レースのキャペーン合戦の流れを作った大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインのセクハラ事件による失脚とその後の「#MeToo」などの運動により、風向きは女性監督に有利だ。キャサリン・ビグロー、ソフィア・コッポラなどが賞レースで完全にスルーされた今回、ガーウィグに監督賞など大きな賞が行く可能性もある。
まさかのアナウンスミスというハプニングの陰に隠れたものの、小品「ムーンライト」の作品賞受賞はアカデミー賞の歴史においてもとりわけ意義の大きな出来事だった。黒人スタッフ・キャストによる、LGBT問題にも切り込んだ野心的な独立系映画がその年を代表する映画に選ばれたという事実は、今後のオスカーの行方にも大きな影響を与えるだろう。
“白すぎるオスカー”と揶揄された前2年の反動が少なからず「ムーンライト」の得票に影響しているであろうことを考えると、今年も業界を揺るがせた象徴的な出来事が結果に大きな影響を与えることが予想される。昨年秋、ハリウッドの超大物プロデューサーがセクハラ疑惑で糾弾されたのを皮切りに、次々と被害者たちが名乗りをあげ、長年ハリウッドを蝕んできた悪しき慣例が白日の下に晒された。先のゴールデングローブ賞では出席者のほとんどが黒いドレス&スーツで登壇して抗議の意を表明しており、今年のアカデミー賞もこの問題を素通りすることはありえない。
ということで、偶然にも“抑圧された弱者(女性)が声を上げる”というテーマが一致する3作品、「シェイプ・オブ・ウォーター」「スリー・ビルボード」「レディ・バード」が作品賞を争うことになると予想する。中でも重要前哨戦3つのうち2つ(アメリカ製作者組合賞、ブロードキャスト映画批評家協会賞)を制した「シェイプ・オブ・ウォーター」が最有力。監督賞部門でもギレルモ・デル・トロ監督が本命視されているが、ここ数年、作品賞と監督賞の受賞者が分かれている傾向を考えると、作品賞部門での取りこぼしがあるかもしれない。
演技賞部門でもこの3本の出演者たちから多くの受賞者が生まれそう。特に主演女優賞はこの3本の主演女優が差のない三つ巴。今年のアカデミー賞授賞式において最大のハイライトとなる可能性があり、結果のみならず受賞者のスピーチも注目される。
【映画情報 オスカーノユクエ】 @oscarnoyukue
アカデミー賞、全米興行収入の話題を主にレポートするサイト「オスカーノユクエ」管理人のTwitter。週刊朝日で連載中。
本命不在の今年はさまざまな作品がオスカー像を分け合う結果になると予想する。作品賞は、個人的には「ダンケルク」推しだけれど、あいにく勢いがない。そうなると、「スリー・ビルボード」と「シェイプ・オブ・ウォーター」の一騎打ちになるのだが、前者はゴールデングローブ賞作品賞(ドラマ部門)受賞直後からバッシングを浴びている。その主な理由は、サム・ロックウェル演じる差別主義者の描写を巡ってだ。詳しい説明はネタバレになるので控えるが、正直なところいちゃもんだと思う。でも、「白すぎるオスカー(#OscarsSoWhite)」騒動以来、アカデミーは差別問題に過敏になっている。昨年、独走状態だった「ラ・ラ・ランド」がアカデミー賞直前で大失速したのは、黒人が生み出したジャズを白人が救うというストーリーが差別的だという批判が広まったことが一因だ。いまやアカデミー賞は、作品の優劣だけでは決められていないのだ。
「シェイプ・オブ・ウォーター」は、アカデミー賞では不利とされるファンタジー作品だ。しかし、障害を抱えた女性とモンスターという、差別される側に寄り添った物語は、アカデミーが発信すべきポジティブなメッセージを抱えている。作品賞と監督賞は間違いないと思う。
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