【「百花」評論】自著を監督として映画化した川村元気が選択した、1シーン1カットの“真”

2022年9月10日 19:30


「百花」
「百花」

日本映画界のヒットメーカーとして知られる川村元気は、プロデューサーのみならず脚本家、作家、絵本作家と実に多くの顔を持ち合わせている。プロデューサーという“本業”を通して、様々なタイプの監督と間近で接していればこそ、自著の映画化企画に監督として参加するという選択が英断か、はたまた暴挙かと揶揄されることは本人も百も承知であったはずだ。

過去に映画化された自著(「世界から猫が消えたなら」と「億男」)は、永井聡監督と大友啓史監督に託している。ただ、今作は事情が違った。自らの祖母が認知症になったことをきっかけに、人間の記憶の謎に挑んだ原作を描くうえで、他人任せにすることが難しかったこともまた、事実であろう。

思い入れの深いエピソードが詰まっているからこそ、脚本にしていく作業が容易でなかったことも想像に難くない。しかし共同脚本の平瀬謙太朗が思い切り良くメスを入れ、映画に必要のない要素を遠慮なく削ぎ落すことに成功した。

撮影は、1シーン1カットを採用している。その理由は、「人間の脳の働きをそのまま映像化したかった。僕らの生きている実人生に当然ながらカットはかからないので、全て1シーン1カット」(川村談)。キャメラに収められた百合子(原田美枝子)の記憶の混濁、意識の迷走は瞬きを忘れることを禁じ得ないほどだが、それがもはや百合子なのか原田なのか、観ている側が“混濁”するほど真に迫るものである。

繊細な物語であることは言うまでもないが、それでいて、ただ緻密なだけでない…というのが心憎い。カラーチャートを巧妙に駆使し、時に大胆さも損なわれていない。

記憶の謎という可視化できないものを掬い取るため、主演の菅田将暉と原田は川村監督の“心の声”にどう触れたのか。そしてまた、逆も然り。104分間とは思えない豊穣な映画体験は、川村監督が問いかけてくる“赦し”についての答えを、観る者が見出すきっかけを与えてくれるものになるかもしれない。

そしてまた、この挑戦的な作品が大手配給で製作された意義は大きい。様々なジャンルの映画が劇場を彩ることを願い、国内マーケットに執心する日本映画界に風穴を開ける役割を担う心意気が川村監督になかったとは思えない。監督第2作にどのような題材をピックアップするのかも含め、今後の動向に注視せざるを得ない“建築家”のような新人監督の登場は、映画界にとって喜ばしいことだ。

(大塚史貴)

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