コラム:佐藤久理子 パリは萌えているか - 第10回

2012年9月27日更新

佐藤久理子 パリは萌えているか

世界で話題の低予算SF映画「アイアン・スカイ」フィンランドのスタジオを訪問

今回はフランス・ネタではなく、番外編としてフィンランドを取り上げたい。もうすぐ公開になるフィンランド映画「アイアン・スカイ」の取材で、タンペレという小さな街の制作オフィスを訪れる機会があったからだ。ナチスがじつは月に亡命を果たし、秘密基地を作って地球侵略を狙っていた、という破天荒なプロットで話題になっているこの作品、監督は32歳の新鋭、ティモ・ブオレンソラアキ・カウリスマキが地道に築いて来た、“良識的な映画の国”フィンランドのイメージをみごとに崩し、怖いもの知らずの強烈なブラックユーモアで、世界に冷や水を浴びせるようなSFコメディを作り上げた。

ティモ・ブオレンソラ監督
ティモ・ブオレンソラ監督

映画学校に行ったことがないというブオレンソラ監督は、7年かけて独学で「スター・トレック」のパロディ「スター・レック 皇帝の侵略」(05)を作り、それがネットで反響を呼ぶと、今度は世界中のファンからネットを通じて次回作の資金を募り(その額なんと1億円に達したというからすごい)本作を完成させたという。そんな規格外のやり方に準じて、取材ツアーもまたユニークなものだった。空港に着いた後、歓迎会の場に直行すると、これがなんと湖に面したサウナ。フィンランドのお国自慢をぜひと、「サウナに入りたい人はどうぞご自由に」と言われる。そうこうしているうちに主要キャストと監督が到着し、サウナに併設されたレストランでカジュアルに晩餐。ようやく映画を完成させた監督は、いかにもうれしそうにビールをあおりまくり、自らジャーナリストのあいだを回って気さくに話しかけてくれた。一見オタク風でも話すと陽気。同じ北欧のせいもあるのだろうか、かつてのラース・フォン・トリアーや、「ドライヴ」のニコラス・ウィンディング・レフンを彷ふつさせる、自信家で我が道を行くタイプに見えた。

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翌日は彼らのプロダクション・オフィスを訪れたのだが、これがまたいかにも地元然としたささやかなオフィスだった。映画のサイズからして、タンペレにはひそかに大きなスタジオと素晴らしい機材の整ったプロダクションがあるのではないか……と想像していたこちらの期待とは裏腹に、狭いオフィスに若いスタッフが20人程度。CGIを作り上げる過程を熱心にデモンストレーションしながら説明してくれる。だがその機材やツールは決して最先端のものではなく、ソフトもMaya、Nuke、Adobe Creative Suite5など、オーソドックスなものだ。むしろその情熱と若々しいエネルギーによって、6年近い歳月をかけて心ゆくまで手を入れた結果、あのマニアックな作品が出来上がったのだろう。

映画を観ると、月面基地の装飾やメカが妙に時代感があり、そこにこだわりが見て取れるが(月面ナチスの最終兵器、その名も「神々の黄昏」は地球から持ち込まれたスマホを使って完成する)、このあたりのセンスもハリウッドの大作ファンタジーとは大いに異なる。聞けば監督は、フランスのジャン=ピエール・ジュネマルク・キャロ監督の大ファンであり、とくに彼らの独創的なSF映画「ロスト・チルドレン」には大いなる影響を受けたという。なるほど、そう言われてみると「アイアン・スカイ」の緑がかった色調のレトロな質感やダークなファンタジー性、屈折したユーモアなどは共通している。監督はこう語る。

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「本作に関してインスパイアされたものといえば、ジュネ&キャロの『デリカテッセン』と『ロスト・チルドレン』。他にD・W・グリフィスの『国民の創生』と『チャップリンの独裁者』あたりだね。フィンランドといえばアキ・カウリスマキ、と言われるのに異論はないし、僕だって彼の作品は大好きで全部観ている。たとえ彼のスタイルから影響を受けることはなくても、とても尊敬しているよ。でも最近は若い世代で優れたジャンル映画を作る監督が出ている。しかもジャンル映画の場合インターナショナルに受けやすく、国境を超えるのは容易だ。タンペレには優秀なスタッフがいるし、僕はフィンランド映画の豊かさを世界に知らせたいと思っている」

現在は「アイアン・スカイ」のプロデューサーと、アメリカのテレビ市場を狙ったSFシリーズを企画しているとか。「今やテレビのSFドラマは死んでいるからね。かつてあったみたいな面白いシリーズを作って、ブームを復活させたいんだ」北欧の辺境から現れた独立独歩の奇才が果たして今後どんな活躍を見せるのか、かなり気になる。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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