【「オルガの翼」評論】ウクライナから遠く離れて、15歳の少女が世界と向き合う時。

2022年9月3日 18:30


「オルガの翼」
「オルガの翼」

2014年、イラクではイスラム国が勢力を拡大、アフリカではエボラ出血熱で人々が倒れ、自由選挙を願う香港市民のデモは警官が放つ催涙スプレーを防ぐ“雨傘”運動となって激化した。世界が紛争や禍で覆われていたその時、ウクライナで何が起こっていたのか。

2011年に親ロシア派のヤヌコビッチ大統領が誕生、南部地域にロシアが軍事介入を開始、戦闘は東部にも拡大していく。政権への不信感が募るウクライナでは、13年11月に首都キーウの独立広場にデモ隊が集まり始め、機動隊と衝突を繰り返しながら、14年2月に大統領を失脚に追い込む。人民の尊厳を問う民衆の戦いは「ユーロマイダン革命」と呼ばれている。

オルガの翼」は、革命に揺れるウクライナで、自分の命を守るため母国を離れることを余儀なくされたひとりの女子体操選手を追う。欧州選手権を目指すオルガは、仲間のサーシャと練習に励む。自分がチームで一番だと確信しているふたりは「誰がボスか」と言葉を交わす。勝ち気な15歳だ。

練習の後、母の車で帰路につくといきなり車に追突される。政権の汚職を暴く報道を続ける母は、何者かに狙われているのだ。すんでの所で追っ手をまくが、オルガの腕にはガラス片が突き刺さる。生死の境界線に立たされていることを瞬時に体感させるこの襲撃シーンは圧巻、一気に作品世界に引きずり込まれる。

娘の身を第一に考えた母は、亡き夫の故郷スイスへと送り出す。雪が積もる異国に移ったオルガはひとりぼっちだ。黙々とランニングし、誰よりも早くまだ暗い練習場に到着すると、鉄棒の大技“イエーガー”に挑み続ける。

部屋に戻るとSNSでウクライナの状況を確認する。母はどうしているのか。サーシャは元気なのか。母国の未来はどこに向かっているのか…。言葉が通じないコーチの考え方も受け入れられず、選手とのコミュニケーションもままならない。選手権が刻一刻と迫る中、彼女はある重要な、自分のアイデンティテイを問う選択を迫られる。

進むのか、留まるのか、それとも…。たったひとりで世界と向き合うことを余儀なくされた15歳の少女に決断の時が迫る葛藤のドラマに、ドキュメンタリータッチのリアルな描写が丁寧に重ねられていく。

フランスのリヨンに生まれ、スイスを拠点に活動する監督のエリ・グラップは、コロナでの撮影中断を乗り越え、脚本執筆から5年の歳月を費やして映画を完成させた。オルガを演じたアナスタシア・ブジャシキナを始めとするキャストに世界クラスの体操選手を起用。さらにPCやスマホに浮かび上がる独立広場の惨状は、デモに参加した人々が携帯電話で撮影した実映像だけを使い、他人ごとではない現実を突きつける。

ユーロマイダン革命の直後、14年3月にロシアが一方的にクリミア半島を併合したことは周知の事実だ。明日が見えない極限下、オルガはそれでも一歩踏み出す。どんなに痛みが伴おうとも前に進む。その姿が胸を打つ。

高橋直樹

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