【「パワー・オブ・ザ・ドッグ」評論】カンバーバッチが厳格な西部の男を演じる、ベネチア銀獅子賞受賞の問題作

2021年11月21日 18:00


「パワー・オブ・ザ・ドッグ」
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」

原作はトーマス・サヴェージの自伝的な小説。題名は聖書の詩篇「私の魂を剣から、私の命を犬の力から救い出して下さい」から採られており「犬」は邪悪を意味している。

1925年のモンタナを舞台に、大牧場を営むフィルとジョージの兄弟と、夫を亡くした後ジョージのもとに嫁いできたローズ、その大学生の息子ピーターの4人の関係が、当時のリアルな生活描写と共に描かれる。

カンバーバッチ扮する兄フィルはイェール大学を出たエリート、ラテン語に精通し楽器を弾き、新聞に目を通し読書をするインテリだ。口が悪く先住民族や移民を差別、ミソジニーな言動が目立つが、仲間うちではカリスマ的な魅力を放つ。

誠実だが不器用な弟ジョージを従え、フィルは誰もが認める一家の守護者だったが、ローズと息子のピーターの母子によって想定外の事態に直面し動揺する。特にピーターに対しては、都会的なひ弱さの見た目とは裏腹に、母を守る芯の強さに大胆さと冷酷さを備えており、その魅力にフィルは次第に惹かれていく。

劇中、原作には登場しないラデツキー行進曲が印象的に使われるシーンがある。州知事夫妻を招く夕食会で披露するため、ローズがピアノで懸命に練習するのだが、フィルはそれを一度聴いただけで完コピし、別室から得意のバンジョーでローズよりも上手く弾いてみせる。フィルの底知れなさを感じるシーンだ。

この曲はウィーン・フィル新年コンサートの超定番でヨハン・シュトラウス1世の作曲だが、彼は息子であり「美しく青きドナウ」で知られるシュトラウス2世に対して、親子でありながら激しい嫉妬や創作の妨害工作に出たことで知られており、カンピオン監督が映画のテーマである家族の愛憎とダブらせて起用したと思うのは考えすぎか。

当時のアメリカはいわゆる狂乱の20年代の真っ只中。自動車、ラジオ、電話、鉄道などのインフラの充実に加え、女性参政権の確立や移民の増加は、白人男性優位の時代の終焉を告げることになる。フィルは次世代を担うピーターの登場で、本来の自分に向き合わされる。

ピアノ・レッスン」やドラマ「トップ・オブ・ザ・レイク」で自然と人間を対比させた映像に定評があるカンピオン監督。今回は西部の遙かな大地と、人間の不毛を対比させることで原作を超える不穏さと妖しさを表現し、ベネチア映画祭の銀獅子賞(監督賞)獲得につながった。監督の最近のキャリアと照らし合わせても、彼女の集大成になることは間違いない作品だ。

(本田敬)

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