伊藤修 : ウィキペディア(Wikipedia)

伊藤 修(いとう おさむ、1855年(安政2年)-1920年(大正9年))は日本の弁護士。東京法学社(現・法政大学)の創立者の一人。

略歴

1855年(安政2年)、豊後国杵築藩士の子として生まれる。1877年(明治10年)に代言人試験に合格し、法学塾の「法律学舎」を開いていた元田直の下で、訴訟業務に従事する。

1879年(明治12年)に金丸鉄、薩埵正邦らとともに東京法学社を設立する。

1920年(大正9年)に死去。墓は大分県杵築市の養徳寺にある。

顕彰碑

大分県杵築市の杵築城近くに顕彰碑が建立されている。

参考

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2024/02/19 12:31 UTC (変更履歴
Text is available under Creative Commons Attribution-ShareAlike and/or GNU Free Documentation License.

「伊藤修」の人物情報へ