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中村 桃子(なかむら ももこ、1987年11月30日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は62のち38。高橋道雄九段門下。埼玉県入間市出身。埼玉県立狭山経済高等学校卒業。棋士の中村亮介は実兄。

棋歴

女流プロになるまで

1997年、小学4年生のときに女流育成会へ入会する。2003年、第23回中学生選抜将棋選手権の男子の部で埼玉県代表となり、ベスト16に入った。2007年度前期女流育成会で9勝2敗の成績を収め、2個目の昇級点を獲得し1個目の昇級点は、2003年のAクラス・Bクラス合併直前にAクラスに在籍していたために付与されたもの。、10月1日付での女流棋士が内定した。2002年4月の村田智弘・智穂以来2組目の「兄妹棋士」となる。なお、入会から10年かかっての女流プロ入りは2番目に遅い記録である(1位は大庭美夏の14年)。

女流プロ入り後

2007年10月1日付で女流2級としてプロ入り。

デビュー戦は10月20日のマイナビ女子オープンの予選であった。1日で3回戦のトーナメントを行って本戦出場者を決める即決のシステムであるため、3連勝すれば、デビュー戦当日に女流1級昇級の資格を得ることができたが、3戦目で敗れ、あと一つ届かなかった。

2009年3月30日、第36期女流名人位戦予選決勝で山田朱未に勝ち、B級リーグ入りを果たし、規定により同日付で女流1級に昇級した。4月、NHK将棋講座「橋本崇載の受けのテクニック教えます」の聞き手を務めた(-9月)。B級リーグは3勝6敗で終わり陥落。第37期は予選決勝で敗れB級リーグ復帰はならなかった。

2010年度、第4期マイナビ女子オープンの予選1回戦で敗れ、3期連続の予選1回戦敗退となり、規定により、次期以降、予備予選にあたる「チャレンジマッチ」からの出場を余儀なくされた。

2012年度、第6期マイナビ女子オープンの予選1回戦で勝ち、次期以降のチャレンジマッチ出場が免除された。2013年3月14日、第40期女流名人位戦予選決勝で本田小百合に勝ち、女流名人位リーグ入りを果たした。また、規定により同日付で女流初段に昇段した。

2013年度、第40期女流名人位リーグでは苦戦し、1勝7敗の最下位で陥落。第25期女流王位戦で挑戦者決定リーグ入りを果たすも、そちらも2勝3敗(うち1勝は里見香奈に不戦勝)と苦戦し陥落した。

2014年度は不調に陥り、各棋戦で振るわず2勝6敗と低迷。2015年度は第37期女流王将戦で本戦入りを果たし低迷を脱した。

2016年度、第28期女流王位戦で3期ぶりに挑戦者決定リーグ入りを果たす。リーグも2連勝で好調スタートとなるが、その後3連敗し残留はならなかった。

人物

  • 高校卒業後、埼玉県内の注文住宅建築業会社、桧家住宅に入社し、2007年10月に女流棋士となってからはその会社にパート社員として勤務するOLでもある。
  • 2011年8月10日、アマチュア強豪の清水上徹と結婚。結婚後も中村姓で活動を続ける。
  • 将棋番組の聞き手を務めることが多く、「名聞き手」の1人に数えられている。

昇段・昇級履歴

  • 1997年10月 女流育成会入会
  • 2007年10月1日 女流2級 = 女流プロ入り
  • 2009年3月30日 女流1級(女流名人位戦B級リーグ入り)
  • 2013年3月14日 女流初段(女流名人位戦リーグ入り)

注釈

出典

関連項目

  • 将棋の女流棋士一覧

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2018/06/01 09:13 UTC (変更履歴
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