谷口信輝 : ウィキペディア(Wikipedia)

谷口 信輝(たにぐち のぶてる、1971年5月18日 - )は、広島県佐伯郡(現:廿日市市)出身のレーシングドライバー、YouTuber。愛称は「ノブ」「NOB(谷口NOB)」。

日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

プロフィール

  • 身長:185.4cm
  • 体重:66kg
  • 血液型:B型
  • 愛車:Mercedes-AMG GT S、メルセデス・ベンツ・Aクラス 、メルセデス・ベンツ・Eクラス 、メルセデス・ベンツ・Sクラス、 メルセデス・ベンツ・GLEクラス 、日産・180SX、日産・シルビア(S14、S15)、トヨタ・プリウス(4代目)、トヨタ・スポーツ800、トヨタ・アルテッツァ、レクサス・RC F、トヨタ・ハイエース、トヨタ・アルファードDAY3-3 谷口信輝の「トヨタよ!オレに言わせろ!」、トヨタ・AE85トレノ(4A-Gエンジンに乗せ換え等のカスタムによりAE86化した車両)。
  • 愛称:NOB(ノブ)

経歴

16歳(1987年)よりバイクに夢中になり、18歳(1989年)でミニバイクレースで日本一に輝く。その後、いくつかのバイクチームからのオファーもあり、ライダーのステップアップも考えていたが、バイクレースの帰り道にドリフトしながら交差点を曲がって行くAE86に遭遇し、ドリフトに興味を持ち始める。その時、知人からバイク運搬用としてマツダ・ボンゴを購入予定だったが、マツダ・RX-7(FC3S)でドリフトしたいと思っていた。従兄弟に相談すると、RX-7は燃費が悪いと反対されAE86を薦められる。同時に近所にある知人の中古車販売店に60万円のAE86(トヨタ・スプリンタートレノ)が売られているのを薦められ、谷口は悩んだ末にAE86を選択する。ここから谷口のドライバーとしての人生がスタートする。本人曰く、「あの時ボンゴを買っていたらライダーになっていた」。

1996年に四国の阿讃サーキットで開催されたビデオオプションが主催するドリフト大会「いかす走り屋チーム天国」(通称『いか天』)の中四国大会に出場、3位となり全国大会の切符を手にする。那須エクスプローラーサーキットで開催された第2回いか天全国大会では3位を獲得。この時から雑誌などの取材が増え、谷口の名が世に出始める。当時は2トントラックで豆腐屋の配達をしていたが、「豆腐屋/ドリフトが得意/峠の走り屋/ハチロク使い」という点が、ちょうど同時期に連載を開始した『頭文字D』の主人公・藤原拓海と共通していたため、周囲からは「漫画のモデルでは?」と言われていた谷口信輝 ドライバーズコラム 第5回 映画:新劇場版 頭文字Dの制作の裏側 - GAZOO・2016年1月9日。

その後、モータージャーナリストを目指し28歳(1999年)で上京し、バイトをしながら雑誌ドライバーを務め、2001年(30歳)からレーシングドライバーとしての活動を開始。最初のレースはネッツカップ・アルテッツァレースだった谷口信輝 ドライバーズコラム 第11回 プロのレーシングドライバー - GAZOO・2016年2月20日。

戦績

D1グランプリ

2001年 - 第2戦、第5戦(共に日光サーキット)で勝利を飾り、シリーズチャンピオンの座を掴む。第2戦で4輪Sタイヤ(この時はウェット用)装着、第5戦ではドライ用のSタイヤ4輪装着で優勝を飾り、Sタイヤでも滑らせる技術を見せた。

2002年 - HKSのワークスドライバーとなり、HKSハイパーシルビア(S15)に乗る事となる。しかし、シェイクダウン時運転していた土屋圭市がクラッシュをしてしまい、第1戦では自前の車にHKSのパーツを装着した物を使っていた。第2戦以降はHKSのワークスカーが復活し、早速第2戦では優勝するが、第3戦以降度重なるシフトミスでの敗退(第3戦富久田、第4戦吉岡、第5戦山下)、そして第6戦でタイロッドが折れるというマシントラブルなど、上位には食い込むが表彰台にはあまり立てなかったため、シリーズチャンピオンになる事は出来なかったが、シリーズランキングでは2位を獲得した。

2003年 - この年もシリーズチャンピオンの候補に挙げられていた。しかし第1戦で練習中エンジンブロー、スペアカー(マイカー)のブレーキパッドが剥離し、それを修理したところブレーキバランスが狂ってしまい、決勝1回戦でスピンしてしまい追走に進出できなかった。第2戦では地元ながら不得意な備北ハイランドサーキットで、しかも滑りやすい路面にマシンが合わず、ベスト16にて敗退した。第3戦スポーツランドSUGOでは電気系のトラブルが発生し、予選落ちすることとなる。2ヶ月のブランクがあった第4戦富士スピードウェイでは、得意の超高速コースと復調したマシンの戦闘力が加わり、2位を獲得。待望の新車、ハイパーシルビアRS-II(S15)が投入された第5戦で6位。そして最終戦筑波サーキットでは今までのスピードだけの走りでなく、角度と白煙をRS-IIと共に自分のものとした強烈な走りを披露した(この頃には、リアがセンチ単位でコントロール出来ると語っていた)。しかしベスト16に入る前のオープニングセレモニーで、オーバーレブから第1戦と同様にエンジンブローが発生してしまう。セッティングも走りもまったく違うRS-Iに乗り換え、追走序盤三木竜二とサドンデスを繰り返すなど苦労していたが、決勝まで進出。相手である今村陽一のハーフスピンにも助けられ、シーズン初優勝を飾る。。

2004年 - 第4戦オートポリス(大分県)での優勝を始め、開幕戦アーウィンデール・スピードウェイ(アメリカ・カリフォルニア州)、第2戦スポーツランドSUGO(宮城県)での準優勝、第3戦エビスサーキット南コース(福島県)での3位表彰台など、抜群の安定感を見せた。シリーズチャンピオン最右翼と言われていたが、第6戦のエビスで、乗りなれた「HKS Genki ハイパーシルビアRS-II(S15)」から乗り換えた「HKS Racing Performer IS-220R アルテッツァ(SXE10)」がブーストがほとんどかからなくなるという突然のマイナートラブルを起こし、シーズン初の一回戦落ちとなった。最終戦の筑波サーキットで巻き返しを図るも、追走一回戦(ベスト16)でテールを止めきれずに平岡英郎に接触して敗退し、シリーズチャンピオンを逃した。

2005年 - 第4戦、第7戦がSUPER GTやスーパー耐久と重なるために不参加が決定していた。第1戦アーウィンデールではマシントラブルによりベスト16敗退。第2戦お台場でもプロペラシャフトが折れるという、予期出来ないマシントラブルにより決勝で敗退した。高速コースは得意としているはずだが、第3戦SUGOでは1本目を失敗した事によるリズムの崩れから一回戦で敗退した。

第5戦エビスではベスト8にて織戸学とのGTドライバー対決となったが、先行でアンダー、後追いでスピンをしてしまい敗退した。第6戦富士スピードウェイでは得意の高速コースとあって期待されていたが、ベスト8にて詰まりすぎによるアンダーを出して敗退。前述のようにここでシーズンを終えることとなる。

2006年 - 2月24日にHKSがD1グランプリからの撤退を発表した。所属していた谷口も他チーム・プライベート参戦は行わなかった。。以前にも、HKS以外でD1に出ることは考えられないという発言をしていた。

2008年 - 第2戦の富士でHKS・IS220-Z(2号機)でスポット参戦。約2年ぶりの復活となる。練習から「全然ダメだった」と言いながらも、HKSの迅速なセッティングのおかげで予選→一回戦と尻上がりに調子を上げていく。一回戦を難なく通過したが、ベスト16で当たった水畑力にサドンデスの末に敗れる。そしてお台場エキシビションにも参戦し、土曜日のベスト16で熊久保信重にまたもやサドンデスの末に敗れるが、日曜日ではベスト16で当たった平岡英郎が観客席側に設けられた鉄柵に突き刺さるほどの大クラッシュに見舞われたことから不戦勝でベスト8に進出を果たす。ベスト8では手塚強にサドンデスで敗れたものの、2年間のブランクを感じさせない走りを見せた。

2009年度はスケジュールの調整などを詰め、フル参戦での復帰を目標に準備を進めていたが、結局参戦は実現しなかった。

2011年度は第3戦と第5戦、D1 CHAMPIONS in Centrairにゲスト解説者として参加した。また、D1 CHAMPIONS in Centrairにてデモランを披露。

2012年、HKS&谷口が実に7年ぶりにフル参戦で復帰。マシンはアルテッツァからこれまた完全HKSチューンのトヨタ・86を投入。開幕戦からの予定だったが開発が間に合わず開幕戦は従来のアルテッツァで参戦。その開幕戦お台場は追走に進出するもベスト16で、BMW3シリーズに乗る上野高広に敗れ13位に終わる。

第2戦鈴鹿より86を投入し得意のレーシングコースで単走7位とつけ、追走でもベスト16で片岡龍也に勝利するも、続くベスト8ではパワーに勝るトヨタ・マークXに乗る高橋邦明に敗れ5位。第3戦オートポリスでは天候が変わる悪条件であった。単走こそ9位だが追走でそれぞれ末永直登(ベスト16)、手塚強(ベスト8)に勝利し、得意のオートポリスで強さを見せるが、ベスト4ではC33ローレルを駆る熊久保信重の前に1本目のミスもあり敗退。ただし3位決定戦では佐久間達也に勝利し、自身では2005年の第2戦以来、86では初めての表彰台に登った。

その後第4、5戦のエビス、さらに6戦のセントレアでは3戦連続1回戦落ちと精彩を欠いてしまうが、最終戦お台場では谷口らしい走りが戻り、単走ではシーズン最高の4位につけると追走でも楽々とベスト16で藤中学に勝利するとベスト8ではまたもパワーに勝るマークIIに乗る斎藤太吾と対決、パワー差では斎藤に劣る谷口だが1本目はストレートで斎藤を引き離し、インを差せない走りでアドバンテージを得ると2本目ではインに着くドリフトを見せ斎藤に勝利(なお斎藤は優勝すればチャンピオンの可能性があったがこの敗戦でチャンピオンは熊久保のものとなった)。ベスト4こそこのラウンド単走から好調の内海彰乃に敗れ決勝進出はならなかったが3位決定戦ではオートポリスと同じく佐久間との対決で勝利を飾り2度目の3位表彰台を獲得した。

2013年も引き続き「HKS Racing Performer 86」でフル参戦。2014年を最後に参戦休止し、以降審査席での解説等で活躍。

全日本GT選手権・SUPER GT

全日本GT選手権・SUPER GTでは2002年よりGT300クラスに参戦。当時はRE雨宮からマツダ・RX-7でのエントリーで、早くも第4戦で初優勝を遂げた。2004年からRACING PROJECT BANDOH(坂東商会)に移籍。当初は元のFFからFR化されたトヨタ・セリカの挙動変化に戸惑っていたそうだ。この年は第2戦で優勝し、シリーズ5位となった。

2005年は第5戦もてぎで2位表彰台を獲得するも、シーズンを通して低迷し、シリーズ7位に終わった。

2006年にはチームをディレクシブに移籍し、2006年度第3戦終了時点でポイントランキングトップに立つが、同年8月にはディレクシブがシーズン途中ながら事実上モータースポーツ界から撤退してしまったため、R&D SPORTにチーム丸ごと移籍。第7戦まではトップのままシーズンを順調に過ごしていたが、第8戦以降はノーポイントに終わり、結局ドライバーズランキング3位で終了した。

2007年はチーム・タイサンに移籍。マシンが5年前の旧型ポルシェという事やチームメイト山路慎一が体調不良による欠場など、2年続けて不安の多いシーズンだったが、旧型車の性能優遇措置を活かし、メインストレートが長く、テクニカルコーナーが少ないツインリンクもてぎや富士スピードウェイではダントツの速さを見せ坂東正敬は「GT400クラスの加速」と発言。、年間2勝の活躍でランキング6位の成績を残す。

2008年も引き続きチーム・タイサンから参戦。マシンの熟成が進んできたこともあり、開幕から2戦連続表彰台に登る。第7戦ツインリンクもてぎでは自身初のポールポジションを獲得する。チャンピオン争いの天王山となった第8戦オートポリスでは、2位走行中にパートナーの山路慎一がGT500の車に接触され4位に後退。さらに19号車にも追突され、ノーポイントに終わったためタイトル争いから脱落した。最終戦富士では優勝し、ランキング3位の成績を残した。

2009年は古巣のRE雨宮に復帰。開幕からしぶとい走りと、チームのタイヤ無交換作戦が功を奏し4戦連続表彰台に乗りランキングトップに立った。特に第4戦セパンでは、接触によりほぼ最後尾まで落ちたものの、そこから怒涛の追い上げを見せ、タイヤ無交換も成功し3位表彰台を獲得した。しかしその後はウェイトハンデや第7戦のエンジントラブルによりスタートすらできなかったことも響き、タイトル争いから一歩後退してしまった。第8戦、最終戦で2位を獲得するも、シリーズ2位で終える。

2010年は引き続きRE雨宮から参戦。開幕戦はポールポジションからスタートし、オープニングラップでコースアウトするものの得意のタイヤ無交換作戦で優勝を飾ると、セパンでも優勝を果たして2勝を挙げるものの、マシントラブルやシーズン途中の性能調整に足を引っ張られたのかそれ以外のレースで大量得点を得られず、シーズン3位で終えることとなった。

2011年はSUPERGT初の痛車チームただしTEAMマッハのマッハ号が初の痛車という意見もあるであるグッドスマイルレーシングの初音ミクBMW・Z4 GT3での参戦。第3戦セパンでは圧倒的なストレートスピードを武器にポール・トゥ・ウィンを果たした。その後シーズン途中の性能調整を受けるも3勝し、GT参戦10年目にして自身初のシリーズチャンピオンを獲得した。普段は堂々としてクールな谷口も今回はいろんな思いがこみ上げ、インタビューでは涙を見せた。JAFグランプリ1日目では、タイヤ選択のミスにより予選は振るわなかったが、本選では、そのストレートスピードを武器にして首位に立つ。その後、最終ラップの最終コーナーでHANKOOKの藤井に一旦交わされるものの、直線でオーバーテイクを果たし、優勝した。

2012年以降もグッドスマイルレーシングのBMW・Z4 GT3で、移籍してきた片岡龍也と共に参戦。

2012年は、優勝1回するも、ガス欠トラブルや性能調整に苦しむ形でシーズン5位に終わった。

2013年は、JAF-GT勢が猛威をふるう中で、ポイント圏外や鈴鹿1000kmでのレース後の車両検車でリストリクターのトラブルによって失格になるという不運にあう。それでも終盤で2連勝しシリーズチャンピオンの可能性を残して最終戦に臨むが、結局シーズン3位に終わる。

2014年は、GT300としては初めて開幕2連勝を果たし順調なシーズンを切ることが出来たが、中盤は他車との接触や雨天での作戦ミスによりポイントを取れない時期が続いた。終盤ではウェイトハンデに苦しみながらもポイントを重ね、チームとして初めてドライバーズランキングトップで最終戦を迎える。最終戦のもてぎでは、練習走行からセッティングに苦しむが、予選では大幅なセッティング変更が功を奏し3番手につける。本選では、仮にGANERが勝利をした場合3位以内に入ればシリーズチャンピオンを獲得できる状況の中で後半のスティントを担当し、Audiの猛追を振り切り、3年ぶりとなる2度目のシリーズチャンピオンを獲得した。

2015年では、2012年以来となるデフェンディングチャンピオンとしてカーナンバー0を付けて参戦。車種は前年まで使用していた初音ミクBMW・Z4 GT3からメルセデスベンツSLSに変更しての参戦となった。また、現行レースとなってからGT300においては連覇を果たしたチームが皆無であることから連覇の偉業に挑戦するシーズンでもあった。しかし、シーズンではレギュレーションの影響もあってか開幕戦から苦戦が続く。結局、最終戦では2位表彰台を獲得したものの、1年を通して優勝はおろか表彰台もこのレースのみとなった。

2016年では、前年と変わらず片岡龍也とのコンビで参戦。車種がSLSからAMGに変更となる。シーズンでは、開幕戦を2位と好調な滑り出しを見せたものの、ストレートスピードが極端に遅いという問題をかかえ苦戦が続く。それでも安定した成績を残し、また車も後半になるにつれて調子を上げていった結果、最終戦のもてぎでは3位表彰台を飾り、シーズン5位で終わる。

2017年では、前年に引き続き片岡龍也、車種はAMGで参戦。開幕戦の岡山の予選にて2番手につける。決勝では、赤旗が出るなど荒れた展開ながらも3年ぶりに優勝を飾る。インタビューの際には、いつものように冗談をいいつつも涙を見せた。 その後も順調にポイントを重ね、3年ぶりのGT300のチャンピオンを獲得した。

2020年に新車のAMG Evoを投入。2021年現在まで同じチーム体制で参戦し続けている。

ツーリングカーレース

スーパー耐久には早くから参戦しており、8度のクラスチャンピオンに輝いている。2011年にはGT300、シビックインターと合わせてST-1クラスも制覇し、国内ツーリングカー三冠という快挙を達成した谷口信輝、スーパー耐久でもチャンピオン獲得で三冠達成!。この実績もあり、GT500やF1乗車経験が無いのにも関わらず、特例でのプラチナドライバー認定を受けていた時期がある(2015年にプラチナドライバー規定が改定され、GT300の優勝、シリーズチャンピオン経験者でプラチナドライバー認定となった)。

86/BRZレースにもKTMS(神戸トヨペットモータースポーツ)から参戦し、2014年、2015年と2018年、2019年に2回連覇し合計4回のチャンピオンに輝いている。

筑波スーパーラッパーとしての活躍

筑波サーキットにおけるスーパーラップには2001-2002シーズンから登場した。最初はラーマン山田、土屋圭市飯田章織戸学の影に隠れていた。本人曰く「ドリフト上がり(=強いオーバーステア傾向の車を運転していた)なのに、いきなりアンダーステアのセッティングをしなければいけないのが大変」だったと述べている。しかし2002-2003シーズン以降は頭角を現し、RE雨宮μ 3ローター7にてN/A車当時最速の58秒8を叩きだし、トップクラスのスーパーラッパーとなる。

2003-2004シーズン、ランサーエボリューションVIII(CT9A)をベースにHKSがチューニングした「HKS・TRB-02(ツクバレコードブレイカー02)」で、筑波サーキットチューニングカー最速タイムとなる55秒フラットを叩きだしレコード保持者となり、後日55秒切りを達成した。しかしその後のセッティングラン中に、第一ヘアピンでスポンジパッドに全開で突っ込み、車両価額推定1000万円ラーマン山田は1億円と言っていた。のマシンをスクラップにしてしまったVideo Option Vol.120(レコードランとクラッシュシーン収録)、Vol.122(こちらはクラッシュシーンのみ収録)に収録されている。それでも2004-2005シーズン・そして2005-2006シーズンにおいてこのタイムを越える車は登場しなかったが2006-2007シーズンにランサーエボリューションIXをベースにした「HKS・CT230R」で53秒589を記録し最速レコードを更新した。谷口は2012年までチューニングカーにおける筑波レコードホルダーであった (2013年にアンダー鈴木がスコーチADVANシルビア(S15)で更新(52秒649))

現在はこのCT230Rで出した4WDレコードの他に、前述のD1車両レコード(HKS HIPER SILVIA RS-IIにて)、そして4ドア車レコード(Racing Perfomer IS-220Rにて、のちにCT230Rが更新)の3部門でのレコードホルダーとなっている。

TOPFUEL S2000-RR

  • 2015年1月25日 富士スピードウェイ 1分39秒131(チューニングカーSタイヤコースレコード)
  • 2015年2月5日 岡山国際サーキット 1分27秒887(チューニングカーコースレコード)
  • 2015年3月20日 オートポリス 1分46秒568(チューニングカーコースレコード)
  • 2015年12月3日 鈴鹿サーキット 1分59秒936(チューニングカーコースレコード)

ドライビングスタイル

  • ストリート出身だけあって、ウェットコンディションなど荒れたレースに強さを見せている。SUPER GT+では「チョイ濡れスリック(雨が降り出した直後のスリックタイヤでの走行)が得意」と紹介されている。
  • ヤシオファクトリーの岡村社長に、「タイヤの使い方が上手い、グリップとドリフトの中間のように、タイヤを物凄くつぶして走るんだ」と誉められた経験がある。
  • ニコニコ動画「脇阪寿一の言いたい放題」に出演していたSUPER GTでパートナーを組んでいる片岡曰く「尋常ではない負けず嫌い」とのことである。
  • 日本人としては珍しく「ターンイン時にブレーキを残さず進入する」欧州型スタイル。2018年に自分の運転理論をまとめた『谷口信輝ドライビングノート』を出版している。

エピソード

  • テレビ東京のSUPER GT+内におけるコーナー『愛車自慢コンテスト』で「愛車キング」として審査長を務める。「シャコタン・ツライチ」を信条としており、自身の車も必ずチューニングをする。希少車のトヨタ・スポーツ800も、エンジンをAE111のものに換装している。
  • 人生で初めて新車で買ったのはトヨタ・86(ZN6)の前期型思えば果断の名車だった…初代86/BRZはどこがよかったか? 何がすごかったか?? …全部???ベストカーWeb2021年8月27日閲覧。
  • 最初に買ったAE86はイカ天登場時はスーパーチャージャー仕様ではあったものの、その他のパーツは「付いていればいい」状態で、キャンバーを調整するためのピロアッパーマウントは0度のまま、ロールバーは固定されず室内に入っているだけの状態だった。その後5台のAE86を乗り継いだ。
  • 2006年、トヨタ・ラクティスのCMで、出演している佐藤隆太のスタント役として、アフロヘアーのカツラをかぶりラクティスを運転し、初CM出演を飾る。
  • 父親もチューンされたZ32を所有していた(現在は手放している)。
  • 今村陽一には、戦績や勝利数が谷口より多いのに関わらず永遠の先輩と呼ばれ、尊敬されている。
  • 株式会社元気制作のレースゲームにライバルキャラクターとして度々出演している。「首都高バトル01」や「街道バトルシリーズ」、「レーシングバトル -C1 GRAND PRIX-」において、実際の谷口の愛車である「NOB SILVIA」と共に登場する。
  • 幕張メッセで86のデモランを行った際、会場からヴェルファイアで出ようとした豊田章男を呼び止め、隣の席に乗せて織戸学とともにツインドリフトを体験してもらった。走行後豊田からは「私もこんな走りがしたい!」と賞賛されている谷口信輝 ドライバーズコラム 第7回 無謀な僕は豊田章男社長を呼び止め…
  • 2001年のマカオ・ギアレースで4位チェッカーを受けた後、リスボアコーナーで織戸学と共に二台のトヨタ・アルテッツァで華麗なドーナッツターンを披露してマカオの観客を沸かせた谷口信輝 ドライバーズコラム 第11回 プロのレーシングドライバー
  • 前述の通りバイクやツーリングカーレースを専門としてきたため、フォーミュラカーのレース経験は全く無い。「体格が大柄なのでシート合わせが難しい」との理由から、レース以外でもフォーミュラカーを運転する機会がなかなかなく、2018年4月に富士スピードウェイのイベントでフェラーリ・F187のデモランを担当したのが初のフォーミュラカー経験となった今夜は… 興奮してます - 谷口信輝オフィシャルブログ・2018年4月21日。

レース戦績

  • 2000年 - 十勝24時間レース 5ZIGEN CIVIC(総合10位・クラス4位)
  • 2001年
    • D1 GRAND PRIX (シリーズチャンピオン・2勝)
    • スーパー耐久・クラスN+ (#4 REDLINE ALTEZZA)(シリーズ2位)
    • ネッツカップアルテッツァワンメイクレース (#41 REDLINE ALTEZZA)(シリーズ4位)
  • 2002年
    • 全日本GT選手権・GT300クラス (RE雨宮レーシング #7 雨宮マツモトキヨシアスパラRX7)(シリーズ13位・1勝)
    • スーパー耐久・クラスN+ (#25 ADVAN ALTEZZA)(シリーズチャンピオン)
    • D1 GRAND PRIX (シリーズ2位・1勝)
  • 2003年
    • 全日本GT選手権・GT300クラス (第6戦まで)(RE雨宮レーシング #7 雨宮マツモトキヨシアスパラRX7)(シリーズ17位)
    • D1 GRAND PRIX (シリーズ4位・1勝)
  • 2004年
    • 全日本GT選手権・GT300クラス (RACING PROJECT BANDOH #19 ウェッズスポーツセリカ)(シリーズ5位・1勝)
    • スーパー耐久・クラス1 (DENAG RACING #25 ADVAN DGゼナドリンGT3)(シリーズ2位・2勝)
    • D1 GRAND PRIX (シリーズ2位・1勝)
  • 2005年
    • SUPER GT・GT300クラス(RACING PROJECT BANDOH #19 ウェッズスポーツセリカ)(シリーズ7位)
    • スーパー耐久・ST1クラス (TEAM ADVAN DENAG #25 ADVAN DENAG GT3)(シリーズチャンピオン・7勝)
    • D1 GRAND PRIX (シリーズ10位)
  • 2006年 - SUPER GT・GT300クラス 第6戦まで(direxiv motorsport #27 direxiv ADVAN 320R)第7戦から(R&D SPORT #61 アネブル ADVAN VEMAC320R)(シリーズ3位・1勝)
  • 2007年 - SUPER GT・GT300クラス (TEAM TAISAN with NISHIZAWA #26 ユンケルパワータイサンポルシェ)(シリーズ6位・2勝)
  • 2008年
    • SUPER GT・GT300クラス (TEAM TAISAN with NISHIZAWA #26 ユンケルパワータイサンポルシェ)(シリーズ3位・1勝)
    • スーパー耐久・ST1クラス (PETRONAS SYNTIUM TEAM #28 PETRONAS SYNTIUM BMW Z4M COUPE)(シリーズチャンピオン)
  • 2009年
    • SUPER GT・GT300クラス (M7 RE雨宮レーシング #7 M7 MUTIARA MOTORS雨宮SGC 7/MAZDA RX-7)(シリーズ2位)
    • スーパー耐久・ST1クラス (PETRONAS SYNTIUM TEAM #1 PETRONAS SYNTIUM BMW Z4M COUPE)(シリーズチャンピオン・5勝)
  • 2010年
    • SUPER GT・GT300クラス (M7 RE雨宮レーシング #7 M7 MUTIARA MOTORS雨宮SGC 7/MAZDA RX-7)(シリーズ3位・2勝)
    • スーパー耐久・ST1クラス (PETRONAS SYNTIUM TEAM #1 PETRONAS SYNTIUM BMW Z4M COUPE)(シリーズチャンピオン・6勝)
    • ホンダ エキサイティングカップ ワンメイクレース シビックレース(アールエスファイン #18 ジョージスピリッツM7シビック)(インターシリーズ2位・4勝)
  • 2011年
    • SUPER GT・GT300クラス (GSR&Studie with TeamUKYO #4 初音ミク グッドスマイル BMW/BMW Z4 GT3)(シリーズチャンピオン・3勝)
    • スーパー耐久・ST1クラス (PETRONAS SYNTIUM TEAM #1 PETRONAS SYNTIUM BMW Z4M COUPE)(シリーズチャンピオン・6勝)
    • ホンダ エキサイティングカップ ワンメイクレース シビックレース(RS FINE #2 M7JAPAN プロμシビック)(シリーズチャンピオン・2勝)
  • 2012年
    • SUPER GT・GT300クラス (GSR&Studie with TeamUKYO #0 GSR 初音ミク BMW/BMW Z4 GT3)(シリーズ5位・1勝)
    • スーパー耐久・GT3クラス (PETRONAS SYNTIUM TEAM #1 PETRONAS SYNTIUM Mercedes SLS AMG GT3)(シリーズチャンピオン・4勝)
    • D1 GRAND PRIX (HKS #87 HKS Racing performer 86)(シリーズ10位)
  • 2013年
    • SUPER GT・GT300クラス (GSR&Studie with TeamUKYO #4 GSR 初音ミク BMW/BMW Z4 GT3)(シリーズ3位・2勝)
    • スーパー耐久・GT3クラス (PETRONAS SYNTIUM TEAM #1 PETRONAS SYNTIUM Mercedes SLS AMG GT3)(シリーズチャンピオン・4勝)
    • D1 GRAND PRIX (HKS #87 HKS Racing performer 86/TOYOTA 86)(シリーズ32位)
    • GAZOO Racing 86/BRZ Race(コウベトヨペット AREA86 レーシング #92 コウベトヨペット86/TOYOTA 86)(シリーズ6位)
  • 2014年
    • SUPER GT・GT300クラス (GOODSMILE RACING & TeamUKYO #4 グッドスマイル 初音ミク Z4/BMW Z4 GT3)(シリーズチャンピオン・2勝)
    • D1 GRAND PRIX (HKS #87 HKS Racing performer 86)
    • GAZOO Racing 86/BRZ Race (KTMS KOBETOYOPET MOTOR SPORTS #82 KTMS 86/TOYOTA 86)(シリーズチャンピオン・5勝)
  • 2015年
    • SUPER GT・GT300クラス (GOODSMILE RACING & TeamUKYO #0 グッドスマイル 初音ミク SLS/Mercedes-Benz SLS AMG GT3)(シリーズ12位)
    • GAZOO Racing 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ (KOBETOYOPET MOTOR SPORTS #1 KTMS 86/TOYOTA 86)(シリーズチャンピオン・4勝)
  • 2016年
    • SUPER GT・GT300クラス(GOODSMILE RACING & TeamUKYO #4 グッドスマイル 初音ミク AMG/Mercedes-AMG GT3)(シリーズ7位)
    • GAZOO Racing 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(KTMS KOBETOYOPET MOTOR SPORTS #1 KTMS 86/TOYOTA 86)(シリーズ14位)
  • 2017年
    • SUPER GT・GT300クラス(GOODSMILE RACING & TeamUKYO #4 グッドスマイル 初音ミク AMG/Mercedes-AMG GT3)(シリーズチャンピオン・1勝)
    • GAZOO Racing 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(KTMS KOBETOYOPET MOTOR SPORTS #82 KTMS 86/TOYOTA 86)(シリーズ8位)
  • 2018年
    • SUPER GT・GT300クラス(GOODSMILE RACING & TeamUKYO #0 グッドスマイル 初音ミク AMG/Mercedes-AMG GT3)(シリーズ4位)
    • GAZOO Racing 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(KTMS KOBETOYOPET MOTOR SPORTS #82 KTMS 86/TOYOTA 86)(シリーズチャンピオン・2勝)
    • インターコンチネンタルGTシリーズ(#00 Mercedes-AMG Team Goodsmile/Mercedes-AMG GT3)(シリーズ19位)
  • 2019年
    • SUPER GT・GT300クラス(GOODSMILE RACING & TeamUKYO #0 グッドスマイル 初音ミク AMG/Mercedes-AMG GT3)(シリーズ4位)
    • GAZOO Racing 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(KTMS KOBETOYOPET MOTOR SPORTS #82 KTMS 86/TOYOTA 86)(シリーズチャンピオン・3勝)
    • インターコンチネンタルGTシリーズ(#00 Goodsmile Racing & Type-Moon Racing 、 #00 Mercedes-AMG Team Goodsmile/Mercedes-AMG GT3)(シリーズ37位)
  • 2020年
    • SUPER GT・GT300クラス(GOODSMILE RACING & TeamUKYO #4 グッドスマイル 初音ミク AMG/Mercedes-AMG GT3)(シリーズ8位)
    • GAZOO Racing 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(KTMS KOBETOYOPET MOTOR SPORTS #1 KTMS 86/TOYOTA 86)(シリーズ2位)
  • 2021年
    • SUPER GT・GT300クラス(GOODSMILE RACING & TeamUKYO #4 グッドスマイル 初音ミク AMG/Mercedes-AMG GT3)(シリーズ10位)
    • GAZOO Racing 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(KTMS KOBETOYOPET MOTOR SPORTS #82 KTMS 86/TOYOTA 86)(シリーズ4位)
  • 2022年 - SUPER GT・GT300クラス(GOODSMILE RACING & TeamUKYO #4 グッドスマイル 初音ミク AMG/Mercedes-AMG GT3)(シリーズ9位)
  • 2023年 - SUPER GT・GT300クラス(GOODSMILE RACING & TeamUKYO #4 グッドスマイル 初音ミク AMG/Mercedes-AMG GT3)(シリーズ14位)

全日本GT選手権/SUPER GT

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
2002年 RE雨宮レーシング マツダ・RX-7 GT300TAI6FSW12SUGRetSEP1FSW12TRMRetMINRetSUZ 13位 29
2003年 GT300TAI21FSW10SUG3FSW23FSWRetTRM14AUT20SUZ 9位 4
2004年 RACING PROJECT BANDOH トヨタ・セリカ GT300TAI4SUG1SEPRetTOK7TRM13AUT5SUZ5 5位 48
2005年 GT300OKA7FSW6SEP7SUG7TRM2FSW6AUT3SUZ9 7位 54
2006年 DIREXIV MOTORSPORT ヴィーマック・320R GT300SUZ7OKA1FSW18SEP2SUG4SUZ2 3位 75
R&D SPORT GT300TRM6AUT20FSW13
2007年 TEAM TAISAN with NISHIZAWA ポルシェ・911 GT3-RS GT300SUZ11OKA3FSW19SEP13SUGRetSUZRetTRM1AUT8FSW1 6位 58
2008年 GT300SUZ3OKA2FSWRetSEP15SUG7SUZ5TRM4AUT15FSW1 3位 71
2009年 M7 RE雨宮レーシング マツダ・RX-7 GT300OKA3SUZ2FSW3SEP3SUG11SUZ7FSWDNSAUT2TRM2 2位 82
2010年 GT300SUZ1OKA18FSW11SEP1SUG7SUZ6FSWCTRM8 3位 52
2011年 GSR & Studie with TeamUKYO BMW・Z4 GT3 GT300OKA4FSW5SEP1SUG6SUZ5'FSW'1AUT9TRM1 1位 87
2012年 GT300OKA3FSW1SEP12SUG7SUZRetFSW8AUT5TRM4 5位 52
2013年GT300OKA2FSW9SEP6SUG15鈴鹿サーキット|DSQFSW1AUT1TRM4 3位 70
2014年GOODSMILE RACING & TeamUKYO GT300OKA1FSW1AUT16SUG15FSW4SUZ5CHA3TRM3 1位 78
2015年 メルセデス・ベンツ・SLS AMG GT3 GT300OKA5FSW5CHA13FSW18SUZ8SUG16AUT7TRM2 12位 35
2016年メルセデスAMG・GT3 GT300OKA2FSW18SUG7FSW5SUZ5CHA8TRM18TRM3 7位 47
2017年 GT300OKA1FSW11AUT5SUG4FSW2SUZ19CHA2TRM3 1位 77
2018年 GT300OKA8FSW5SUZ8CHA7FSW2SUG3AUT19TRM3 4位 56
2019年 GT300OKA8FSW6SUZ4CHA12FSW8AUT4SUG2TRM5 4位 47.5
2020年メルセデスAMG・GT3 Evo GT300 FSW9 FSW27 FSW8 TRM9 FSW8 SUZ3 TRM2 FSW15 8位 36
2021年 GT300 OKA14 FSW8 SUZ3 TRM5 SUG23 AUT6 TRMRet FSW4 10位 33
2022年 GT300 OKA7 FSW16 SUZ11 FSW13 SUZ1 SUG26 AUT6 MOT7 9位 33
2023年 GT300 OKA9 FSWRet SUZ18 FSW12 SUZ5 SUG5 AUT6 MOT11 14位 20
  • 太字はポールポジション、斜字はファステストラップ。(key)
    • 今シーズンの順位。(現時点)

関連項目

  • モータースポーツ

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2024/03/16 03:21 UTC (変更履歴
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