坂口健太郎「以前より深く感情が動く」35歳の今だから見えた愛と孤独【「私はあなたを知らない、」インタビュー】
2026年8月30日 09:00

坂口健太郎が、中野量太監督の10年ぶりの完全オリジナル映画「私はあなたを知らない、」(8月28日公開)で演じたのは、天涯孤独の青年・西山夕平。初めて愛情に触れ、「家族」という幸せを知ったことで、失うことへの恐怖を抱えていく難役だ。
青年期から40代までの夕平を演じながら、坂口はどのようにその心の揺れを捉えたのか。これまでの経験を重ねた“35歳の今”だからこそ見えてきた、愛や孤独、悲しみについて語った。(取材・文/成田おり枝)
©IDKYPs./Pyramide Productions本作は「湯を沸かすほどの熱い愛」の中野監督が坂口を主演に迎えて撮りあげた、日仏共同製作による感動のヒューマンサスペンス。主人公は、天涯孤独の身である西山夕平。自分の中で決められたルーティンをこなすだけの日々を過ごし、その環境を寂しいとも思わないまま生きてきた彼の日常が、職場にやって来た新しいパート職員・東浜紗月との出会いによって一変。シングルマザーだった紗月と彼女の5歳の娘・朝子との生活で、「家族」という幸せの形を初めて知った夕平は心を解放していくが、ある日、悲劇が起きる。

孤独を抱えてきた夕平は、狂おしいまでに家族を求めた末、人を殺めてしまうという壮絶な運命を辿る役柄だ。その青年期から40代までを演じる難役だが、坂口は中野監督の本作への誠実な向き合い方に惹かれ、出演を決めたという。
「初めて台本を読んだ時に、生々しさのようなものを感じました」と感触を明かした坂口。恋人の紗月、紗月の娘・朝子と3人での生活を始める中、夕平が朝子と二人で遊園地に出かける場面が印象に残ったと振り返る。「夕平がソフトクリームを買いに行って、一人ぼっちで待っている朝子を影からじっと見ているシーンがあって。“自分がいなかったら困るでしょう?”、“自分のことを必要としてほしい”という、夕平の悪意の芽生えが垣間見えるような瞬間です。台本でその場面を読んだ時に、監督の正直な気持ちを一気に全部受け取った気がして。ぜひ参加させてほしいと思いました。監督が自分の中にある複雑な感情と向き合いながら、それを赤裸々に書かれているんだと感じたんです。同時に愛と憎しみが表裏一体であることや、夕平の選択は肯定できるものではないけれど、そこに至るまでのどこか夕平彼の気持ちはが痛いほど理解できるようなところもありました」。
©IDKYPs./Pyramide Productions紗月や朝子と出会うまでの夕平について、坂口は「空っぽだった人」だと表現する。そんな彼の心に芽生えていくものを、どのように見つめていたのだろうか。
「夕平は天涯孤独の身で、街の片隅でひっそりと生きている。それが彼にとっては当たり前の生活で、これまで両親をはじめ、誰かから愛情を受けることがなかったことにも、疑問を抱くことはなかったわけです。そんな彼が、初めて愛情のようなものに触れてしまう。朝子に純粋無垢な思いを向けられて、“この感情はなんだ?”と思いながらも、温かい気持ちになったりして」と彼が初めて愛情に触れた瞬間に思いを馳せる。
しかし、次第に幸せな日々は彼の手からこぼれ落ちてしまう。愛を知ってからは「それを手放せなくなってしまった人」だと夕平を表した坂口は、彼の心情をこう推し量る。「自分を必要としてくれて、その温かさを知ってしまった。だからこそ、それを手放した後のことを考えると、とても恐怖だったと思います。こんなに悲しいことになるならば、知らなければよかったとすら思っているはず」と紗月を愛し、父親のように朝子を思う夕平の心情に寄り添いながら、「朝子の目線や彼女と遊んでいる時の空気感をすごく意識して、演じていました」と演じる上で意識したことを明かす。


夕平と朝子の間に流れる時間には、まぶしい瞬間があふれている。幼少期の朝子を演じるのは、ドラマ「西園寺さんは家事をしない」で注目を集め、映画「モアナと伝説の海」ではベビー・モアナ役の日本版声優を務めるなど、活躍の場を広げている倉田瑛茉。
坂口は「中野監督は、演出をつけるというより、瑛茉ちゃんのもともと持っている天真爛漫さや純粋さを掬い取っていくような撮り方をされていた」といい、「瑛茉ちゃんと一緒のシーンでは、僕も彼女を見て自然と出てくる表現を出してみようと思っていました。僕はただただ、彼女に対して反応していけばよかった。自然と出る表情、息遣いを大切にしていました。だからこそ、すごくピュアなものが撮れたと思っています」と確かな手応えを口にする。「運動会の練習をするシーンは、朝子が走る様子などはほぼアドリブでした。するとどんどんこちらも“もっと彼女のためになにかできないか”という気持ちが湧いてきたり、次第にきれいに走れるようになっていく姿を見ていると、泣けてきちゃうこともあって。幼い朝子とのシーンは、すごく濃いものになりました」。

本作だけでなく、伊藤ちひろがオリジナル脚本を書き下ろした「サイド バイ サイド 隣にいる人」や、柚月裕子の同名小説を映画化した「盤上の向日葵」など、これまでにも孤独を抱えた人物を演じてきた坂口。内に寂しさを抱える人物を演じるとき、彼の魅力はいっそう際立つように感じられる。
「そういう役が多いんですよね」とくしゃっとした笑顔を見せた坂口は、「孤独や悲しみを背負っていたり、愛情を向ける先がなくなってしまった人だったり。そういう役を求められてもいるんだろうし、自分でもそういう役を求めているところもあるのかなと思います。やっぱり僕が台本を読んでいて心惹かれるのは、愛情の表現で。さらに言うと“好きだよ”というその裏側にある悲しみや悩みを、どうしても考えてしまう」と告白。「以前、『盤上の向日葵』の柚月先生からも、『厳しい状況で一人で立っている姿やその一瞬が美しく見える人だ』と言っていただいたことがあって」と打ち明けながら、「人生って幸せなことだけではないですよね。悲しみや苦しみって、その人次第だけれど、誰にもその人なりの悩みがある。俳優としても、表面上ではわからないけれど、一層、二層深いところにある、その人の悲しみに目を向けていきたい気持ちがあります」と語る。

本作では、夕平の40代までを演じた。坂口自身は35歳を迎え、「今って、若くもなくて、そこまで歳をとりすぎてもいない。ちょっと浮いているような年代だと思っていて」と自己分析。
「20代の夕平を演じるには若さも必要でしたが、この秋から始まるドラマ『kiDnap GAME』では、貫禄が少しずつ出始めている刑事を演じていて。どちらも行き来できる、不思議な年代だなと思っています。“40代に向けてこういう役をやりたい”というよりも、今の年齢だからこそできる、浮遊感のある役をどれだけ楽しめるかだと思っています」と現在の自身の立ち位置を楽しむように目尻を下げる。
続けて坂口は、「たとえば蜂に刺されると、1回刺された時よりも2回目に刺された時の方がダメージが来たりすると言われますよね。僕の年齢だと、ある程度の感情は一度経験している。だからこそその瞬間だけではなく、その後のことまで考えられるようになったりと、以前より深く感情が動く気がしていて。そういったものも役に反映したり、昇華できるようになれたらいいなと思っています」とこれからを見つめていた。

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執筆者紹介
成田おり枝 (なりた・おりえ)
千葉県出身のライター。大学卒業後、シネコン、ミニシアターでの劇場経験を経て、映画サイトの編集者へと転身。現在はフリーライターとして映画、アニメ、ドラマを中心に、インタビューやコラムなど日々の取材に奔走中。
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