阿部光子 : ウィキペディア(Wikipedia)

阿部光子(あべ みつこ、1912年12月25日 - 2008年2月26日教団新報【4727号】消息 山室光氏(隠退教師)(日本基督教団公式サイト))は、作家、キリスト教伝道者。本名、山室光(みつ)山室武甫の妹の山室光子(美術工芸教育者、1911~1999)とは別人。。

東京生まれ。父は徳富蘇峰と国民新聞を創設した阿部充家。左翼運動に参加したと見られ留置されて日本女子大学校中退。自殺した岩倉靖子も同期だった「花の十字架」『遅い目覚めながらも』。1944年救世軍の指導者山室軍平の長男・山室武甫と結婚。佐佐木信綱、印東昌綱に師事して和歌・国文学を学び青木生子ら編『日本女子大学に学んだ文学者たち』、救世軍士官(牧師)としてキリスト教伝道に従事しながら小説を書いた。1962年ころ、50歳近くなって日本聖書神学校に入る(1969年に卒業)。その後日本基督教団和泉多摩川教会の牧師となった(1968年より2003年まで牧会)。

1941年「猫柳」で第13回芥川賞候補。1964年「遅い目覚めながらも」「神学校一年生」で田村俊子賞を、1968年『遅い目覚めながらも』で女流文学賞を受賞。

1994年これらの功績が認められ、日本キリスト教文化協会よりキリスト教功労者の表彰を受ける日本キリスト教文化協会 顕彰者一覧※2022年10月23日閲覧。

著書

  • 『猫柳』文林堂双魚房 1943年
  • 『山室軍平 民衆の友』偕成社 1952年 (偉人物語文庫)
  • 『ルツ物語』新教出版社 1956年 (聖書少年文庫)
  • 『かがやいた星』聖文舎 1959年
  • 『遅い目覚めながらも』新潮社 1969年
  • 『旅路の終りではなく』新潮社 1970年
  • 『泉のほとりにて』三笠書房 1970年
  • 『聖書のある人生』日本聖書神学校出版部 1970年
  • 『花は来年も咲くけれども』新潮社 (新潮少年文庫)1972年
  • 『未知の世界へ わたしの出会った人びと』ヨルダン社 1973年
  • 『悪霊の左大臣』新潮社 1976年
  • 『心をひそめて想うとき わたしの人生論』ヨルダン社 1979年
  • 『よりよく生きるために』弥生書房 1980年
  • 『老いたるシンデレラ』新潮社 1981年
  • 『日々の読書 聖書とともに』弥生書房 1981年
  • 『『或る女』の生涯』新潮社 1982年 -佐々城信子の伝
  • 『いのちの樹』弥生書房 1982年
  • 『心のおしゃれ』教文館 1984年
  • 『さわやかな人生を』ヨルダン社 1985年
  • 『生きがいって、何?』ヨルダン社 1986年 (信仰案内シリーズ)
  • 『雲のはしごを望みつつ』教文館 1986年
  • 『試みの中にある友へ』いのちのことば社 1986年
  • 『阿部光子の更級日記・堤中納言物語』集英社 1986年 のち文庫
  • 『献花』新潮社 1987年
  • 『社会のただなかでミサを生きる』ネメシュ・エドモンド共著 新世社 1988年
  • 『生活から祈る. 社会のただなかでする霊操』第1-2巻 ネメシュ・エドモンド共著 新世社 1989年-90
  • 『共に生きるよろこび』水書坊 1991年
  • 『その微笑の中に』新潮社 1992年
  • 『阿部光子の「私のすすめる本」』ミリオン書房 1992年
  • 『忘れえぬ人』弥生書房 1992年
  • 『続・心のおしゃれ』教文館 1992年

参考

  • 『日本近代文学大辞典』講談社、1984

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2022/10/23 12:49 UTC (変更履歴
Text is available under Creative Commons Attribution-ShareAlike and/or GNU Free Documentation License.

「阿部光子」の人物情報へ