【「猫たちのアパートメント」評論】猫を愛でる肯定感と巨大団地の変貌の先にある光景

2022年12月25日 08:30


「猫たちのアパートメント」
「猫たちのアパートメント」

パリ郊外で解体される公営住宅、住人が僅かになった建物に少年がひとり取り残される。自分色の世界を作り上げる創造力の煌めきにロマの少女との淡い初恋を重ね、社会の片隅に生きる若者の姿を瑞々しく描いたフランス映画「GAGARINE ガガーリン」(2020)は鮮烈な印象を残す佳作だった。

一方、解体が迫るソウル南端の巨大団地から猫たちを救おうとする人々にフォーカスした「猫たちのアパートメント」はひと味違うドキュメンタリーだ。監督は、「子猫をお願い」(2001)で注目されたチョン・ジェウン。2017年から約2年半、80回もの撮影を続けてこの労作を完成させた。

1980年、18万坪の敷地に143棟の低階層棟が並ぶ遁村団地が竣工された。当時アジア最大と言われたアパート群には5930世帯、約3万人が暮らした。やがて自然と猫が居着くようになると、住人たちは物言わぬ猫たちを愛で、餌を与えて見守ってきた。解体が決まったこの巨大アパートに暮らす猫たちは約250匹、野良でもなく、かといって飼い猫でもない独特な気質を持っている。

韓国の引っ越しはすこぶる早い。高層階の部屋の窓に固定したアルミの梯子で家財道具を降ろす。この単純な上下運動が何度か繰り返されて完了だ。

引っ越し作業の傍らには、猫の名前を呼びながら歩く女性たちの姿がある。このままでは居場所を奪われてしまう猫たちの大ピンチに立ち上がったのは、作家や写真家、イラストレーターなど自分時間で働く人たちだ。この有志たちの活動に猫ママやボランティアも賛同し「遁村団地猫の幸せ移住計画クラブ」が結成される。

この映画の特筆すべき点はふたつ。その一は、誰かに期待することも頼ることもなく、猫たちの明日が他人ごとではない自分のために動いている女性たちの姿の清廉さだ。里親が決まると我が家で辛抱強く慣らし、不妊対策や健康管理にも気を配りながら、エサの補給地を絞り込んで活動範囲を狭めていく。好きが高じて猫たちの神経衰弱イラストカードまで作ってしまう。この地道な活動のすべてが誰かに押しつけられたわけではない自発的な行動なのだ。常に猫ファーストの能動的な姿がもたらす得も言われぬ肯定感が優しく心を包み込む。

その二は、猫たちの引っ越し大作戦の背後で進む都市の生命を写し撮ったこと。韓流の引っ越し作業を皮切りに、残り少なくなった住人たちの生活態度の変化、樹木移植後のむき出しの土砂を覆うブルーシート、まるで恐竜のようなヨーロッパ製油圧ショベルの粉砕作業など、巨大団地が変貌していく様をつぶさに伝える現代社会の記録となっている。

この作品には誹謗中傷の描写はない。悪者も登場しない。再開発の名の下に権力を振りかざす政治家も、利権に群がる守銭奴も現れることはない。ユートピア的な世界感を形成した後、監督がラストに選んだ映像には不意を突かれた。熟考された結末に苦み混じりの後味が残る。

(高橋直樹)※「高」は、本来はしごだか

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