コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第35回

2020年9月10日更新

編集長コラム 映画って何だ?

「ミッドウェイ」が面白い。アメリカ側から見た「たぶんこうだったんじゃないか劇場」

あんまり期待せずに見た「ミッドウェイ」が思いのほか面白かったので、公開直前のタイミングでこのエントリーを書くことにしました。

監督はローランド・エメリッヒ。「インデペンデンス・デイ」や「デイ・アフター・トゥモロー」など、一連のディザスター映画をものにしてきた監督なので、スペクタクルな戦闘シーンは安定の大迫力です。しかし、ポイントはそこじゃない。

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このコロナ渦の中、私はたまたま「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」という書籍を読んでいて、その内容とこの映画がシンクロしたのです。

1984年に初版が出版されている「失敗の本質」は、ノモンハン事件、ミッドウェイ作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦と、第2次世界大戦における6つの大日本帝国軍の失敗作戦を検証し、その原因を探ったものです。


発売時はそれほど注目されなかったようですが、後に文化人や評論家が高評したことでじわじわと売上を伸ばし、中公文庫版は75万部以上売れているというロングセラー。

9月8日付けの産経新聞「名著『失敗の本質』コロナ禍で再注目…日本の調子が悪くなると売れる?」という記事によれば、同書は今年の3月以降、2万5000部を増刷したそうです。東日本大震災の際も震災後4カ月で4万部を増刷したといいます。著者の一人が「日本の調子が悪くなると売れる」と指摘するこの本は、「今回のコロナ禍で露呈した政府対応の混乱など、刊行後36年を経ても変わらない日本の組織の弱点を浮き彫りにする」というわけですね。

同書によれば、ミッドウェイ作戦に失敗した原因は、「作戦目的の二重性や部隊編成などの要因のほか日本軍の失敗の重大なポイントになったのは、不測の事態が発生したとき、それに瞬時に有効かつ適切に対応できたか否か、であった」と分析されています。

具体的には、ミッドウェイ作戦のプライオリティーが、ミッドウェイ島にある基地を叩くことなのか、敵艦隊の殲滅なのか、司令部と現場できちんと共有されていなかったと。

あと、ミッドウェイ島の米軍基地を攻撃し、空母に帰還した日本軍の航空部隊に、二度目の基地攻撃に出撃する準備を行っていたところで、基地とは逆の海上に米艦隊が現れてしまった。つまり、敵Aを叩いている間に、敵Bが現れた。次の攻撃隊は、敵Aと敵Bのどちらに向かうのか、それによって装備(搭載する爆弾など)も変えなくてはならない。そんな重要な局面で、意思決定を誤ったと。

ミッドウェイ作戦含め、6つの作戦での日本軍の残念な結末とその失敗の原因を読むにつれ、暗澹たる気持ちになります。しかし、ひとつひとつの分析は非常にタメになる。

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さて、映画の話に戻りましょう。本作「ミッドウェイ」が(日本人にとって)斬新だと感じられるのは、アメリカ軍が「日本軍は最強」「日本軍には勝てっこない」とマジで考えていたという、当時のアメリカを覆っていたネガティブな気持ちが描かれていることですね。

これは、「戦争に負けた」という結論しか知らない私たちにはちょっとした驚きです。本編の序盤、米軍の士気が低い様子や、「日本軍の勢いが凄まじい」と嘆く米軍士官のぼやきが描かれています。

その昔、米西海岸に住む知人から聞いた話ですが、サンタモニカやベニスビーチに住んでいたアメリカ人の中には、1940年代初頭、日本軍が西海岸に攻めてくると思い込んで内陸部に引っ越した人も多かったんだそうです。私はこの話を素直に信じることができなかったのですが、この映画を見て初めて腹に落ちました。日本軍によるパールハーバー奇襲以降、少なからぬ数のアメリカ人は「日本に負ける」と思っていた。

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映画「ミッドウェイ」で描かれる内容は、「米軍が暗号解読に優れていたこと」「タフでクレイジーなパイロットが目まぐるしい成果を上げたこと」「指揮官が的確な判断を下したこと」のおもに3つの点が強調されていると感じました。そして、「日本の戦略的な失敗」もちゃんと描かれているのですが、これはやや分かりにくい。というか、あんまり強調して描かれていません。

ですからこの映画は、米国側から見た「たぶんこうだったんじゃないか劇場」(by チコちゃんに叱られる!)という趣ですね。日本はミッドウェイで、負けるべくして負けたわけではない。一方、米軍においても、勝つべくして勝ったわけではないと。日米の描き方は、かなりフェアーだと感じます。

最後にひとつ。この映画にはミッドウェイ島の基地で記録映画を撮影しているクルーが登場しますが、そこで「ラッパをもっと高く上げろ」とか演出していた映画監督は、なんと、巨匠ジョン・フォードです。実際に日本軍の攻撃で負傷していますし、その攻撃の模様もフィルムに収めています。この「ジョン・フォードが撮影のためにミッドウェイ島にいた」という事実こそが、日本軍の攻撃目標地点が米軍に解読されていた証拠でもあると言われています。

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そして、そこで撮ったフィルムをまとめた「ミッドウェイ海戦」という短編で、ジョン・フォードはアカデミー賞のドキュメンタリー賞を受賞しています。この18分のドキュメンタリーは、Netflixで鑑賞可能。映画「ミッドウェイ」をご覧になった方は、併せて鑑賞することを強くオススメします。

Netflix「ミッドウェイ海戦」

筆者紹介

駒井尚文のコラム

駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。

Twitter:@komainaofumi

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