声もなく

劇場公開日:

声もなく

解説

闇の仕事を請け負う口のきけない青年と、両親に身代金を払ってもらえない孤独な少女の交流を描いた韓国発のサスペンスドラマ。「バーニング 劇場版」のユ・アインが新人監督ホン・ウィジョンとタッグを組み、2021年・第41回青龍賞で主演男優賞と新人監督賞を受賞した。口のきけない青年テインと片足を引きずる相棒チャンボクは、普段は鶏卵販売をしながら、犯罪組織から死体処理などを請け負って生計を立てていた。ある日、テインたちは犯罪組織のヨンソクに命じられ、身代金目的で誘拐された11歳の少女チョヒを1日だけ預かることに。しかしヨンソクが組織に始末されてしまったことから、テインとチョヒの疑似家族のような奇妙な生活が始まる。相棒チャンボク役に、テレビドラマ「梨泰院クラス」のユ・ジェミョン。

2020年製作/99分/G/韓国
原題または英題:Voice of Silence
配給:アットエンタテインメント
劇場公開日:2022年1月21日

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映画レビュー

3.5確かさを求める時代に

2022年2月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

明日は何して遊ぼうか。他愛のないことを考えて過ごす今日がなくなった。
不規則な起伏を描く感染者数は、押したり引いたりを繰り返し先が見えない。折角の計画があっけなく白紙になったり、楽しみにしていた公演が中止に追い込まれてしまうこともしばしば。明日が見通せないから、約束を交わすことも激減している。

こんな宙ぶらりんな状態を体現したのが、『声もなく』で15キロもの増量で役作りをしたユ・アインである。
映画のタイトルが示す通り、青年は声を発することが出来ないが、その理由は説明されない。ティンは親代わりのチャンボクと一緒に卵を売って暮らしている。養鶏場といえば『下女』が思い出されるが、ここは脱線しない。
このコンビには仕事がもうひとつある。鶏舎は悪党の粛正の場であり、ふたりは葬られた屍体を処理をしているのだ。

ある日、ヤクザのボスが「ある人物を匿ってくれ」と依頼する。犯罪組織からの命令とあれば絶対服従だ。指定された場所に行くと、ウサギのお面を着けた少女がいた。身代金を目当てに誘拐されたのだ。俺の家だと目立つからというチャンボクに押しつけられ、ティンは少女を自転車に乗せると衣類やゴミが散乱し足の踏み場もない荒ら屋に連れて帰る。

翌日、鶏舎では少女を匿えと依頼したヤクザが吊るされている。闇社会とは呆気がない。昨日の雄は今日の負け犬に成り下がり、無様な姿を晒している。
この先の展開はネタバレだらけになってしまうので抑えるが、約束主が屠殺されたふたりには次のプランがない。明日が見通せない宙ぶらりんな状態となった所で、物語は予期せぬ展開へとなだれ込んていく。

卵から始まり、自転車、散乱した衣類、キツネのお面、悪党が着ていた高級スーツ、荒ら屋を取り囲む田園地帯、思わぬ所から飛び出す周到な仕掛けが、後半にはきっちりと回収されていく描写の妙が冴える。
言葉を介することなく、不確かな今日を終わらせようとする青年の姿は、明日への確かさを求めながらも宙ぶらりんな日々をやり過ごす我々の今と重なるのではないか。確かさを求める時代に現れた異色のサスペンス『声もなく』は、上質な人間ドラマでもある。
その結末を残酷と観るか、明日への希望と受け止めるか。その答えは、映画館のスクリーンに浮かび上がる。

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高橋直樹

2.0期待ハズレ

2024年3月14日
Androidアプリから投稿

冒頭の雰囲気やおしの青年の顔つきから貧困故に犯罪を犯さざるをえない人々を描く良作だと期待してしまったんです。けど是枝よりさらにたちの悪い、人々に涙を流させるには、という観点だけで作られた凡作でした。キャラクター設定が中途半端で、仕事の相棒の人、青年を子供の頃から面倒見てるって言うけどじゃああの妹は湧いてでたのか?展開も行き当たりばったり、エピソードや登場人物も荒すぎてそれいる?って場面や人がてんこ盛り。誘拐された子がストックホルム症候群にならないのはエライななんて感心してたら、直後に中途半端に微妙なストックホルム感。青年と少女の心情がいちばん大事なのにいまいち決まってないんだよ、ユラユラしてるって言いたいならハッキリそう描かないと。これだと考えないで撮っちゃいました、にしか見えない。最後も何で血まみれの服で行くかね?とにかく下手な映画のお手本でした。

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三毛猫泣太郎

4.0疑似家族は、やっぱり「疑似」ということだったのか

2023年12月27日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

卵の移動販売は世を欺く仮の姿で、本業は、犯罪組織の下請けで、犯罪死させられた遺体の「後始末」―。
それでも、いつかはその稼業から足を洗いたいと考えてはいるが、世の中そうは儘(ま)ならない。
結局は、生業として、また次の仕事を引き受けてしまうという自己矛盾から、それでも少しでも「浅瀬」にたどり着こうとして、余計に深みに落ち込んでいってしまう…。

そんな境遇のなかでも(そんな境遇の中だからこそ?)血の繋がりもなく、まったくの偶然から身を寄せ合うことになった者同士の関係性が、突き刺さるように、胸に痛い一本でした。評論子には。
(それは、あくまでも「疑似家族関係」「疑似人間関係」に過ぎないのですけれども。)

犯罪の後始末を引き受けるような社会の底辺にいても…否、そういう底辺にいるからこそ、(自らの当座・当面の生存と安全とを得るために)互いに無意識に求め合う関係性なのでしょう。本当に「声もないような」やりきれない思いを拭えないのは、独り評論子だけではないと思います。

秀作としての評価に、疑いはないと思います。

(追記)
映画作品としては、画面の構図の取り方が特徴的というのか、面白いというのか、そんな一本でもあったとも思います。

平地の中に一本だけ長く延びる道を、登場人物が操るクルマや自転車が一台切りで走る、広い構図の中に建物・人物等がポッンと描写されるなどの、その構図は(それが真昼のシーンであったとしても)、あるいは本作の全編を通底する寂寥感が表現されていたのでしょうか。

まだまだ鑑賞力の乏(とぼ)しい評論子には、しかとは断定しかねるのですけれども、たびたび登場するので、そこには何か監督の意図が仕込まれているとは思います。
いつか、そういうことも感得できるようになると、映画を観る楽しみは倍加することでしょう。
その日(が来ること)を楽しみに。

(追々記)
本作は、以前にいちど劇場で鑑賞してた作品になりますが、レンタルで見かけて再度の鑑賞となりました。
気持ちの奥深くに沈んでいた劇場でのあの感慨が、また改めて浮き上がる思いです。

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talkie

5.0ひと時のしあわせ。韓国の万引き家族。

2023年12月3日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

ヤクザの下請けだった男二人が、逆転して加害者とされ、同時に被害者の立場に墜ちてしまうという、ハートフル・ブラックコメディ。

・・・・・・・・・・・・・

うちの会社にも喋れない男がひとりいて、本心困っている。
出先でうまくコミュニケーションが取れないのだ。だから出禁が増え、業務の幅が風前の灯状態なのだ。
奥さんもお子さんもいるらしいのだが、彼の失職や家庭崩壊の姿がチラついて どうして良いのかわからない。

・・・・・・・・・・・・・

韓国はすごい。
エンタメの何たるかを知っている。
インドでは、ボリウッド映画はラブ・ストーリーをイケイケダンスで盛り上げるのだが、
この韓国映画界では、ノアールと、込み上げる可笑しみで物語を裏と表から盛り上げてくれる。
そしてSFには逃げず、地に足の付いたストーリーに徹していて、そこに加味される庶民の、そして下層階の人たちの、しみじみとした哀しみが (既視感もあって)、僕たちの胸を打つのだ。

是枝裕和の万引き家族も、韓国ふうに一捻りするとこうなるという良い見本だと思う。是枝へのオマージュは確実だろう。

トイレの扉の前で
「ここにいるよ」、
「怖くないよ」、
と手を叩いてくれたお兄ちゃんのために
警官殺しの土饅頭の前で、震えているお兄ちゃんのために、今度は11歳のチョヒが、そんなお兄ちゃんの弱点に気付かぬ風を装いつつ、ゆっくりと後ろ向きで手を叩いてくれるのだ。
小さいシーンなのだが
ああ、なんていいシナリオ。

「一旦家族になったら助け合わなきゃな」と、おじさんは言ってた。
【悪事を働く善人たち】とのDVD特典のコメント。言い得て妙です。

疑似家族となり、
守るべきかけがえのない存在を知ったお兄ちゃんが、愛すべきチョヒとのひと時の幸せを手放す ラストが、とても痛悲しい。

お兄ちゃんのあの「人物像の設定」は、
本当に喋れないのか、喋ることをやめた人間なのか、それはわからないけれど、
温かい家庭の光景を、理想を、元々は知っていた青年なのだろうと伝わってくる。

そして、セリフがゼロなのに、こんなにも彼の思いがたくさん聞こえてくることには本当に驚いた。
いったい何年ここに、妹ムンジュと二人で暮らしていたのだろうか・・。毎日疲れ果てて帰宅し、泥のように眠るテイン。
なんとかしなくてはと思いつつも、手立ても希望も見つけられずに過ぎていった日々なのだろう。

そんな死体ばかりを見て暮らしていたテインの小屋に、生きている人間チョヒが転がり込んできたわけで、
声の無いテインお兄ちゃんの、
・同居の戸惑い、
・初めて発見した生き甲斐、
・家庭のようなもの、
・けれども自分で決めた別れの哀しみ。
今度はこちらが言葉を失う番だ。

不器用なテインは、
叔父さんは死に、チョヒには捨てられ、早晩彼は、天涯孤独の一人ぼっちになるだろう。警察や児童相談所がやってくるはずだ。
生きていこうと決心をした若者から、瞬時に取り去られていく希望。
彼にどんな未来が用意されているのだろうか、様々に考えさせられる余韻があとを引く。
尻切れトンボでのこのエンディングも、語り過ぎない演出で優れていたのではないかな。

色彩調整がなされたどこか書き割りのような夕焼け空や田園風景。
絵本のように、寓話のように、笑いやグロテスクが交差していて、画面と物語にはグイグイと引き込まれるし、抑制されたBGMがテインの心象を邪魔しない。

”ノアール"って、暴力や死体の世界だけでなく、希望と愛情のついえる瞬間をも指すのだと思った。
ひと時のしあわせが嬉しくって、あわや ほころびそうになった若者の顔が、硬く強ばって、彼は泣きながら街から走って逃げるのだ。

脚本も書いた38歳、ホン・ウィジョンは、これが初監督仕事なのだそうだ。
天才あらわる。

・ ・

で、
我が営業所の、あの言葉を話せない同僚の幸せのためには、僕はどうすればいいのかと、この映画からも学びたいと思っている。
LINEは、半月後に既読になっていた。

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きりん

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