ソイレント・グリーンのレビュー・感想・評価
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Proto-Blade Runner
Soylent is more a Turner Classic talkie than it is a high-stakes sci-fi thriller, yet it's easy to see where later future sci-fi dystopian films take their inspiration. Set in 2022, this makes it the perfect time to watch if you haven't seen it yet. What could be the same universe as Orwell's famous story, real food isn't non-existent as it is expensive and scarce. Wait for the bulldozers.
50年前に50年後を想像してみました。
映画『ソイレント・グリーン』50年前のアメリカ映画で、50年後の未来を想像して作られた作品。なにが当たっていて、なにがはずれているか、確かめながら見るのも面白い。でもそこにあるのは、夢とか希望とか持てない時代となおかつ生きてゆこうとする人間
15歳の時だった父と名画座で
封切りが、1973年。
東京は、有楽町の日比谷映画。
あの頃は、シネコンなるものもなく。
いわゆる単館。
日比谷の映画街には、ほかに有楽座、みゆき座、スカラ座があった。
複合ビルにはいっていたのは、スカラ座ぐらいで。
あとは、その映画館だけのたてもの。
まわりに、そんなに高いビルもなく。
いまだと、土地の有効活用とかなんとか言って、すぐ高層ビルを建てたがる。
そして、街から表情がなくなる。
どこにいっても同じような町並み。
日比谷映画は、有楽座と並んで建っていて、筒状の建物だった。
私は、ここで『007/死ぬのは奴らだ』を見た記憶がある。
1973年だったと、『ソイレント・グリーン』はその後だったか、前だったか。
友人が、一人で見に行って、隣のおじさんに膝をさわられて逃げたとか。
そんな、話をしていた記憶がある。
感受性の強い時期だったし、余計なことばかり記憶している。
実際私が、『ソイレント・グリーン』を観たのは、一年後の新宿の名画座で、父と観た。
いまは名画座なんてほとんど死滅していて。
東京に数件あるのみ。
50年たって再度鑑賞して
だいたい記憶どおりだった。
あの頃は、50年後の自分なんて想像もできなかったし。
映画の時代背景は2020年のアメリカ。
映画も50年後を想定したわけで。
当たっていることもあり、そうでないこともあり。
地球温暖化で、気温が夜でも30度あって。
食糧不足で、配給でスナックみたいなものが配られて。
ただ、当時は予想だにできなかったのが、インターネットの普及かな。
劇的に私達の生活変えたよね。
人々は、一日中暇があれば、スマホを覗き込み。
あらゆる情報の洪水。
こればかりは、『ソイレント・グリーン』は、予想できなかったのでしょうね。
私達は、幸せになったのかな。
まあ、ソイレント・グリーンのような、切羽詰まった状況でないのは良かったんだけど。
デジタルの時代が、人を幸福にしたかは疑問。
個人とデジタル社会との関わり方次第なんですが。
しかし、『ソイレント・グリーン』が仮想の2020年だとしても。
興味深いよね。
老人が、将来に希望を持てなくて、安楽死を選択できたり。
配給された「ソイレント・グリーン」なるものを食べても、人生をまっとうしようとしたり。
色々考えさせられますよね。
『猿の惑星』の続編だったか、チャールトン・ヘストンが、着陸した惑星が、実は地球だったというラスト。
海から突き出た自由の女神像を発見したときの絶望感。
そう、あれに近い絶望感がこの映画に漂っているかな。
と当時中学生の私は感じた。
五十年たって再度観てみると。
絶望感というより、まあありえるだろうなと。
六十歳を超えた今、かつてのように消費が美徳、イケイケなんて風潮ではないし。
もちろん私だって、若くない。
消費欲求はあって当然だし、若ければなおさら。
ただ、人生の価値をどこに置くかで、生きやすさはだいぶ違うはず。
ただ、生活してゆくことは、そんなこと考える暇もないのも確か。
でもね、少しは気持ちの余裕がほしいよね。
でないと『ソイレント・グリーン』が現実になるかも。
昔からみた現代、近現代の予告もの
今年199本目(合計1,291本目/今月(2024年5月度)33本目)。
(前の作品 「好きでも嫌いなあまのじゃく」→この作品「ソイレント・グリーン」→次の作品「」)
シネマートさんで時々ある、古い映画のリバイバル上映で、1970~80年代ごろからみた、現代近現代がこうなっているだろうという予想も含んだ映画(SF映画)です。
部分的に当たっている部分もあれば(2022年を「予想ターゲット」として想定されている)、全然違う部分もあって、1973年からするとほぼ50年ですが、未来を当てるのは(まぁ、作品としては娯楽としての映画としての要素のほうが強いのでしょうが)難しいんだろうなぁ…といったところです。
ただ、全然違う部分についても、2022~2024年の現在基準でも見てもある程度理解しうる点もあるし(まったく違うことを述べている点もあるが、部分的に研究が進んでいたり、概念的に論点が存在する部分もある)、こうしたタイプの映画(問題提起型の映画ではないが、趣旨として理解ができる)は「未来を言い当てることのむつかしさ」(もちろん、占い師とかというレベルではなく、ある程度根拠をもってこうだろう、というもの)は、それこそ現在から50年後(2070年ごろ)をあてるのがもっと難しいのが当然の理であることも考慮しても、「まぁよく頑張ったなぁ」といったところです。
作品としては、そうした事情もあって、1970年ごろの世界事情から、当時の「こういう世界であって欲しい」という当時の文化を垣間見ることができる点で単純な娯楽映画というのとはちょっと違う部分もありますが、やや押せるといったところです。
採点に関しては特段気になる点までないのでフルスコアにしています。
何も的中していない現在の予言映画!
1973年製作で2022年を予言した作品ですが、公開当時は予告編で面白くないと判断して未見だったので、映画館で初鑑賞。予言がトンチンカンなだけでなく、「家具」「ホーム」とかの用語を設定しているから、地上波でも全く放送出来ないお蔵入り作品ですね。
元ネタ初鑑賞
ゲームのゼノギアス、映画だとクラウド・アトラスでもオマージュされてた例のアレ
作品名は知ってましたが、今回のリマスター版上映で初めてちゃんと観ました
まぁ、初代猿の惑星とか、オリエント急行殺人事件とか観た時もそうでしたが、
作品の一番肝心かなめの部分のオチがあまりに有名でネタバレ知れ渡っちゃってると、
どうしてもそこを観た時のインパクトは薄らいじゃいますよね
特に最初に挙げた後発の二作品(ゼノギ、クラアト)の方が「加工」の描写がより直接的でグロ強めだっただけに、
そっち先に知ってると、元ネタの方は案外あっさり風味で拍子抜け……というのが正直なところ
とはいえ、半世紀前の時点から描かれた2022年のディストピアな未来予想図を、
実際にそれを追い越した2024年の現実と比較しながら観る、という観方ができるのも今だからこそですね
幸いにも現実はこの映画ほど悲惨な事にはならずに済みましたが、
それでも一部の富裕層と一般人との間の格差と分断などは、ある意味正確な予想でもあるのがまた興味深いですし、
「家具」扱いで飼われる女性たちなど、現代視点から見ても斬新に思える設定や世界観には引き込まれるものがありました
初回上映当時はどんな取り扱いだったか知らないけれど、 B級前提で良...
初回上映当時はどんな取り扱いだったか知らないけれど、
B級前提で良いですか?
突っ込みどころもあるけれど、
なかなか鋭いところもあったりして、
いろいろ考えさせられました
思いのほか淡々としてた
レトロゲーマーにはパk…オマージュイベントでお馴染みのオチを知ってしまった上で鑑賞。
設定としては確かに衝撃的だけど、ディストピア感も近未来感もイマイチ強くなく、オチに向かう後半の話運びもあまり起伏がない。なんかあんまり演出上手くないなぁという感じでした。
重機での無理矢理過ぎる暴動鎮圧や、そこだけ別世界のような安楽死施設は確かにギョッとしたものの、ここだけが尖りすぎていて余計に大オチのインパクトが弱く感じてしまった気も。
色々もったいなかったです。
時代設定が今、とは…。
当時はショベルカーに人間がいっぱいすくい取られている傑作的なポスターとかの絵面が衝撃的だったけど内容も衝撃的だった。人間があふれたらいちばん手っ取り早い循環世界か、これは。家具とか本とかの呼称も秀逸。見れてよかった。
精神と肉体の汚れ
ディストピアが超管理社会でハイパークリーンなものではなく、薄汚れた人がたかって臭いそうな絵面というのがリアル。/そういう意味では『ドゥ・ザ・ライト・シング』とか『ひろしま』みたいだったな。
これで97分。さすが職人監督リチャード・フライシャー。最近のやたら長い映画と違って娯楽映画の作り方を分かってらっしゃる。60年代末期~70年代半ばにこういうディストビア映画が沢山作られてましたね。
①自分が映画を見始めた頃に話題作として公開されながら観れなかった映画を、半世紀を経て大スクリーンで観れる、というのも中々オツなものです。
②本作は、先ずは名優エドワード・G・ロビンソンの遺作として記憶に残るべきでしょうね。
ソルが“ホーム”で息を引き取るシーンは何故かウルッと来てしまった。最後まで名優さんでした。
それに或る意味『PLAN75』を先取りしている設定。
③地球温暖化・人口爆発・貧富格差拡大・食料難等々、確かに未来を予言した映画(舞台となった2022年ではもはや未来の話ではなく現実の問題になってます)では有るけれども、その先見性の秀逸さは原作の小説に軍配が上がるもの。
私には特に本作で描かれる富裕層が現在の先進国に相当し、貧困層が発展途上国を表しているように映って仕方がなく、そこに先見性を見いだしました。
④肝心要のソイレントグリーン製造工場のセキュリティの甘さは、こういう娯楽映画ではお約束。
⑤若い女性の描き方は、現代では噴飯物ですが、70年代当時は仕方なかったとしてご容赦を。
映画女優としては早くに消えてしまったけれども、リー・テイラー・ヤングも若くてキレイ。
⑥70年代半ば迄のSF映画とかディザスター映画の大作の主人公と言えばチャールストン・ヘストンと決まっていたようなものなので仕方ないが、今観るとミスキャストだと思う。
ふてぶてしいがナイーブさもある、もう少し若い役者の方が良かっただろう。その方が自然が溢れていた昔を知らないというキャラクターに合っていただろうし、リー・テイラー・ヤングとのラヴシーンも違和感がなかっただろう。
腹の肉が弛みだしたヘストンでは様にならない(腹の肉が弛みだしたということでは私も偉そうなことは言えないが…)
もっと欲しかったディストピア感
最初から中盤までただの殺人事件の展開なので、ディストピアの設定にする必要あったのかなと、結構長い時間思うことになる。
最後はやっとそれっぽいけど、とてもあっさりしている。
個人的に主人公のことを最後まで好きになれなかったのが残念。
勝手に物を盗んでいくし、女の人には当たり前のように手を出してしまうし。
それでも子供は見捨てないというのがカッコイイ男の象徴なのかな。
50年も前の映画だから仕方ないか。
ベートーヴェンの田園
僕が、12歳の時の作品
チャールトンヘストンが刑事で2022年のニューヨーク
今、これを書いてるのは、2023年だから
また違う未来だな。人口が増えすぎて
食料問題となり、老人を安楽死させて食料とする
プラン75って作品もあったね。老人のエドワードGロビンソンが、ベートーヴェンの田園を聴きながら亡くなるシーンが衝撃だった。今たまたま読んでる小説にこのエピソードがあって思い出した。ただ政府は、違う意味で老人はいらないから、安楽死は、ありえるかも。
PLAN75とこの映画、悪行を働くのは民間だ。民間は司法の裁きだけで済むが 国では立法で廃案、その後、司法の裁き。どちらの話も、立法が省かれた独裁国家と言える。それを知られたくない。PLAN75は特に
高校の頃は映画ばかり見ていた。千葉の田舎から銀座、上野へ、毎週の様に見に行った。
さて、この映画は、その頃、封切りで見た映画。飛び抜けて面白い訳では無かった。
さてさて、この映画が、2022年の出来事時だとは知らなかった。また、出鱈目な話だが、あの『plan75』よりはしっかり出来ていると思う。HGウェルズは『タイムマシン』で見事にディストピアを描いたが、この映画はそれをリスペクトしていると思う。この類の話は全て『タイムマシン』が元祖だと思う。『猿の惑星』とか『カッシアの物語』とか。だから、出鱈目な話は、遠き未来に置くべきだ。2022年を迎えた今『ソイレントグリーン』は出鱈目な話だと露見してしまった。もう一つ。『アキラ』も同類だが、話の中の出来事が、直近起きるかもしれない大惨事をペシミズムすると、『アキラ』の中の社会は、現代世界の現状の誇張と感じた。
しかし、あのPLAN75は、今起きている社会問題を、ありえない話として描いてしまっている。つまり、重い現実の問題を、架空の話の中で、しかも、解決方法のない話として描いている。芸術であっても、解決しなければならない話を主題に置くならば、解決方法を盛り込まない限り、シャッターを押しただけの写真になってしまう。しかも、悪い方向ヘ歪められた、醜く映るフィルターを使っているとなれば『PLAN75』の監督は全く才能がないと断言できる。監督をやった事のある、あの芸人のレベル以下だと断言する。
ソイレントグリーンの監督はこの映画を撮った時、背景にはベトナム戦争の混迷があったと思う。『タイムマシン』の描くディストピアな世界が、ベトナム戦争の先にある。と言いたかったと考える。だが、あまりにも『タイムマシン』を意識している。また、あくまでも商業映画だ。『マンディンゴ』みたいな映画も作るけど、彼は商業映画の監督として自覚はあったと思われる。黒沢監督の代役で撮った映画が『トラ・トラ・トラ』それだ。
2022年のニューヨーク
マンハッタンだけでも失業者が2千万人。電力供給もなく自転車で自家発電する生活。金持ちも家具は豪華に取り揃えてるが、食料品だけは万人にとって貴重なもの。ちなみに“家具”というのは囲ってる女性をも意味している。暴動も毎日のように起こっていた。金持ちは殺されやすいが、葬式なんてものはく、死んでしまったら死体焼却所へ直行。
刑事ソーンは殺人現場に赴き、“収穫物”をこっそり頂戴している生活だったが、殺されたサイモンソンがソイレント社の重役だったことを突きとめる。強盗によって殺されたのなら調書だけで済ませてしまう警察だったが、暗殺の匂いがあると直感したソーンは一人で捜査しはじめた。故人の囲ってた愛人とも寝てしまうスケベなソーン。しかし正義感が強い。上からの命令で終結させる書類にも署名しなかった。
巨大会社ソイレントの内情を知ってしまった男のサスペンスが主軸となるが、それよりも安楽死施設“ホーム”が印象的だ。好きな色、好きな音楽を選んで、今では失われてしまった大自然の映像を見ながら眠りにつくという施設。ソーンと暮す老人ソルは神を信じないが、ホームにこそ神が存在すると考えていたほどだ。暴動鎮圧のためのブルトーザーのシーンも空恐ろしくなってしまうほど。人間をゴミのように扱う現場を見れば、現実の未来をも危惧してしまう。
貴重な食料である“ソイレント・グリーン”。農場は全て独占している企業だけに何でも作れるのだろうけど、原材料は一体何なのだ?!
ホームでかかる曲が「田園」。音楽の印象とグリーン・フィルターの映像。ストーリーはパッとしないが、設定のインパクトで勝負の映画。
2022年になっちゃった
某ゲームソフトが好きで、その中にあるイベント(?)があり、
その元ネタとされているのがこの映画なんですね。
元ネタの映画があると知って、即行見ました。
内容は書くと(両方の)ネタバレになるので書きませんけど、結構重いです。
こんな日が来るのも近いかなと思わせる内容になっております。
詳しくは、ゲームか映画を見るべし。
食事シーンだけでも見て
『ソイレント・グリーン』は中途半端な所で終わっていると思うのだが、この映画が伝えたい事は残酷な世界や強大な敵に向けて、主人公は正義の心を持って反発した、その勇士を監督は見せたかったのではないかと自分では思ってる。
制作秘話とかあったら違う事言ってそうだけど😆
何か行動しなさいと映画で直接的に言葉で訴えているわけではなく、多くの人の為に行動している主人公の背中を通して、正義の心で動く人物を描写していると感じた。
後、食事シーンではこれまた美味そうに食べる。上品さがあるとか、食ってる物が特別豪華で美味そうというわけではないが、満足そうに食べていたのが凄い印象的だった。🍽🍅🥩😂😁
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