解体の決まった団地に暮らす地域猫と住民の交流を映すドキュメント「猫たちのアパートメント」監督インタビュー

2022年12月24日 10:00


チョン・ジェウン監督
チョン・ジェウン監督

長編デビュー作「子猫をお願い」(01)で注目を集めたチョン・ジェウン監督が、ソウル市内のマンモス団地に暮らす地域猫と住民たちの交流を捉えたドキュメンタリー「猫たちのアパートメント」が公開された。このほど、チョン監督が本作を語るインタビューを映画.comが入手した。

<あらすじ>
 ソウル・江東区に建つ、かつてアジア最大と呼ばれた遁村(トゥンチョン)団地には、住民たちに見守られながら暮らす250匹の猫がいた。老朽化により団地の再開発が決まり、住民たちの引越しや取り壊し工事が進められる中、全ての団地が解体される前に猫たちに新たな安住の地を見つけるべく、猫と住民による引越し作戦が始まる。

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――まずは、本作をつくろうと思ったきっかけについて教えてください。

2016年秋、建て替えが迫っていた遁村(トゥンチョン)団地の記録、「アンニョン!遁村団地プロジェクト」に取り組んでいた作家のイ・インギュさんに誘われて団地を訪れました。猫たちは歓迎するかのように、至る所で私たちに近寄ってきました。猫たちはソウルの街なかで見かける典型的な猫とはかなり異なっていました。どの猫も住民の世話のおかげでしょう、健康で幸せそうでした。老朽化した集合住宅は、住民からは早急に建て替えが必要な場所とみなされていましたが、猫にとってはそうではなさそうでした。古い団地には地下に温水パイプが通っているので、猫は冬を暖かく過ごすことができます。よく育った並木や植栽は猫の隠れ家としても良さそうで、団地で暮らす猫が立て替え後どう生き抜いてゆくのかが気になり始めました。

猫をペットとして飼う人や、猫を可愛がる人が増えたことで、野良猫の暮らしも以前とは異なってきています。多くは野性の習性を失い、餌を与える人に依存するようになっています。いまや野良猫は都市の生態系を構成する重要な要素になったと思います。多くの住民は、これまで人々に世話されてきた猫たちが建て替え・再開発という危機に直面したとき、どうするのだろうと心配していました。そして次第に、それが建て替えや再開発が計画される、すべての地域に共通の課題であることも、認識していきました。

人生というものは居場所を獲得するための努力の歴史だと思います。母親のお腹から出てきて、自分の部屋を持ち、自分の家を持ち、別の家に引っ越し、家が破壊されるのを目の当たりにします。社会に認められて名誉を得るのは重要なことですが、結局のところ認められたいという欲求の核心にあるのは、居場所を得たいという欲求です。私のクリエイターとしての明確な関心は、場所の歴史、場所を作る人たち、場所から排除された人たちの物語にあリます。猫という動物、つまりこの街で決して恵まれているとは言えない立場の存在を通して、“団地の死”を別の角度から見て欲しいと思いました。

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――2年半にわたる撮影中に大変だったことは何ですか?

野良猫を撮影して物語を作るのは大変です。多くの猫は、カメラを恐れて逃げます。団地には、250~300匹の猫がいると推定しました。団地の門から第4地区の端まで歩くと30分以上かかります。今日の撮影で見た猫が次の撮影でまた会えるとは限りません。偶然出会った猫を片っ端から撮影するという原則で臨みました。撮影監督は猫の目の高さになるように、常に地面に膝をついたり、横たわったりして撮影しなければなりませんでした。どの猫が主人公になるのか、猫によりどのような物語が紡がれていくのか、分からないまま撮影を続けました。

可能な限りすべての猫を撮影した後で、編集時に同一の猫が登場するシーンを集めることでストーリーをつくることにしました。映画に登場する主要な猫たちの物語は、撮影を繰り返して集めたシークエンスの集積です。その集積がストーリーを語るのです。野良猫の行動をコントロールすることはできません。猫の日常というのは規則的で、劇的な出来事は撮影クルーが見ることができない場所で、主に夜、密やかに起こっていました。猫は夜行性です。夜は団地に入れませんでしたので、撮影できたのは昼間だけでした。野良猫を観察し、特徴を見極め、キャラクターをつくり出す作業は、実は映画的には無謀で難しい挑戦だったのです。

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――制作過程について教えてください。

2017年5月に撮影を開始し、2019年11月下旬に終了しました。2年半に渡り定期的に訪れ、合計80回撮影しました。幸い建て替えは滞りなく進み、予定より早く撮影は終了しました。猫の生活には最小限しか関与しないことを原則として撮影を始めました。すると「猫に対価を払えないなら、いいものを食べさせてあげて」と“猫ママ”たち(野良猫を世話する団地の住民たち)に言われたので、おやつをあげながら撮影しました。猫たちは、おやつをあげると仕事が済んだかのように、あっという間にいなくなってしまうので、美味しいおやつがあることをできるだけアピールし、油断しないよう気をつけました。撮影を進めていくと、あちこちでランダムに現れていたかのように見えた猫が群れをなして集まり、それぞれの縄張りの外に出ないことがわかりました。殆どの猫はすでに TNR(Trap-Neuter-Return: 野良猫を安全に捕まえて不妊、または去勢手術を行った後、元の場所に戻すこと)を経ており、餌はいつも与えられていたため、別の場所に移動することは滅多にありませんでした。

ドキュメンタリー制作の醍醐味は、時間を凝縮してゆくことにつきます。まず、毎日時間をかけて撮影した映像を見ます。それから映像を凝縮します。最初の3か月間は、1日8時間映像を見て、使えるものと使えないものに分類するだけでした。半年かけて物語を練り上げ、初めて9時間のバージョンを見た時には、心が躍りました。遁村団地が消えるまでの2年間に起きた劇的な変化は、膨大です。250匹の猫を保護し、それぞれに適した生活環境に適応させる過程を100分に収めるのは本当に難しい。私たちは、建物が一瞬で爆破されるイメージに慣れていますが、集合住宅の解体を数秒のスペクタクルとして消費するのは恥ずかしいことです。人々の生活を構成していた要素やモノが、一瞬にしてゴミとなり、巨大なダンプカーに積み込まれてどこかへ運ばれていく。40年かけて育てた森も、そこに住む動物や植物も一緒にいなくなってしまうのです。9時間版には、少なくとも全てのストーリーを粘り強く織り込みました。9時間超の自主制作ドキュメンタリーが観客の目に触れる機会があることを期待しています。

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――編集での最大の関心事は何だったのでしょう?

猫を保護することに問題はないのかと思われるかもしれませんが、動物、保護、飼育、育成というテーマはすべて、本質的に爆弾的な争点を抱えています。遁村団地には猫と長い付き合いを続けてきた熱心な住人がいて、猫たちの移住をめぐって多くの問題が表面化しました。立替え工事が始まると、論争はさらに激しくなりました。それをどれだけ、どのように見せるかが編集の最大の悩みでした。猫が何を求めているのかについては、人々の経験と理解、欲求によって見解が分かれます。動物の専門家の助言は関係ありません。野良の生き物たちのケアには、犠牲と献身が必要なのです。動物たちの不慮の死や事故を経験すると、人は非常に感情的になるものです。最初は撮影に協力してくれていたのに、突然「映像は使わないでくれ」と言われることも多々ありました。

住民たちに起きた変化を理解するのは容易ではありません。観客は、猫が原因で人々が背を向けて言い争う姿を見たいでしょうか?それは前向きな姿勢とは言えません。どちらが悪いかを示すことで、自分の正しさを証明できるのでしょうか。そのような対立は、社会のどこにでもある対立の一面に過ぎません。映画には登場しないある集団との意見の相違や対立があったことを指摘するだけで十分でしょう。憎しみや軽蔑による対立で物語を動かすことにエネルギーを注ぎたくはなかったのです。環境の変化を通して、猫がどのように生活の変化と向き合っていくのかに焦点をあてました。

――取り壊される団地を最後に映した理由を教えてください。

私たちの住む世界が、一瞬で消えてしまうことを視覚的に表現したかった。最も映画的で、エンディングにふさわしいと思ったのです。建て替えられる街、再開発される街がどのように消えていくのか、私たちは見ることができません。それは高いフェンスの向こうに隠された世界だからです。近所で偶然に野良猫に出会ったとき、エンディングシーンを思い出して、遁村団地の猫たちは歩いて歩いて、ここにたどり着いたんだな、と思ってほしかった。ソウルという都市に生きる野良猫たちのプロローグとして記憶してほしかったのです。

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