【「ベイビーティース」評論】鮮烈に生きる主人公たちの、感情のポエトリーが、心に春風をもたらす

2021年2月21日 09:00


「ベイビーティース」
「ベイビーティース」

瑞々しい、という言葉はあまりにありきたりで、出来れば使いたくないのだが、この映画をそう呼ばずしてどう表現したら良いものか。溢れるようなエネルギー、全身でぶつかっていく躍動感、明日ではなく今この瞬間を生きたいと思う、激烈な思い。

若いということは、経験値が少ないことだ。だから失うものも少なく、大人のように恐れを抱くことがない。この映画のヒロイン、ミラの場合はなおさら、そんなことで時間を無駄にしている暇はない。彼女は人生が限られたものであるということ、青春が長くは続かないことを知っている。

導入部から、いきなり頬を叩かれるようなインパクトがある。重い病を抱えるミラは、あるとき駅のプラットホームでモーゼスと出くわす。見るからにドラッグ中毒のバッドボーイといった風情の彼はしかし、鼻血を出して立ちすくむミラを優しく介抱する。目当てはお金? しかしミラはこの風変わりな青年に魅了され、両親に頼み込み、宿無しの彼を家に住まわせることに成功する。

モーゼスは本能で生きる男であり、そんな彼の存在が、ミラと彼女のことを心配する周囲を変えていく。一方ミラも、モーゼスのささくれた心に影響を及ぼす。人に心を開く勇気を、彼はまっすぐに生きるミラから教えられるのだ。

ふたりが共にいるとき、彼らの瞳に映る景色は変わる。世界はパステルに輝き、音楽は彼らを鼓舞し、きらきらと表情を変えるプールの透き通った水色のように、希望があふれ出す。

これが長編一作目というオーストラリアの若手、シャノン・マーフィ監督は、エリザ・スカンレン(『ストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語』)とトビー・ウォレス(『ザ・ソサエティ』)という鮮烈な才能を得て、優しさに満ちた感情のポエトリーを織り成す。センチメンタリズムとかけ離れた映画であるにもかかわらず、クライマックスには少なからぬ観客が涙を禁じ得ないだろう。だが観た後には不思議と、春風のような爽快感がもたらされる。それは本作が、生きることの素晴らしさを力一杯に謳っているからだ。

こんな魔法のような作品を生み出した監督の感性に、ただひたすら圧倒される。

(佐藤久理子)

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