デートの支払いにおけるカップルのいざこざは実体験から 「逆転のトライアングル」リューベン・オストルンド監督インタビュー

2023年3月2日 09:00


リューベン・オストルンド監督
リューベン・オストルンド監督

2022年の第75回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した「逆転のトライアングル」(公開中)。無人島に流れ着いた豪華客船の乗員のサバイバルを軸にし、ファッション業界とルッキズム、そして現代における階級社会とそれに伴う問題を痛烈に炙り出す本作で、「ザ・スクエア 思いやりの聖域」(17)に続き、2作連続のカンヌ最高賞を手にしたリューベン・オストルンド監督のインタビューが公開された。

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――タイトル(原題)の「triangle of sadness(悲しみの三角形)」とは何を指すのでしょうか?

これは美容業界で使われる用語なんだよ。友人がパーティで形成外科医の隣に座ったところ、医師は彼女の顔にさっと視線を走らせてこう言った。「おや、あなたにはとても深い悲しみの三角形がありますね… でも、私なら15分あればボトックスで治せます」と。彼は眉間の皺のことを言っていたんだ。スウェーデンでは「トラブルの皺」と呼ばれていて、人生には悩み事がいかに多いかをほのめかしているものだよ。僕たちの時代におけるルックスへの強迫観念について、そして心の充実度がある意味では後回しになっていることについて物語るエピソードだと思った。

――「フレンチアルプスで起きたこと」はスキー・リゾート、「ザ・スクエア 思いやりの聖域」は現代アート界が舞台でした。「逆転のトライアングル」でファッション界を舞台にされた理由は何だったのでしょうか?

2018年にファッション界のリサーチをしたことがあったんだ。それに、僕のパートナーであるシーナはファッション・フォトグラファーだから、この業界の当事者としての詳しい見解も聞けた。彼女に出会った時、ファッション・ブランドごとに異なるマーケティング戦略や、モデルたちの労働環境についてたくさんのことを教えてくれたんだ。たとえば、男性モデルは一般的に女性モデルの1/3しか稼げないとかね。こうした男女間の違いを、カールとヤヤという二人の主人公の視点で捉えられたら興味深いだろうと思ったんだよ。本作のためのリサーチを始めると、大勢の男性モデルから、業界で力を握るゲイの男たちからの誘いを断るのに苦労することも少なくないと聞かされた。時にはもっと成功させてやると約束して言い寄ってくるそうだ。ある意味、男性モデルであることは、男性優位社会において女性たちが強いられていることと変わらないんだよ。

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――では、あなたはファッション界であれ、「普通の」世界であれ、いかにして美しさが経済的な価値を持つのかに、関心をお持ちなのでしょうか?

まさに! それが最初のアイデアだった。ルックスというのは人間として向き合わねばならない基本的な事柄のひとつだ。どんな見た目をしているかというのは、社会経験に影響するからね。社会においてルックスが重要な役割を果たすという事実は、万国共通で不平等だと言えるけど、その一方で、どこの出身であろうと、美しく生まれつくことができれば、その美は階級社会を優位に生き抜くための社会経済的なはしごになる。女性モデルについてよく言われているジョークがあるんだけど、それはモデルとしてのキャリアが終わっても、彼女たちなら、いつでも裕福な男と結婚してセレブ妻になれる、というものだ。男性モデルにとっては、必ずしも可能なことではないよね。

――だからこそ、アイデアを深める方法として、本作でも社会学的な視線を使われたんですね。

僕が手がけてきた作品はすべて、人間の行動を観察することから始まった。「逆転のトライアングル」の多くのシーンは、行動心理学の観点を強調するような、社会学の研究や逸話の要素があるんだよ。特に興味深いと思った研究に、科学者たちがアフリカのサバンナでシマウマを観察し、サバンナに生息しているのに、その毛皮が黒と白であるのはなぜか突きとめようとしたものがあったんだ。砂色のサバンナに合わせて毛皮は黄色のほうがよさそうなものだろう? 群れに溶け込んでしまうから、シマウマの個体を観察することはほぼ不可能だったんだけど、1頭のシマウマに赤い点をスプレーして、後を追いやすくしたんだ。ところが、赤い点が目立ってしまったせいで、あっという間にライオンたちの餌食になってしまった。それを見て、科学者たちはすぐに気づいたんだ。黒と白の模様はサバンナという環境に隠れるためのものじゃなく、群れの中に隠れるためのものなんだとね。

科学者たちはこれを僕たち人間になぞらえ、ファッション業界に対して、とても面白い指摘をした。人間は服を使って自分が所属する社会集団に隠れようとしているんだと。つまり、服というのは僕たちなりのカモフラージュなんだ。気取ったイブニング・パーティに行くときの不安を思い出してみるといい。派手過ぎる服装も、地味過ぎる服装も絶対にしたくないだろう。服を間違っただけで、さらし者になったような気分になる。経済的な視点からだと、ファッション・ブランドが四六時中、新しいコレクションを作っているのも本当に納得がいく。僕たち消費者はさらに頻繁に服を買い換えざるを得ないからね。

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――あなたは男女の性役割と期待される行動についての問題も指摘されていますね。それが顕著に表れているのが、冒頭で、誰が夕食の支払いをすべきかカールとヤヤが口論になる場面ですね。

あのレストランのシーンは、実際に僕がシーナと経験したことから着想を得たんだ。まだ関係が始まったばかりの頃、僕は彼女にいいところを見せたくて、カンヌに招待した。初日の夜、2日目の夜、3日目の夜と、僕が夕食代を払ったところで思ったんだよ。「まずい、思い切ってこの件について話し合いをしないと。彼女のことが好きすぎて、男がいつも支払うべきだとされている男女の役割に踏み込めていなかった」とね。

本作で描かれているのは、マルティネス・ホテルのエレベーターで僕たちが実際に繰り広げた口論なんだ。彼女は僕のシャツに50ユーロ札を突っこみ、僕は慌てて声をあげるんだけど、ひとり、部屋で腰を下ろした時に思ったんだ。「ああ、関係をぶち壊してしまった」って。でも、最後には彼女が戻ってきて、落ち着いて話し合ったんだ。本心をさらけ出し、お互いの弱いところも見せられるようになったおかげで、彼女とはもっと親しくなれたよ。

――豪華客船にカールとヤヤを乗せて描きたかったのはどんなことですか?

最後の舞台は無人島にしたいと思っていたから、豪華客船はあくまでそこへ向かわせる手段であり、モデルのカップル、億万長者、掃除婦といった個性豊かなキャラクターたちを登場させるための道具にすぎなかった。無人島では、その掃除婦が魚を釣ったり、火を熾せたりするとわかり、かつてのヒエラルキーがひっくり返るんだ。

――あなたのお母様は共産主義者でいらっしゃいましたよね? お母様からは子供の頃にどのような価値観を教えられましたか?

母は今でも共産主義者だよ。小学校の教師であり、絵描きでもあったから、褒めて伸ばしてくれる母だった。彼女の教育方針は常に味方でいることだったから、「すごい、よくやったわ!」と言われながら育ったよ。僕が何に取り組もうと、それは素晴らしいことだった。

それは芸術的な決定を下す時にも生きてるよ。その教育方針のおかげで、自分を信じられるようになったからね。僕はスウェーデン西海岸のスティルソという小さな島で育ったから、僕の周りには、両親のような左翼政党の支持者は多くなかった。母はマルクスとレーニン両者の本を持っていたんだけど、友達が遊びにくると、僕はレーニンの本を反対向きにして、背表紙を隠してた。他の人から見たら物議を醸すとわかっていたんだ。

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――「逆転のトライアングル」では、船長をマルクス主義者に設定されましたね。

嵐が近づこうとしている晩のディナーは、船長がフルコースで乗客とテーブルを囲むという構想があったんだ。乗客たちは船酔いになる一方、船長は酔っ払ったあげく、船内放送で「共産党宣言」を読み始めるんだ。乗客たちが胃の中身をもどしている時にね。そんなシーンを可能にするには、船長は理想家で、大酒飲みで、マルクス主義者でなければいけなかった。

――セレブリティたちが嵐の間に激しく嘔吐するシーンは、この人たちが腹立たしいほど裕福であることに対する復讐のようにも見えますが、いかがでしょうか?

そうなんだけど、僕はこのシーンを転機にもしたかったんだ。観客がこのシーンを観たら、彼らも十分に苦しんだことに同情して、救ってやりたいという気持ちになるだろう。

――富豪に対してどう感じていますか?

人間は甘やかされると、どのような反応を示すのか興味があるんだ。たとえば、僕でもビジネス・クラスの飛行機に乗れば、エコノミーの時とは違う行動を取るようになる。席についたら、いつもより優雅に読書をして、飲み物を堪能して、エコノミー・クラスに向かう乗客たちを眺める。特権に影響されないなんて、ほぼ不可能なんだよ。

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――つまり、大富豪が特権を振りかざし、わがままに振る舞うことは人間の自然な姿だということでしょうか?

富裕層は立派な人たちだと思っているよ。成功した人の多くは社交性に優れている。そうでなければ、成功なんかしないからね。成功した裕福な人々はひどい連中だという通説が根強いけれど、それは話を単純化しすぎだ。本作では、親切なイギリス人老夫婦を誰よりも親しみやすいキャラクターに描きたかった。たまたま地雷と手榴弾で財を築いただけで、誰に対しても優しくて、謙虚な人たちなんだ。このほうが、作品の世界観を描く上で、より正確な描写になると思ってね。

――「フレンチアルプスで起きたこと」「ザ・スクエア 思いやりの聖域」「逆転のトライアングル」は、いずれも現代における男性性を模索しているという点で、大きく括れば3部作と捉えられますか?

そうだね、男性性については、「逆転のトライアングル」の脚本を書いている時に考えるようになった。どの作品でも毎回男性が、あるべき姿、期待される姿に対処しようとする。そのように行動しようとして、罠にかかるというわけさ。この3本の映画は僕自身に対するジレンマを浮き彫りにするためのものでもあったし、自分自身を追い詰めるものでもあった。「自分だったら、どう対処するだろう?」とね。簡単に答えが思い浮かんでしまったら、あまり興味を惹かれない。でも、難しければ、僕は引き込まれるんだ。

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