【「サイレント・ナイト」評論】嘘という毒ガスが蔓延する世界で、聖夜に命を考える。

2022年11月20日 16:00


「サイレント・ナイト」
「サイレント・ナイト」

致死率100%。吸い込んでしまったら命を奪われる有毒ガスが発生し人々を脅かす。突如湧き上がったガスは、竜巻によって拡散し、垂れ込めた雲によって運ばれ人々に襲いかかる。こんな表現をすると、スティーブン・スピルバーグ製作総指揮の「ツイスター」や逃げ場なしのディストピア映画を想像される方もいるかも知れない。だが、この映画はひと味違っている。

キーラ・ナイトレイ主演最新作「サイレント・ナイト」は、聖夜を祝うために集まった友人たちと過ごす特別な一夜を描く。客室を準備するルル(キーラ)の姿で幕をあけると、ニワトリを追いかける姿で登場した後、紳士然とホストを務める夫(マシュー・グード)、ニンジンを刻みながら指を切ってしまう長男のアート(「ジョジョ・ラビット」の名子役ローマン・グリフィン・ディヴィス)と双子の弟へと5人の家族が紹介される。続いてルルが寝室で見つめた一枚の写真に写っていた邸宅へと向かう3人の大学の同窓生とパートナーたちの姿が重ねられる。この短い描写で登場人物たちの性格や過去のいきさつが伝わり、淀みなくクリスマスの一夜へと観客を導いていく。

だが、ここからが違うのだ。テレビ画面はポーズボタンのまま、スマホを見てはダメだという両親の監視下で、アートは隙を見てはスマホを確認する。

ステージ1 有毒ガスの吸引
ステージ2 神経系を攻撃
ステージ3 致命的な出血
最後の選択 “EXITピル”を飲んで、苦痛を回避し尊厳ある死を迎えましょう…。

これは劇中でアートがのぞき見する英国政府による“EXITピル”を推奨するサイトの画面である。どうせ死ぬのなら苦痛なくやり過ごすべし。有害物と対峙するという自らの責任を放棄した政権の情報を受け入れざるを得なくなった12人。理不尽な押しつけに納得できず、どうしてもピルを服用したくないと思っているアートはスマホのチェックを続ける。政治がなっていないという大人たちだが、予期せぬ身体の変調に心が揺れる女性を除いて、致死率100%という情報を鵜呑みにして、ガス蔓延の時をただ待っているだけ。

監督は、「スリー・ビルボード」でオスカーにノミネートされた撮影監督ベン・デイヴィスの妻で、本作に出演する3人の子役たちの母でもあるカミラ・グリフィン。コロナ禍前に企画した自らの脚本で臨んだ初監督作は、階級社会がいまだに残る英国の権威的社会の在り方と、人類による環境破壊によって悲鳴を上げ続けている地球の温暖化問題をブレンドし、「尊厳死」に直面せざるを得なくなった健常者たちの葛藤に迫っていく。言葉に出来ない複雑な想いを内に秘めた12人の行動に、有毒ガスの存在を可視化させた土埃を巻き上げて進む竜巻の映像を巧みに織り交ぜ、語り口軽快な90分に仕上げた。

だが、あなどるなかれ。聖夜に命を考える。それは自分を取り巻く社会と環境をもう一度注意深く見つめ直すことなのかも知れない。世界には嘘という毒ガスが蔓延しているのだから…。

高橋直樹)※「高」の正式表記は、はしごだか

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