【「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」評論】時代の端境期がアフターコロナを想起させる

2023年10月21日 16:30


「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」

どうやらレオナルド・ディカプリオが演じるアーネストという男は、戦場から帰還したばかりという設定のようなのだ。映画で描かれる時代は1920年代。つまり、第一次世界大戦を経験した人物だということが判る。「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」(2023)は、石油採掘に沸くオクラホマ州のオーセージ郡を舞台にした作品。ジェームズ・ディーンの遺作となった「ジャイアンツ」(1956)は同時代を描いた作品だが、マーティン・スコセッシ監督は多大な影響を受けた作品のひとつに挙げている。「ジャイアンツ」ではジェームズ・ディーン演じる若い牧童が石油採掘で財を成してゆく姿を描いていたが、一方で当時のオーセージ郡では、先住民たちが暮らす居留地内で油田が発見されたという経緯がある。つまり、鉱業権を彼らが持っていたという特異な点が重要なのだ。先住民たちは石油の利権によって、白人たちよりも豊かな生活を送っている。しかし当時は、彼らに対してまだ激しい偏見と差別意識が横行していた時代だったのである。

何をおいても、「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」は共にマーティン・スコセッシ監督との絆を紡いできたレオナルド・ディカプリオロバート・デ・ニーロが、スコセッシ作品で初共演を果たしたことに対する歓喜がある。それは、「ボーイズ・ライフ」(1993)で共演した若きディカプリオを、デ・ニーロがスコセッシに推薦していなければ、現在のようなディカプリオの活躍は無かったかもしれないからだ。彼にとって「ギャング・オブ・ニューヨーク」(2002)が、キャリアの転機のひとつとなったことに異論はないだろう。今作のディカプリオは、歯並びの悪さで時代性を表現させながら、の優しさが凶暴さを抑制させるという演技アプローチで、アーネストの複雑な人物像を構築。デ・ニーロが演じる叔父の“キング”とは「グッドフェローズ」(1990)と近似した人間関係を想起させ、久しぶりに“恐いデ・ニーロ”を目撃することができる。

今作はデヴィッド・グランによるノンフィクション「花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBI誕生」(早川書房・刊)を映画化した作品。つまり、史実を基に物語が構成されている。「グッドフェローズ」もまた、ノンフィクションを基にしていたという点で親和性を見出せる由縁になっているのだが、それは同時に「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」がギャング映画の要素を伴っている由縁にもなっている。また、現在では<ネイティブ・アメリカン>と呼ばれるようになった先住民たちが、劇中では<インディアン>と呼ばれている点も重要だ。例えば、当時製作された「幌馬車」(1923)のような西部劇では、西部開拓を行う白人たちが戦う相手として<インディアン>の存在があった。彼らは白人の善行を妨げる悪しき存在だったのだ。

先住民たちが次々に不審な死を遂げてゆく事件に対して、創設されたばかりのFBIが捜査を始めたのは1923年のこと。劇中では映画館で人々がニュース映像を音のない状態で観ている場面があるが、それは「ジャズ・シンガー」(1927)が製作されるまで映画が<サイレント>だったためだ。事件の全容が解明され、時代が変化してゆくことと同期するように、映画そのものもまた<サイレント>から<トーキー>へと移行してゆく。「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」では、斯様な端境期が描かれているのだが、実際には先住民たちの苦難の道は今なお続いているという厳しい現実がある。アーネストは第一次世界大戦を生き残った設定だと前述したが、会話のすみっこで“流行り風邪”=“スペイン風邪”について触れられている点も聞き逃せない。それは、本作が約100年前を描いた物語でありながら、わたしたちに否応なく<アフターコロナ>を想起させるからである。

(松崎建夫)

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