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フィンガー5(フィンガーファイブ、Finger 5)は、日本の男女混合歌謡アイドルグループ。1970年代を中心に活躍。メンバーは沖縄県出身の5人の兄弟(男4女1)であり、ダンスをこなしながら歌うスタイルと、メインボーカルの四男・の変声期前のハイトーンボイスとその歌唱力やルックスなどで人気となり、ミリオンセラーを記録した。

バンドという名目ではあったが、全盛期に楽器演奏を披露する場面はほとんどなかった。解散後も時折音楽活動を行ったり、テレビ出演などをしている。

略歴

生い立ち

米国占領下の沖縄で、父親が米兵相手のAサインバーを経営していたこともあり、アメリカのロック、ポップスに触れる機会が多い環境のもと、当時小学生だった長男・一夫、次男・光男、三男・正男が「オールブラザーズ」という名でバンド活動を始める。。英語の歌詞は聞こえた音をカタカナでメモし、キーボードは紙に書いた鍵盤で練習した。

なお、このバーは後に他の経営者の手に渡ったが、少なくとも21世紀初頭までは存在し、店の写真がテレビや書籍で紹介されている。

オールブラザーズからベイビー・ブラザーズ、そしてフィンガー5へ

オールブラザーズは沖縄のテレビ番組のコンテストで優勝したのを契機にテレビ局のプロデューサーに薦められ、1969年にパスポートを手に東京へ進出、東京都東村山市に移転。上京した一家は「歩くのが早い、しゃべるのも早い、お札の色が緑(米ドル)でない」ことに驚いたという。母が自ら車を運転し、日本中の在日米軍基地を回って慰問コンサートを行いながらデビューの機会を待った。

翌1970年、ベイビー・ブラザーズと名を変え、メジャーデビューを果たす。しかし売れずに苦しい時代を過ごし、転校した学校では「売れない歌手」と悪口も言われた。妙子はそれまで着たこともない琉球王朝時代の服を着せられたりし、晃はその時期に出した曲にタイトルさえもう覚えていないものがあるという。

不遇の末に沖縄に帰る準備をしていた頃、子供向けに子供を使った歌手をデビューさせたいという企画の担当者がたまたま彼らの存在を知り、「少し出来るだけのガキだろう」と思いながらデモテープを聴いた途端、これは本物だと眼の色を変え、一家を説得、1972年に「フィンガー5」として再デビューを果たす。名付け親は母で、米国で当時大ヒットを飛ばしていた、5人兄弟で結成された同じ形態のグループ、ジャクソン5を意識したものである。

黄金時代

初めてのテレビ出演は、子供の視聴が多い土曜の夕方を狙って放映され、放映直後のテレビ局には問い合わせの電話が殺到した。翌1973年にリリースした世志凡太プロデュースによる「個人授業」がミリオンセラーとなり、一気に知名度が上がる。その後「恋のダイヤル6700」「学園天国」などをリリース、いずれもミリオンセラーとなった。テレビ・映画にも多く出演した。楽曲のテーマは学校における恋愛で一貫していた。

5人の中でも特に、年少の晃と妙子に注目が集まった。デビュー当時は11歳と10歳であり、まだあどけない姿で大人顔負けのステージをこなす姿が人気となった。また晃は特大のサングラス姿がトレードマークとなっており、それが流行にもなった。

また、芸能人は一般にマネージャーを随行するのに対し、彼らは基本的に自らの意思で活動を始めたこともあり、一夫がマネージャーを兼任し、仕事の交渉やスケジュール管理までこなしていた『驚きももの木20世紀』で高田文夫が証言。。

だが、大人気によるハードスケジュールのため、晃が過労で病院にかつぎこまれ、入院中の写真が週刊誌に掲載されたこともある。その際、医者が関係者に「あなたたちは、この子を殺すつもりか」と言ったという。また晃が変声期が迎える際には、「声変わり」を防ぐためにスタッフが「女性ホルモン」の注射を強く勧めたが、本人は断った『売れなきゃよかった…金曜日の告白SP!大壮絶人生』より。。

その後

1975年、長男の一夫がマネージャーに専念するために脱退。代わりに、甥(長女の息子)の具志堅実が加入する。ハードスケジュールは限界に達し、休養も兼ねて1975年から1976年に米国に留学、レッスンをつむ。これまで芸能活動で得た収入は、この時の費用で全て使い切った。これは芸能活動に一切口を出さなかった父の「芸能界で稼いだ金など、あぶく銭だ」という考えも反映されていた。

帰国後は、長く日本を留守にしていたこと、メインボーカルの晃が変声期で従来のようなハイトーンが出せなくなったこと、してヒットに結びつかないことなどから人気が急落した。後の晃の述懐によると、どうすれば売れるかは分かっていたがそれは自分たちがやりたくないことであり、割り切って自分たちのやりたいことをやろうとしたら売れなくなったという。

末期には、晃に代わり妙子をメインボーカルに据えたり、バンドとしてメンバー自らの演奏を前面に出すなどグループの方向性を変えたりしたが人気は回復せず、1978年に実質的に解散した。その後、メンバーの一部は、ザ・フィンガーズ1960年代のバンド、ザ・フィンガーズとは無関係。など、いくつかのバンドを結成し活動するが、大きくブレイクすることはなかった。

2003年の「The 30th Anniversary!!」では、兄弟5人揃ってのフィンガー5を再結成し、全国から大勢のファンが集まった。

メンバー

全員、沖縄県具志川市(現・うるま市)出身の実の兄弟。

  • 玉元 一夫(たまもと かずお、1955年4月8日 - B型 ) 長男。リードギター担当。コーラス。
    芸能活動休止後不動産会社を経営していたが、銀行から58億円の融資を受けるもバブル崩壊で丸々借金として58億円を背負うが完済している。1996年10月に脳内出血で倒れ左半身麻痺の後遺症が残り、車椅子や杖つきでの生活となる。障害者となった経験を生かし、バリアフリー社会の実現を訴え、自由連合から2001年参院選に出馬したが落選。
  • 玉元 光男(たまもと みつお、1957年2月3日 -  O型) 次男。ドラムス担当。コーラス。
    芸能活動休止後美容師の免許を取得。東京都田無市(現・西東京市)の理髪店で修行時には顔を見た客が首をひねるなど、市内ではちょっとした話題となった。その後はアメリカで活躍。次第に美容師の業務が忙しくなっていったため、近年はテレビ出演を控えている。5人に揃ってもらう企画で、光男だけ都合がつかず欠席したこともあった。
  • 玉元 正男(たまもと まさお、1959年2月2日 - O型) 三男。ベース担当。ボーカル。
    都内某市の建設会社で大工として活躍。その後沖縄料理店を経営NHK BS2『日めくりタイムトラベル 昭和48年』よりする一方で、琉球音楽サークル「魔法使いま〜ちゃんとちっちゃな悪魔たちの集い」を結成し、活動している。
    なお、アイドル時代からの友人である元ずうとるびの江藤博利とは現在も親交がある。
  • 玉元 晃(たまもと あきら、1961年5月9日 -  O型) 四男。ギター担当。メインボーカル。
    正男と同じ建築会社で、大工の後は営業職に転属。退職した後はT.AKIRAとして、また江木俊夫・あいざき進也・狩人の高道とともに結成したs4として現在もライブ活動などの音楽活動を続けている。
  • 玉元 妙子(たまもと たえこ、1962年6月7日 -  B型) 次女。キーボード担当。ボーカル。
    現在は専業主婦である。日出高等学校卒業。

末期には若干のメンバーの入れ替えがあるが、基本は上記の五人。末期には、下記の二人がメンバーになる。

  • 具志堅 実(ぐしけん みのる、1967年1月23日 -  O型)上記兄弟の甥っ子。1975年、マネージャーに専念した長男に変わってメンバー入り。
    現在、メンバーの中で最も大柄。光男の代りにテレビ出演することが多い。
  • 安 広司(やす ひろし、1960年4月29日 -  O型)上記兄弟のいとこ。最後のシングル『悩ませないで』のみ参加。

ディスコグラフィー

シングル(ベイビーブラザーズ時代)

  1. 私の恋人さん(1970年6月20日)キングレコードからデビュー
  2. ジングルベル(1970年10月20日)
  3. 白い天使(1970年11月20日)B面に谷山浩子作詞作曲「僕たちの秘密」

シングル(レコード)

  1. キディ・キディ・ラブ(1972年8月25日)
  2. 個人授業(1973年8月25日)
    公称145万枚あの人NOW! “フィンガー5”三男、東京で沖縄料理店を経営!、ZAKZAK(夕刊フジ)、2012年4月13日。、オリコン集計では70万枚を超すセールス。シングルレコードのジャケットは水島新司によるメンバーのイラスト。ベルファーレ ダンス ウィズ ユーにて Folderがカヴァー、2006年にはmisonoにもカヴァーされた。なおmisonoは、シングル「個人授業」に加え、アルバム『never+land』には「個人授業」シングルヴァージョンは収録せず、「フィンガー5メドレー」として、「個人→恋のダイヤル→学園天国→恋の大予言→個人」の順で4曲カヴァーした。2009年には映画「おっぱいバレー」の主題歌としてCaocaoがカヴァーした。
  3. フィンガー5とクリスマス・パーティー 聖しこの夜・聖しこの夜(1973年12月1日)
  4. 恋のダイヤル6700(シックスセブンオーオー)(1973年12月5日)
    公称160万枚、オリコン集計では85万枚近いセールス。1997年、西田ひかるが三菱電機のエア・コンディショナー「霧が峰FX」CMで歌詞を変えて歌い、「ダンダン娘」というタイトルでシングルCDとしても発売された。2010年にはダンス&ボーカルユニットDream5もカヴァーしている。2012年にはT.AKIRAプロデュースのLaynaもデビュー曲としてカヴァーするなど、カヴァーが多数ある。
  5. 学園天国(1974年3月5日)
    公称105万枚、オリコン集計では55万枚近いセールス。1988年、小泉今日子によってカヴァーされた。また、2006年4月1日から放送のテレビアニメ「ふしぎ星の☆ふたご姫 Gyu!」のエンディングで、ワンダー☆5が同曲をカヴァー後に、双子のプリンセスの担当声優である小島めぐみ・後藤邑子も同曲をカヴァーしている。。2011年にはダンス&ボーカルユニットDream5もカヴァーしている。
  6. 恋のアメリカン・フットボール(1974年6月25日)
    ザ・ドリフターズ主演の映画「超能力だよ!全員集合」挿入歌。2004年1月、声優ユニット「DROPS」がカヴァー。
  7. 恋の大予言(1974年9月10日)
    元は「上級生」のB面曲だったが、ボーカル晃の変声期と重なり、A面とB面が差し替えられた。「恋の大予言」は2005年、テレビ神奈川の子供向け番組「YO!キッズ」の歌のコーナーで、トーバンズ&ジュニアがカヴァー。
  8. フィンガー5とクリスマス・パーティー 聖しこの夜/赤鼻のトナカイ(1974年11月10日)
  9. 華麗なうわさ(1974年12月25日)
    フィンガー5のシングルA面では初めて妙子がメインボーカルを務めた楽曲。チャールストン風の軽快なナンバー。19世紀を思わせるステージ衣装で、特に妙子のロングドレス姿は話題になった。
  10. 名犬ラッシー(1975年2月5日)
    1975年にフジテレビ系列で月曜19:00-19:30に放映されたアメリカのテレビドラマ「新・名犬ラッシー」の主題歌。しかし、番組のスポンサーが明治製菓で、フィンガー5はロッテのコマーシャルに出演していたことから、番組では別人が歌っていたという。
  11. バンプ天国(1975年3月5日)
    ジャケットに、バンプを踊っている晃と妙子のイラスト(画:水島新司)が掲載。
  12. ぼくらのパパは空手の先生(1975年6月21日)
  13. 帰ってくるよ(1975年11月21日)
  14. ジェット・マシーン(1976年2月21日)
  15. 飛べ!すてきなベイビー(1976年6月1日)
  16. 101人ガールフレンド(1976年9月21日)
    B面は「くたばれジャイアンツ」(作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一)という曲である。
  17. モンローウォークのお嬢さん(1976年12月21日)
  18. 恋のラッキー・ストライク(1977年5月1日)
  19. スーパーカー ブギ(1977年7月21日)
  20. ぼくは眠れない(1977年11月1日)
  21. やきもちボーイ(1978年2月1日)
  22. 悩ませないで(1978年6月21日)

シングル (CD)

  1. 学園天国(2001年9月5日)

アルバム(レコード)

  1. ファーストアルバム(1973年12月5日)
    「個人授業」とそのB面曲「恋の研究」の他、ジャクソン5やマイケル・ジャクソンらの英語曲の日本語カヴァーソングを収録。
  2. セカンドアルバム(1974年4月10日)
  3. フィンガー5オリジナル わたしの恋人さん(1974年5月25日)
    旧ベイビー・ブラザーズ名義の楽曲を中心に収録。フィンガー5名義のアルバムとしては唯一、キングレコードからの発売となった。仲宗根美樹がゲスト出演している。
  4. サードアルバム(1974年10月25日)
  5. フォースアルバム(1975年2月5日)
  6. ジェット・マシーン ニュー"フィンガー5"から愛をこめて(1976年3月21日)
  7. フィンガー5 NOW!!(1977年12月21日)

アルバム (CD)

  1. THE VERY BEST OF フィンガー5(1999年4月21日)
  2. 個人授業(2001年7月25日
  3. 学園天国(2001年7月25日)
  4. 恋の大予言-サード・アルバム(2001年7月25日)
  5. 華麗なうわさ-アルバムNo.4(2001年7月25日)
  6. COMPLETE COLLECTION(2001年7月25日)
  7. 学園天国・Re Mix天国!!(2001年8月22日)
  8. フィンガー5コンプリートCDBOX(2003年2月8日)
  9. ゴールデン☆ベスト フィンガー5(2003年11月26日)
  10. CD&DVD THE BEST フィンガー5 [CD+DVD](2005年7月6日)
  11. Best & Nonstop Finger5(2012年7月25日)

テレビ

当時の出演番組

  • ぎんざNOW!(TBS)
  • 進め!フィンガー5(TBS系列)
  • 時間だヨ!アイドル登場(日本テレビ系列)
    1974年 - 1979年放送。渡米後はずうとるびが引き継いだ。

現在からふりかえる過去の特集

  • 驚きももの木20世紀(フィンガー5伝説) - 驚きももの木20世紀 放送リストを参照。
  • Dのゲキジョー(2006年8月4日) - 晃、妙子、正男が登場し、当時のことを振り返った。
  • あの人は今!? - 定期的に出演している。
  • 日めくりタイムトラベル(2007年、NHK BS2) - 「昭和48年」の回で、光男がVTR出演した。
  • 売れなきゃよかった…金曜日の告白SP!大壮絶人生(2008年3月7日、フジテレビ)

映画

  • 超能力だよ!全員集合(主演はザ・ドリフターズ)
  • ハロー!フィンガー5(1974年) - 製作=東宝映像 / 配給=東宝
  • フィンガー5の大冒険(1974年) - 製作=東映 / 監督:石森章太郎(石森家4人のカメオ出演もあり) / 特別出演:仮面ライダーV3

※『ハロー!...』は「東宝チャンピオンまつり」内で、『...大冒険』は「東映まんがまつり」内で、それぞれ上映された。同年に両まんがまつりに登場したのは前例が無い。なお、この回の「東映まんがまつり」は、正式名が「フィンガー5と遊ぼう!東映まんがまつり」であるとのこと。

CM

  • ロッテ「アーモンドV」
  • 松下電器産業「ナショナル・スナッピー」(テープレコーダー RQ-55)
  • ドール「ドールバナナ」
  • 岡村製作所「オカムラジュニアデスク」

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2018/06/16 17:45 UTC (変更履歴
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