名作ミュージカルが日本で愛され続ける理由 ドキュメンタリー「屋根の上のバイオリン弾き物語」監督に聞く

2023年4月1日 09:00


ダニエル・レイム監督
ダニエル・レイム監督

ロシア革命前夜のウクライナで暮らすユダヤ人一家の日常と苦難を描き、日本でも長年にわたって愛され続けてきた名作ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」の知られざる舞台裏を映したドキュメンタリー「屋根の上のバイオリン弾き物語」が公開された。

1971年にはノーマン・ジュイソン監督による映画版も製作され、本ドキュメントでは、ジュイソン監督がユーモアを交えながら裏話を語るほか、主演を務めたトポルや3人の娘役の俳優たち、音楽を手がけた巨匠ジョン・ウィリアムズも登場し当時を振り返る。華やかなハリウッドとブロードウェイの光と影を浮き彫りにしたダニエル・レイム監督のインタビューを映画.comが入手した。

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――なぜ「屋根の上のバイオリン弾き」のドキュメンタリー映画を作ろうと思ったのですか?

私のドキュメンタリーは、映画に関わるアーティストたちの親密なポートレートを通じ、映画史を保存し、映画の芸術、技術、魂を描写するものです。私は1999年、アメリカン・フィルム・インスティテュートの最終学年の学生だった時にノーマン・ジュイソン監督に出会いました。当時、私の指導教授であるロバート・F・ボイル(Robert F. Boyle)のドキュメンタリーを撮り始めていた頃でした。ロバート・F・ボイルは、「北北西に進路を取れ」(1959)等のヒッチコック監督のクラシック作品や、「華麗なる賭け」(1968/スティーブ・マックイーン主演)や「屋根の上のバイオリン弾き」等ジュイソン監督の有名作品を手掛けた美術監督です。私は、アカデミー賞にノミネートされた自作“The Man on Lincoln's Nose”(2000)でロバート・F・ボイルとジュイソン監督双方に「屋根の上のバイオリン弾き」についてインタビューを行いました。

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映画版「屋根の上のバイオリン弾き」は、幼い頃、ホロコーストを生き延びた祖父母に勧められて見ました。ボイルの、綿密なリサーチに基づく視覚的に大変素晴らしい舞台芸術を据えたジュイソン作品は、もはや存在しない、私の祖父母が経験した世界を知る窓でした。私は、「屋根の上のバイオリン弾き」のキャスト、スタッフたちへの詳細なインタビューを行い作品を深く探索していきました。主人公テヴィエ役のトポル(2009年イスラエルにて撮影)、ノーマン・ジュイソン監督(2016年マリブ、カリフォルニアにて撮影)、「サンライズ・サンセット」作詞シェルドン・ハーニック(2017年ニューヨーク市にて撮影)、音楽を手掛けたジョン・ウィリアムズ、批評家ケネス・トゥラン、テヴィエの娘役を演じた3人の俳優たち(いずれも2021年撮影)たちがインタビューに応じてくれました。

このドキュメンタリーの製作は、何年にもわたる真の愛の結晶です。私は、ジュイソンの芸術性、思いやり、人間性、そして映画「屋根の上のバイオリン弾き」を監督した彼の精神的、創造的探求を深く知り、創造的プロセスに秘められたパワーについてのドキュメンタリーを作りたかったのです。

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――この作品はハリウッドの内幕も描いていると思いますが、アメリカでの上映の際の反応、あるいは批判はありましたか?

本作は、映画批評サイト「Rotten Tomatoes」で100%フレッシュの評価を受けているように、批評家たちから好意的な評価を示しています。米国の批評家のレビューによると、本作は1971年に映画化された「屋根の上のバイオリン弾き」の製作過程について、魅力的かつ洞察に満ちた探求をしているとのことです。批評家たちに共通するのは、本作の温かく愛情に満ちたトーン、映画制作の舞台裏を見せる力、映画制作に携わった人々の個人的な背景や経験を掘り下げたことを評価している点です。個人的な背景や経験というのは、キャスト、スタッフ、音楽ジョン・ウィリアムズノーマン・ジュイソン監督たちのことです。

批評家たちは、貴重なフッテージの使用や、制作に携わった主要人物へのインタビューによって、大人気ミュージカルを映画化するという挑戦と成功について深く理解できたと評価しています。総じて、本作はミュージカルファンや映画ファン必見であり、文化の形成過程を包括的に捉え、名作ミュージカルの不朽の魅力に新たな光を当てた、と評価しています。また、本作が、オリジナルの映画「屋根の上のバイオリン弾き」ファンにも、映画におけるユダヤ人の歴史の描写に興味がある人にもアピールするものだとレビューは示唆しています。

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――日本では演劇版の「屋根の上のバイオリン弾き」が非常に知られていますが、なぜ日本人はこの物語を好むと思いますか?

日本での「屋根の上のバイオリン弾き」の根強い人気を考えるととても興味深いものがあります。本作の中で、ジュイソン監督がユナイテッド・アーティスツから受けた電話についての逸話を話すシーンがあります。ジュイソン監督は、電話口で「公開したばかりの日本で大人気だ。日本人はこの映画を愛している」とユナイテッド・アーティスツから言われたことを振り返り「「屋根の上のバイオリン弾き」は、伝統が変容していく物語だから日本人に愛されるんだ。日本人はそれがどんなことかよく分かっているんだ」と語っています。

ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」が世界で上演された時、日本は最も受け入れられた国の一つでした。1967年9月6日、東京で日本初のミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」の公演が行われ、名優、森繁久彌が出演しました。しかし、ミュージカル版が日本で人気を博すには数年の歳月を要しました。1975年に行われた再演では、初演を上回る大成功を収めました。テヴィエを演じた森繁は、家族思いのテヴィエというキャラクターをさらに強調して、伝統、世代間の違い、宗教的な信念や価値観を守ることの大切さといった普遍的なテーマにより焦点を絞りました。こうしたテーマが日本の観客の共感を呼び、「屋根の上のヴァイオリン弾き」は日本でも愛される作品となりました。

20年近くテヴィエ役を演じた森繁は、引退するときは親しい友人と別れるような気持ちだったと言います。つまり「屋根の上のヴァイオリン弾き」は、日本の文化にも受け入れられる普遍的なテーマを持っていたということです。もちろん、アメリカやイギリスの文化にも共通するものです。

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――ウクライナのユダヤ人の物語が描かれていますが、ロシアによるウクライナ侵攻をどうお感じですか?

ショーレム・アレイヘム原作の「屋根の上のバイオリン弾き」は、ウクライナ中部にあるアレイヘムの生家近くの町ボヤルカ(Boyarka)をモデルにした架空の町、アナテフカを舞台としています。この力強い物語に思いを馳せながら、ミュージカルで描かれた出来事が、現在のウクライナの出来事と不幸にも共鳴していることを実感し、心が重くなりました。この物語は、娘たちにふさわしい夫を見つけようとするテヴィエの苦闘の旅を描いています。

しかし、心温まる物語の裏には迫り来るロシア兵の存在があり、ユダヤ人が過去に直面した危険を思い起こさせます。ロシア兵によってアナテフカからすべてのユダヤ人が追い出されたことは、ユダヤ人の痛ましい歴史を痛切に思い出させるものです。そして今、ウクライナ人もまた、家、経済、都市から根こそぎ追い出されていく現状にあって、「バイオリン弾き」の物語は一巡しています。テヴィエがロシア兵に「私の土地から出て行ってくれ」と懇願する言葉は、悲惨なことにこの世界であまりにも一般的になってしまった移住と歴史の破壊を、冷徹に思い起こさせるものです。

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――次回作は小津安二郎監督のドキュメンタリー映画を手掛けるそうですね。その新作についても少しお聞かせください。

小津安二郎の生誕120年を記念して、小津安二郎の人生と芸術についての長編ドキュメンタリー映画「Ozu: 12 Rooms」を、松竹株式会社と小津家からの支援と賛同を受けて、現在撮影・編集しています。小津監督自身の言葉で綴られる本作は、観客を小津監督の世界へと誘い、彼の人生とキャリアを形作った影響とその瞬間瞬間を明らかにしていきます。貴重な記録映像、小津自身の著作、小津芸術の中心的な作品を所蔵する資料館への訪問、映画監督の家族、俳優、同僚へのインタビューを通して、彼の人生における「12の部屋」を探る─反抗的な学生だった初期から、「生れてはみたけれど」「晩春」「麦秋」「東京物語」「お早よう」「秋刀魚の味」などの名作を生み出した多作の監督としてのキャリアに至るまで。また、小津に影響を受けた現代の映画監督への新たなインタビューを通じて、彼のユニークな手法と映画界に与えた影響を検証するものです。小津をガイドに、彼の人生と芸術を彼の目を通して体験することができる、貴重なドキュメンタリー作品になる予定です。

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