劇場公開日 2024年5月17日

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「「レ・ミゼラブル」「バティモン5」の脚本家が自ら監督。話は新味があって良いが、演出がやや弱い」ティアーズ・オブ・ブラッド 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5「レ・ミゼラブル」「バティモン5」の脚本家が自ら監督。話は新味があって良いが、演出がやや弱い

2024年5月20日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

ベルギーについて知らないことばかりだったので、ブリュッセルを舞台にした本作で会話が始まって、あれ、これフランス語だよな、フランス映画「17歳」のマリーヌ・ヴァクトも出ているし、などとうっすら疑問に思いつつ観ていたが、後で調べたら国土を南北に分ける言語境界線があり、公用語は南部でフランス語、北部でオランダ語、ブリュッセルは北部内の南寄りに飛び地のようになったフランス語圏なのだそう(ほかに東部に小さくドイツ語圏もある)。この映画はベルギー・フランス・スペイン合作だが、そうした事情で過去にもベルギー・フランス合作でベルギーを舞台にしたフランス語映画がときおり作られており、たとえばダルデンヌ兄弟監督・フランス人女優アデル・エネル主演の「午後8時の訪問者」もそうだった。

脚本・監督はフランス出身チリ在住のジョルダーノ・ジェデルリーニ。2019年の「レ・ミゼラブル」や今週末に日本公開の「バティモン5 望まれざる者」の脚本も手がけた一方、長編劇映画の監督作はこれが2本目。ヨーロピアン・ノワールと謳いつつも、犯罪者や裏社会を描くありきたりな暗黒映画とは趣を異にし、ストーリーに新味がある。

過去が謎に包まれた地下鉄運転士のレオは、目の前で息子ユーゴを失う。強盗事件に関与したユーゴから何かを託されたとして警察の捜査対象になり、また強盗一味から襲われるも、襲撃や尾行をかわしつつ亡き息子のため事件の真相に迫ろうとする。

一見くたびれ気味の中年男が、押し入ってきた暴漢と互角に戦い始めるあたりで「こいつただものじゃないぞ」と思わせ、尾行してきた刑事を地下鉄運転士という職業を活かして振り切る手法もなかなかいい。レオ役の俳優がリーアム・ニーソンみたいに無双すぎず、格闘が若干もたもたしているのが個人的にはリアルで良いと思ったが、これは評価が分かれるポイントかもしれない。

スタイリッシュな映像やテンポのいい編集があるわけではないので、昨今のスピーディーに展開する犯罪アクションに比べると物足りなく感じるだろうか。レオがなぜスペインからベルギーに来ることになったかも、あっさり台詞で説明されてしまうのだが、あのくだりもしっかり回想シーンを作って効果的に挿入していればエモーショナルに盛り上げられたのではないか。金属探知機が関わるラストショットの、哀しいような笑えるような、なんとも微妙なセンスは嫌いじゃないのだが。

なお、何度か印象的に登場する街のモニュメントは「アトミウム」と呼ばれ、1958年のブリュッセル万博で建設されたものだそう。会期終了後も撤去されず万博の記念碑として名所になっている点で、パリのエッフェル塔や大阪の太陽の塔に近い存在のようだ。

高森 郁哉