ゴジラのレビュー・感想・評価
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ゴジラの復活劇なのにぃ?
Prime Videoで見ました。初代ゴジラを葬った後の話で、ゴジラの復活なのだが、あっさり出て石坂浩二が腰砕け。原発壊し、アメリカとソ連(ロシア)がからみ、スーバーXが出てとおおごとが起こるが、アッサリと流されてしまっている。ゴジラも着ぐるみにお金かけてない、怖さがない。鳥を追いかけるって何?って思う。その鳥の声の周波数?でゴジラを火山口に誘いこんで、落ちて終わりました。最終的に思ったことは、沢口靖子のお披露目映画であったと感じました。
シンになれなかったゴジラ
平成ゴジラシリーズ1作目(通算16作目)
ゴジラ単独映画としては、初代、シンに続いてマイナスワンの存在によって更に影が薄くなってしまった本作
子供の頃見て全然面白くないと思ったが、それもそのはず、人間ドラマはシリアスで核兵器を巡る展開や
日本政府の会談など大人向けの作品
カドミウム弾による作戦なども含めて、シン・ゴジラへのヒントを与えた作品でもある気がする
特撮も進化しており、ゴジラへの迎撃や放射熱戦の表現も時代を経て大幅にパワーアップ
そしてなんと言っても秘密兵器スーパーXの初登場!
BGMも最高にカッコいい!
(何度も言われるスーパーXはまだか!?に笑える)
そしてビルの下敷きになるスーパーX
当時も大ヒットを記録し、平成ゴジラの礎を築いた作品なのである
東宝怪獣コレクションで創刊号を飾ったゴジラのデザインは秀逸で印象的なシーンも多いため、もっとみんな見てあげて欲しい
ストーリー:☆☆☆☆★
怪獣・特撮:☆☆☆☆★
俳優の演技:☆☆☆☆★
音楽 :☆☆☆☆★
ゴジラ特集にて
Amazonプライムビデオでのゴジラ-1.0配信記念?でのゴジラシリーズ一挙で。
一番最初の白黒ゴジラ、第二作ゴジラの逆襲、第三作キングコング対ゴジラに続いて視聴。昭和ゴジラは二作目の「逆襲」が突貫工事で作った粗悪品、以後は怪獣同士を戦わせる事だけに焦点を合わせ尻すぼみになり終了。
少しの間を置いて、平成ゴジラとして帰還。特撮も大分進歩(とは言え、VFXの様なモノではない、着ぐるみゴジラと糸で吊した戦闘機を上手く見せる程度のモノ。
特撮が進歩してカラー画質も向上したので着ぐるみゴジラの眼球が動かないとかのアラが逆に目立つなどのマイナスも。
カラーだと怖さとかが減るけど、まぁ怪獣映画にしてはと思ったけど、スーパーXとかの昭和ゴジラで出て来る様なメカ登場で一気に安っぽい感じへ。
出演者が若い
昭和の最後に蘇るゴジラ
◯80年代にゴジラ復活
当時過去最大の80m級。
昭和シリーズよりも凶暴な顔つき。
◯進化した特撮技術
当時の最新技術で魅せるゴジラ
◯反核メッセージ
米国、ソ連が核兵器使用を迫るが、
三田村総理が毅然とした態度で
断るシーンは必見。
(米ソは簡単に引き下がりすぎな気も
するけど)
◯超兵器スーパーX
VSシリーズ名物超兵器第一弾。
ゴジラの熱戦にも一定の耐性。
(空飛ぶ炊飯ジャー)
◯ゴジラの生態を利用した作戦
◯今考えると豪華キャスト
宅麻伸。
沢口靖子。
武田鉄矢。
特に武田鉄矢の盗人がいいキャラ。
△ストーリー性は薄い
ゴジラが簡単に人間の
戦力にハマるため、
三原山の作戦が成功した際の
カタルシスは薄い。
最新技術でゴジラを作ったら
こうなりますよという映画。
ゴジラ好きでないと楽しめない?
△科学的な整合性。
カドミウム弾で倒れるゴジラ。
電磁衝撃波で復活するゴジラ。
やりたい放題か。
△80年代のクセ
全体的にテンポはゆっくり。
現代人はどう見るか。
「昭和59年公開・平成シリーズの先駆けとなる復活ゴジラにして初ゴジ以来の単体出演ゴジラ」
★独自採点(74):3代目。昭和ゴジラから9年、待望の復活ゴジラ。市街地ミニチュアセットスケール1/40(超高層ビル群は1/50スケール)
昭和59年作だがそれまでの2代目昭和ゴジラはリセットし初代ゴジラ以降二匹目としての再登場、原点回帰の世界観で作られ平成ゴジラシリーズの入り口としての位置付けられた。かつ「日本沈没」以降の東宝特撮パニック映画の流れとしてリアリティを持った設定の怪獣映画として再生された。
制作田中友幸、監督橋本幸治、特技中野昭慶、音楽小六禮次郎、造形安丸信行
通称:84ゴジ/新ゴジ/復活ゴジ(身長80m)・登場怪獣:なし(ショッキラス)・防衛:自衛隊=自衛隊統合幕僚会議議長役・陸自ヘリ(ノンクレジット)「ゴジラ非常緊急対策本部」・1984年(昭和59年)12月15日・103分・上陸地(静岡井浜原発・東京湾)・破壊地(井浜原発・有楽町マリオン・新宿)・特撮爆破炎上破壊規模B(爆破の中野作品としては少々炎上が物足りない)
当時はインターネットなんて無い時代でもうゴジラは過去の物っていう感じだった中「なんかゴジラ 復活するらしい?」って嘘か本当かわからん状態からの復活は正直感動だった。
そして、蓋を開けたゴジラは子供向け路線から本来の”怖い”ゴジラ への回帰でこれは涙もの。まあ、いま見れば色々アラもあるしその後のゴジラ から比べれば比較にはならないかもしれないが、消えそうになっては復活を遂げてきたゴジラの中で作品の出来如何よりも重要な作品だ。
ゴジラ復活を願っていた当時のスタッフやファンのエネルギーなくしては公開できなかったであろうし、この作品以降の原点回帰の「怖いゴジラ」の存在がなければ現在のゴジラが存在していなかったかもしれない。そして1984から1995までの11年間に築いたゴジラの歴史は確実に子供向けの怪獣ではない現在のゴジラの道筋を作ったのは間違いない。特別スタッフとして田原総一郎氏の名前があるのも興味深い
特技監督:中野昭慶も円谷精神を継承し特撮の面白さは十分、新宿のミニチュアセットでの激闘などの見所もあるし、ゴジラの造形は昭和と平成の中間くらいだが怖いゴジラに仕上がっていてこの後の平成ゴジラシリーズへ続く重要なターニングポイントだったと思う。
観客動員300万人超え、興行収入は1995年2位の大ヒットとなり以後の平成シリーズへ見事に引き継がれた作品。
スーツは2体(造形:安丸信行)で井浜原発・東京湾上陸シーンは1号、首都新宿・東京湾から有楽町侵攻などは2号スーツが使用されてる、また顔のアップ等はサイボット(全高4.8m1/20スケール)が採用されてる、また足指の数が初代および逆ゴジと同じ4本に変更された。
特撮、突如井浜原発に現れたゴジラの全景は中々迫力があった、昭和ゴジラのオマージュか新幹線を鷲掴み
新宿高層ビル群の破壊が見どころ、破壊炎上具合は平成シリーズより少ない。ラストは超音波装置に誘導され三原山火口へ咆哮を上げながら落下する。
時代背景:ロサンゼルスオリンピック、米Apple ComputerがMacintoshを発表、日経平均が初めて1万を超え地価急上昇バブルに麻痺していた、日劇跡地に有楽町マリオンがオープン、(VTR)の普及率 はまだ18.7%、大河ドラマ「山河燃ゆ」、グリコ・森永事件、ドラマ「スクールウォーズ」に代表される様に暴走族や校内暴力が酷い世の中だが、地方のデパートはどこも人が溢れ活気はあった。84デビュー菊池桃子、沢口靖子も第1回「東宝シンデレラ」でグランプリに輝きこのゴジラに出演日本アカデミー賞新人賞を受賞している。
怖いゴジラ‼️
冒頭の巨大フナムシが怖い‼️幼い頃見て、いまだにトラウマ‼️54年版のゴジラよりも先に鑑賞してますので、怪獣プロレスではない怖いゴジラが新鮮でした‼️スーパーXがカッコいい‼️一度はゴジラを撃退します‼️そのスーパーXをビルの下敷きにして、破壊したときのゴジラのドヤ顔‼️ただラスト、鳥の鳴き声を真似た超音波で火口に落ちていくゴジラがなんか間抜け・・・。
帰ってきた怖いゴジラ
行くところまで行ってしまった昭和ゴジラシリーズは第15作「メカゴジラの逆襲」を最後に一旦終了しその後9年間の沈黙となる。そして満を持して東宝が送り出した本作である。
ストーリーは第1作を踏襲し、「怖いゴジラ」を蘇らせた。
本作の決戦の舞台は東京なのだが1984年の段階ですでに銀座マリオンや新宿高層ビルなど東京の風景を構成する要素が既に揃っていたことに驚かされる。
ゴジラとそれを迎撃する自衛隊の首都防衛空中要塞スーパーXが互いに相手を探しゴジラが銀座を練り歩く中、マリオンにゴジラの影が映し出されるシーンは本当に映画っぽくてこの映画で最も美しいシーンである。
有楽町に東宝の本社が有楽町にあることからこの界隈の再現に異常にこだわったそうである。
そして本作は沢口靖子の実質デビュー作でもある。
沢口靖子は相当な大根役者でゴジラ以上?に演技が出来なかったのであるが、その圧倒的な可愛さは観客の度肝を抜きその年の日本アカデミー新人賞を受賞し、挿入歌「さよならの恋人」まで歌った(この歌もなかなかのもの)。
しかしそんな彼女が40年経っても演技はちっともうまくならず、そのくせ変わらぬ美貌で「科捜研の女」シリーズの主役などで活躍し続けると知れば本人もびっくりであろう。
むぅ……配分が肌に合わない。
映画.com用
前提として
・ゴジラシリーズだと、『ゴジラ』(1954)と『ゴジラ2000 ミレニアム』『シン・ゴジラ』は視聴済。
・橋本幸治監督の他作品は未視聴。
・中野昭慶特技監督の他作品は未視聴。
核の象徴や恐怖の対象ではなく、一匹の生物として"ゴジラ"を描きなおそうとした作品。
まずはゴジラ。今回は悪役然としたデザイン。ここから従来の描き方とは違うのだな、ということが理解できる。
あくまで恐竜のような古代からいた生物で、帰巣本能もあれば痛みもある。寄生する生物もいるし、放射熱線を撃つのも防衛本能。なるほど、納得はできる。
顔の表情とか、それに伴う技術は素晴らしい。表情が豊かだから、結果的に人間みたいなゴジラに見える。
終わり方などを鑑みると、これらの選択自体は間違いではないな、と思う。
しかし、登場までの前振りが少なすぎる。人類皆が"ゴジラ"というものを知っている世界観なので、登場したときの盛り上がりがあまりにも薄い。
出現すると、どうヤバいのか。あいつが歩き回るだけで日本はどうなってしまうのか。そんな描写が足りなさ過ぎた。前作から9年ぶりに制作された作品。当時の人でも、ゴジラ=恐怖のイメージは薄まっていたんじゃなかろうか。どうにも物足りない。
何より、人の亡くなる描写がほぼ無い。序盤に出てくる巨大ノミの方が圧倒的に怖い。狙って消したにしても、ゴジラに対する危機感がイマイチ伝わらなかった。初めから好きにさせちゃえばよくない? 街の被害はすごいけども。
今作では、アメリカとロシアが日本に核を撃ちこもうとする流れがある。要人たちの会議、それから首相が説得するまでの流れはめっちゃ面白い。当時だからこそのメッセージ。
アメリカとロシアがゴジラを攻撃しようとする理由は分かる。納得もできるし、「本当に怖いのは人間」みたいなメッセージも受け取れる。
それはそれとして、日本がゴジラをどうにかして殺さなくてはいけない実感が湧かなかった。
人間側もちと微妙。
主役の記者である牧、船の生き残りである奥村、その妹の尚子、そしてゴジラを生き物として捉える林田博士。面白い要素がかなりあるのに、あんまり盛り上がらない。変に恋愛要素を入れなかったことには好感。
官邸会議、空気がぼんやり。なんだろう、このモヤモヤ感。ゴジラに対する危機感が薄くて、なんの会議をしているのか分からなくなってくる。やっと危機感を感じれたのは、ゴジラが真上を通過したときだけ。
でも、首相はめちゃくちゃ良かった。あの小林桂樹さんの苦虫をつぶしたような表情で、常に周りの意見を聞き、自分の意思を米露の首相にまで伝える。一番の苦労人ではないかしら。ゴジラが動かなくなった時の安堵した表情にも共感が持てる。こういう人が「ゴジラを殺す」決断をするから説得力が生まれる。あぁ、国を守るってこういうことか。
ストーリーは基本的に初代と変わらず。ゴジラが出てくるから、それに対する対処方法を考え、実行。しかしうまくいかない。最後は、意外な方法でゴジラを葬る。
あえて違うところを挙げるならば、みんながゴジラの存在を知っていること、核爆弾がゴジラの回復に使われたこと、だろうか。ただ、初代から今作までの間の作品は観ていないくても、唯一の特徴みたいなところは分からなかった。多分、ゴジラが周知されてる世界線は何個もあっただろうし、核を使った結果ゴジラが回復する流れもいくつかあったと思う。明確な違いは見出せない。
さて、特撮技術。
まず、前述したとおりゴジラの表情が良くできている。着ぐるみ自体の進化とでも言うべきだろうか。そこにメリット・デメリットはあるものの、素晴らしいと感じた。
ミニチュアの建築物、それらの破壊、そしてゴジラとその足元で逃げ惑う人間たちという合成(?)もかなり迫力があって楽しかった。東宝特撮すげぇ!ってなったところ。
しかし、対ゴジラ兵器"スーパーX"がどうしても蛇足だったように見えてしまう。というか一番気になった部分かもしれない。単純にこの作品に合わない。
まず、出てくるまでのワクワク感が一切ない。そう見せたくなかったのかもしれない。「人間の方が悪なのでは?」というテーマを見せるための装置だったのかもしれない。
それでも、せっかく出そうとしているし、政府の要人が待ち望んでいるような兵器なら少しはワクワクさせるような演出つけてもいいのでは? と思う。
特撮技術はそもそも秀でているから、そこらへん凝っても面白かったはず。
あとレーザービームを撃てるハイテク技術なのがもったいなかった。ビジュアルとか、特撮としてのクオリティは非常に良い。でもイメージでいうと、「核より強い武器」である。なんならゴジラも撃ってる。
結果的に核への恐怖感まで落ちている。今作のゴジラ、ただのミサイルとか戦車とかで軽くダメージを食らうぐらいの防御力でも良かったんじゃないだろうか。でもそこまで行くともはや"ゴジラ"とは呼べないのかな……うーん。
武田鉄矢さん……客演要るかぁ?? 演技が問題なのではない。実際、面白い演技しているなぁとは思って観れたし。でも要らない。
こういう客演に限らず、要らないシーンが全体的に多いと思ってしまう。おまけ以外の理由が見つからないシーンが多い。「それならもっと、こういうシーン観たかったなぁ……」っていう要素たくさん。これは観客のわがままですね。
(平成初期の)東宝特撮、一匹の感情を持った生物としてのゴジラ、記者たちのヤジ馬的悪、核への呼びかけ。こういった要素が好きならこの作品はオススメできるかも。
良いなと思える要素はあれど、どうにも配分が肌に合わなかった。そんな作品。
なんだかなぁ~
「怪獣映画」が、ただ怪獣が喧嘩するだけの内容になったので、リアリティを
求める為、ゴジラが宇宙怪獣から人類を守る「正義の怪獣」ではなく、再び
「悪の怪獣」として蘇らせたのだが、これって何?…な感じだ。
作り方がアマチュア的過ぎる。 大学の映研で、ゴジラ・マニアの学生に
億単位の金を出して作らせた映画みたいだ…
スーパーXなんて、チャチなメカで怪獣王ゴジラを倒せる訳ないと思ったら、
あっさりゴジラに潰されて終わり。
ゴジラの大きさと鳥のサイズが合っていないとか、とにかくアラが目立つ。
ラストは、ネタバレするので詳しくは書かないが、ゴジラの最後が
「なんだかなぁ~」的な感じで終わる…
上質なゴジラ作品
ゴジラ誕生30周年作品。
1954年、1作目のゴジラ出現から30年ぶりの再出現という設定のため、2作目の「ゴジラの逆襲」から15作目の「メカゴジラの逆襲」を大胆にカットして、路線を再びディザスター作品として描いている。
また、昭和最後のゴジラでもある。
下手な宇宙人を出してゴジラをヒーロー視したり、ドタバタコメディ要素をしっかり省いて、政治的なニュアンスをリアルに描いたパニック物としてのゴジラ作品にしたことで、シリーズの中では最も見応えのある作品の一つだと思う。
アメリカ、ソ連の両者が核兵器による攻撃を要求するも、非核三原則を用いてその要求を断固拒否する三田村首相 (小林桂樹)が素晴らしい!
1984年とは、どのような意味があったのか?
1984年12月の公開
1954年のゴジラから30周年の記念作品
前作の1975年公開のメカゴジラの逆襲から9年もの間隔があいた
怪獣ブームは去った
その間どんな東宝特撮映画があったのだろう?
SF映画は2本
惑星大戦争、さよならジュピターだけだ
後は東京湾炎上とかのパニック映画、連合艦隊などの戦争映画しかない
団塊世代はとっくに大人になって怪獣映画から卒業してしまったということだ
第二次ベビーブームは1971年~1974年で、そのピークは1973年であった
怪獣映画ブームを牽引してきた団塊世代は1970年代にはもう結婚して子供を産み始めていた頃だったのだ
怪獣映画とは何か?
1970年代に於いては、それは小学生をターゲットとする娯楽映画として定義されていたのだ
しかし1970年代というのはターゲットの小学生の客層が一番少ない時代でもあったのだ
そんな痩せてしまった市場に予算のかかる怪獣映画を出した所で失敗するだけというのは明らかだ
東映特撮シリーズは予算低下の中でその受け皿になっていったわけだ
なのに惰性で今までの通りの怪獣映画やウルトラシリーズのテレビを作り続けて行けば、ごく少数の例外を除いて粗製濫造に陥るほか無い
帰ってきたウルトラマン、仮面ライダーはその数少ない例外のと言えるだろう
それが1970年代の怪獣映画の置かれた現状であったのだ
そんな1970年代から1980年代の始めに、小学生から十代を過ごした世代もある
それは団塊世代の下の世代
団塊世代とそのジュニア世代に挟まれて、一番数が少ない世代だ
オタク第一世代とは彼らだ
シン・ゴジラを本作の32年後に撮る事になる庵野監督の世代だ
庵野秀明は1960年生まれ
本作の11年後の1995年からはじまる平成ガメラの特技監督樋口真嗣は1965年生まれなのだ
過去の栄光の時代の怪獣映画やSF映画、戦争映画アニメだけでなく、1950年代~60年代、そして彼らの同時代の1970年代の映像作品の名作の数々、SF小説の古典の名作の数々、軍事雑誌、戦記ものが彼らの前に出揃っていたのだ
それら全てを貪欲に吸収し、そのエッセンスを血肉としたのがその世代なのだ
だから彼らはそのような偉大な仕事ができたのだ
彼らの引き出しは守備範囲の広さと深さが桁違いなのだ
単に彼らがそれなりの年齢に達したからでも、持ってうまれた天才のひらめきだけでは決してないのだ
特別の才能を持つ人が、それを大きく開花させ得たのは、豊かな土壌に深く根を張って栄養分をふんだんに吸収していたからこそなのだ
やがて1980年代に入ると第二次ベビーブーム世代
つまり団塊ジュニアが小学生低学年に達し始めた
従来どおり怪獣映画とは小学生のものだと考えるなら、怪獣映画の季節がまたやってきたと捉えて当然だろう
だから1980年に「宇宙怪獣ガメラ」が徳間傘下となった大映から公開されたのも頷けることだ
しかし内容は酷いものであったし興行成績も散々だった
子供は一人では映画館には行けない
求められるのは怪獣映画で育った大人がその子供を連れてくるような映画なのだ
あるいは大人になりきれない青年や大人が観る特撮だ
つまり大人になっても満足できる特撮映画であった筈なのだ
「宇宙怪獣ガメラ」でゴジラ出て来いや!とばかりに挑発されても、その答えを東宝は1984年の本作まで出せなかったのだ
海外ではスターウォーズが世紀の特大ホームランでその答えをだした
しかし日本では惑星大戦争をはじめ答えを出すことに失敗していたのだ
その答えとは、オタクにオタクが喜ぶ映画を作らせることだったのだ
1980年では、団塊ジュニア世代はまだ小学生になったばかり
大人が満足する怪獣映画ではまだついていけない
つまりまだ早かったのだ
本作が公開されたのは1984年
その年、庵野秀明は24歳
1981年のDAICON 3の伝説のオープニングアニメで頭角を現し、1983年にはスタジオぬえに誘われてマクロスの製作に参加をしたり、風の谷のナウシカの作画に参加したりして、そのキャリアをスタートさせ始めていた頃
樋口真嗣はまだ19歳であった
彼は怪獣映画のファンがこうじて、本作が製作
されると聞いていてもたってもいられず、東宝の特撮スタジオに飛び込んで行ったのだ
本作の怪獣造形や、怪獣の着ぐるみの着脱補助からキャリアをスタートさせていったのだ
この二人が知りあったのも、その1984年のDAICON FILMの自主製作映画「八岐之大蛇の逆襲」でのこと
つまりオタク第一世代が、その素養の蓄積時代から、二次創作や自主製作の時代を経て、遂に作り手側として始動し始めたのが本作公開の頃であったということだ
このような中で1984年は訪れたのだ
団塊ジュニア世代は11才になる頃
怪獣映画や特撮映画アニメのターゲットの年代に達したのだ
大人も鑑賞に耐えうる怪獣映画の内容にもついてこれる
そして彼らが大学を卒業するまで10年以上あるのだ
機は熟した!
遂に東宝はゴジラの再製作を決意したのだ
ゴジラは既に何度かリブートを繰り返している
最初のものは1962年のゴジラ対キングコング
次はゴジラ対ヘドラ
しかし今回のはかなり大きいリブートであった
何しろ1954年のゴジラ第一作に直接つながり、それ以外のゴジラ映画は全て無かったことになっているのだから
本気でゴジラ映画を作る意気込みだったのだ
しかしまだ中途半端だ
旧来の怪獣映画の残滓を引きずっている
過去の怪獣映画のエッセンスを再構成し直して新しい時代の新しい怪獣映画とは何か?
その答えには至っていない
その答えが本当にでるのは本作以降になってからだ
特撮も中野昭慶特技監督で、川北紘一が担当するのは次回作からになる
その意味でも本作は昭和ゴジラシリーズから、平成ゴジラシリーズへの橋渡し、過度期の作品であったと思う
しかし本作がなければ、平成ゴジラ以降の作品は無論、シン・ゴジラも無いことになるのだ
であるならば、シン・エヴァンゲリオンも、シン・ウルトラマンまでも存在しないことになったかも知れないではないか
庵野秀明と樋口真嗣がDAICON FILMが発展したガイナックス設立に参画するのも本作公開と同じ1984年のことだ
その樋口真嗣は、本作の11年後の1995年に平成ガメラの第一作「ガメラ 大怪獣空中決戦」を製作するのは前述の通り
つまり、平成以降の特撮にとっても、アニメにとっても、本作が製作されたことは恐るべき巨大な影響があったということだ
1984年
それは、オタク第一世代、そしてその後に続く世代が、オタクがオタクとしての価値観で、オタクが観たい作品を作っていく、そんな新しい時代の幕開けの年であったのだ
クールジャパンに、そして現在につながる一連の作品が産み出され、世界的に評価されていくことになっていく
1984年公開の本作はその最初の狼煙であったのだ
今見る価値はないけど。
スターウォーズブームから波及した日本の特撮復活ブームによってやっと復活したゴジラ映画です。復活する前の最後の作品と比べれば、ものすごいグレードアップしている事がわかるでしょう。公開当時はゴジラが本格SF映画となって復活したので大変な盛り上がりでした。
今見る価値としてはゴジラ本体がカッコいい事ぐらいですが、大作映画として復活した、いわゆる長く続いた平成シリーズの第1作目に当たる作品なので、そのつもりで見るとありがたみがあるかと思います。
シンゴジラの前に対ゴジラシミュレーションに挑んだ一作
ゴジラ復活の狼煙を上げたゴジラリブート作品。
製作は昭和59年だが、平成ゴジラシリーズ第一作と捉えていいだろう。
本作は昭和ゴジラでツッコミ所だった点、巨大生物が襲来してるのに政府は何してんだよ!とかゴジラ以外に宇宙人も出てくんのかよ!と言ったSFの範疇を超えたトンデモな嘘を極力抑え、シンゴジラが行った本当にゴジラが来たときのシミュレーションを80年代に挑んだ作品だと思う。
しかしシミュレーションの前に映画というエンターテイメントであり、スーパーXといった超兵器の投入等シンゴジラほどリアルを徹底出来なかった点も感じられる。
本作からゴジラvsビオランテまで5年の間が空いている。以前、町山智浩さんの評論で1984ゴジラが上手くいかず、という意見を聞いた。
どうも失敗してしまった印象の先入観があった作品。確かに見終わったあとどうもモヤッとしてしまった。それはなぜか。
一番の問題は主人公が誰か分からないという点だ。この作品、最も主人公たり得たのは夏木陽介演じる林田博士だ。彼は主人公になるバックボーンを持っていた。しかし、彼の感情の描写が浅すぎた。彼のゴジラへの憎しみと同調をきちんと入れるだけで自分は傑作になっていたと思う。
田中健演じる牧五郎(この名前はビックリ!)は沢口靖子への仕打ちや田中健本人の冷たさもあって感情移入出来なかった。宅麻伸なんて救出された一般人だし。(正直、彼のゴジラへの怒りの根源も分からなかった)
誰にも感情移入しにくいというのが本作の失敗ではないかと思う。
そして画を優先するあまりそれは無いだろうという場面も多々あった。霧が深いという理由はあったが原発に上陸するゴジラにあんなに気付かないものか?またゴジラ上陸してるんだから新幹線運休にしなさいよ!(笑)
それに宅麻伸は救出された一般人だからゴジラへの軍事作戦に同行できないだろう。
等々、違和感を感じてしまった。
ネガティブな点を挙げてしまったがこの作品、特撮が本当に素晴らしい。自分はシンゴジラに匹敵するくらい1984ゴジラの特撮が好きだ。
本作のゴジラ東京破壊が凄くリアルで生々しい。ゴジラくらいの巨大生物がビルを破壊するとこうなるよな、というのが納得行く。
特に新宿副都心のビル群を見上げながらの破壊が良かった。
またツッコミ所はあるが原発でゴジラを足からずーっと上にカメラがなめてゴジラの頭まで写すあのカットは本当に素晴らしい。
そして夏木陽介がいい!三大怪獣 地球最大の決戦以来のゴジラ作品だが出演者の中で一番演技が出来る方だと思った。
惜しむらくは夏木陽介演じる林田教授をもっと膨らませたかった。彼が両親への仇からゴジラを憎み、しかしゴジラ自身も人類の被害者(原発で核燃料を接種しないと生きられない描写を哀れに見せるとか)であると気づき、もう半分許してるくらいの気持ちでゴジラを介錯する、というような話にすれば自分は納得が行った。
ラスト、総理大臣が泣くテイクを使ったことを後年、監督はミスだったと悔やんでいたそう。そうだと思う。あそこで総理大臣は泣いてはいけない。人類側代表としてしっかりと地に足をつけなければいけないキャラクターだ。(泣くのは林田教授であるべき)この辺のズレたセンスが作品全体に漂っていると思う。後で知ったが監督の橋本幸治さんは「さよならジュピター」の監督でもあったそう。トンデモ作品扱いされてしまう邦画SFだが恐らく橋本幸治さん自身の監督センスというものに起因しているような気がする。
この作品はかなり惜しい。ちょっと改変すれば傑作になれた作品だと思う。しかし、この作品がきっかけとなりゴジラが復活出来、平成、ミレニアム、ハリウッド、シンゴジラとゴジラシリーズは続いていく。影に隠れがちだけど独特の魅力がある作品です。
シンゴジラの次に視聴
子供向けと思いきや大人の方が楽しめるんじゃないかと思うほどシリアスな話。
今見るとゴジラの目など気になる箇所が多いがそこも味かと。
ハッピーエンドとは言えないラストだが、シンよりは良いエンディングではないかと。
ゴジラ対武田鉄矢
ゴジラが子供向けの映画となってから、昔子どもだった大人が大人の手に取り戻したとも言えるリバイバル。徹底した悪役のゴジラに仕立てあげ、登場シーンはさすがに怖い。目が悪党してます!夏木陽介扮する林田生物博士は30年前に肉親をゴジラに殺されたと言ってましたが、前回出演の『三大怪獣地球最大の決戦』では刑事役。関係はなさそうだ。
三原山を人工的に爆発させるなんて、当時、富士山大爆発などの説が流行っていたこととあわせると不謹慎としか思えないストーリー。そしてアメリカ・ソ連が核兵器の使用を求めてくるという内容。非核三原則にまで言及して、大国のエゴイズム論にまで達する(余りにも酷い脚本だったので付け加えただけの雰囲気がある)。まぁ、そんな中でも総理大臣(小林桂樹)は頑なに核兵器使用を拒否する英断のおかげで、通常攻撃+三原山爆発だけとなってホッとした。
しかし、徐々に幼稚な展開となっていき、とうとう『キングコング』(1976)のシーンをパクってしまった。武田鉄也の「田舎モンが~」で目が覚める。核は結局ソ連が誤射してしまうところで、この脚本は破綻した。せっかくの反核メッセージさえ消滅した。しかも簡単にアメリカが迎撃して助けるなんてありえない。とりあえず自衛隊の円盤スーパーXが放ったカドミウム弾によってゴジラは沈静化。やじ馬たちはなぜか避難せずに楽しんでる。
ひどいのは俳優の演技もそうだ。田中健もまだまだ若くて未熟。日本で一番演技の下手な女優沢口靖子も登場だ。リアリティを求めたためか、ゴジラによる破壊活動も中途半端。これを観たアメリカ人がハリウッド版GODZILLAを作りたくなったのもわかる気がする。
(ほぼ)リアル・シミュレーションとして復活!
ゴジラ・シリーズ第16作。
DVDで10回目の鑑賞。
前作以来9年ぶりに公開された昭和最後のゴジラ映画。2作目以降をリセットし、1作目の続編として製作されました。
東宝のパニック映画路線を受け継ぎ、ゴジラが出現した場合の政府や自衛隊の行動がシミュレーションされていました。
本作を深化させると「シン・ゴジラ」になる。感慨深い。
小林桂樹などの名優が集結していて圧巻。特に金子信雄と加藤武は、「仁義なき戦い」シリーズの山守と打本の関係をオマージュしたような絡みがあってニヤリとしてしまいました。
カメオ出演も石坂浩二に武田鉄矢など豪華極まりない。名優たちの重厚な演技が虚構にリアリティーを加えていました。この面子が「ゴジラ」と口にするのが単純にすご過ぎます。
その中で初々しい魅力を放っていたのが沢口靖子。当時は東宝シンデレラのグランプリを獲得したばかり。演技は拙いですが、硬派な作風に爽やかな風を吹かせていて魅力的でした。
復活したゴジラは恐怖の象徴として描かれていました。静岡で原発を襲撃し、1作目を模倣したルートで東京を蹂躙。
新幹線を鷲掴みにし、地下道に躓いて日劇から改装したマリオンを破壊すると云う1作目のオマージュが最高です。
新宿副都心で自分の背丈よりも高いビルに囲まれ、それらを見上げる姿はかなり物悲しく見えましたが、人類の築き上げた文明をぶち壊す勢いで暴れ回る様はどこか痛快でした。
クライマックス、伊豆大島に誘導されたゴジラが噴火を誘発された三原山に呑み込まれるシーンは、切なさに満ちた劇伴も相まって、シリーズ屈指の名場面だと思いました。
作風のお陰か、ファンのみならず一般の観客層にも受けたようで、1985年度の邦画配給収入第2位となる大ヒットを記録し、まさに華々しい復活となりました。
[余談1]
スーパーXの登場が無かったらもっとリアルなシミュレーション映画になっていたんじゃないかなと考えると、東宝特撮の伝統の悪い部分が出てしまった気がしました。
その反省から「シン・ゴジラ」には実在の兵器しか登場させなかったそうです。しかし、VSシリーズに跨る超兵器の原点として、スーパーXの存在があることは否めません。
[余談2]
本作の海外版では、ソ連軍人が故意に発射させたように改変されていました。アメリカで編集したために、当時の情勢を考えると改変は必然ですが大人気無い気もしました。
ちなみに、1作目の海外版に登場したレイモンド・バー演じるスティーブ・マーティンが30年ぶりに再登場し、アメリカ軍の司令室でゴジラによる災害を見守っていました。
[以降の鑑賞記録]
2019/11/27:Amazon Prime Video
2021/08/15:Blu-ray
※修正(2023/11/08)
昔ながらのThe 特撮!
何故だかタイトルだけでずっと一番最初のゴジラのリメイクだと思ってた本作。実際に観てみたら続編だったんですね。もう既にゴジラがいた世界だったとは!
ゴジラの目が意外とクリクリしてて可愛い。もっと恐怖の対象として描かれてるのかと思いきや、人に対して熱線浴びせたりしないし、東京のビル群よりちっちゃいし、武田鉄矢に罵倒されてるしで、所々に見られるホラーな演出の演出の割に怖さはませんでした。やっぱ今観ると作り物感が半端ないですし。現代のCGでのリアルな映画に慣れてると、このいかにもな特撮はちょっとしんどかったです。
そうそう、スーパーXにしてもそうなのですが、レーザー光線とか普通にオーバーテクノロジーの武器が出てきてビックリしました。何となくリアル系な話かなっと勝手に想像してたので、あんなに特撮よりだったんですね。
当時は冷戦中で政治的なドラマパートが途中で挟まれます。米ソにハッキリNOと言える総理大臣がカッコ良かったです。でも現実は「シン・ゴジラ」なんでしょうけどね。
色々とファンタジー過ぎてツッコミ所満載だったのですが、きっとそれも80年代という時代のなせる技なのでしょう。でも超リアル思考な「シン・ゴジラ」やった後はこんな雰囲気のゴジラには戻れないだろうなぁっと思いつつ観賞しました。
ゴジラ誕生30周年記念映画!
テレビで録画して見たんですがさすが誰もゴジラに勝てるやつはいない❗️
武田鉄矢さんも出てたのも知らなかったですが役柄が非常に似合ってます!!
※あと、目のドアップの所やめてほしい。
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