【「キングメーカー 大統領を作った男」評論】金大中氏をモデルに選挙の闇を描いた実話ベースのドラマ

2022年8月14日 14:00


「キングメーカー 大統領を作った男」
「キングメーカー 大統領を作った男」

韓国の第15代大統領・金大中と、その選挙アドバイザー厳昌録をモデルに、2人の相克と決別、選挙の裏側を暴いた実録ドラマ。主演は「パラサイト 半地下の家族」でセレブな社長を演じたイ・ソンギュンと韓国を代表する演技派ソル・ギョング

1961年、野党から立候補したキム・ウンボム。苦戦が伝えられる中、ソ・チャンデという男が選挙事務所を訪れる。彼は北朝鮮出身の自営業者だったが、現政権打倒を願いウンボムに入れ込むあまり、戦術の弱点を指摘し選挙スタッフに志願する。半信半疑のウンボム陣営だったが、彼の際どいゲリラ戦略は高い効果を上げ、念願の初当選を果たす。これを機にウンボムは連戦連勝、その裏側で辣腕を振るうチャンデの存在は、いつしか「闇」と呼ばれ政界でも注目を集めていく。

阪本順治監督の「KT」はもちろん、日本でも話題となった「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」、「KCIA 南山の部長たち」、「タクシー運転手 約束は海を越えて」などに間接的ながら立ち現れる金大中は、朴正煕の独裁体制を追い詰める若き野党のリーダー、という立ち位置が一般的だ。

だが映画を見ると、そんなウンボム=金大中のイメージは、チャンデ=厳昌録による戦略だったのかとまで思えてくる。彼は、不器用な理想主義者のウンボムと陣営にマキャベリズムを叩き込む。その原動力は「先生に輝いて欲しい」というチャンデの熱い想い。自ら「闇」と名乗るだけに、チャンデがウンボムと絡む場面は、全て薄暗い夜の室内シーンばかり。強調された陰影のビジュアルに配置された2人、瞬間の街の灯りがその対比を鮮明にする。

前作「名もなき野良犬の輪舞(ロンド)」でソル・ギョングを起用し、闇稼業のホモソーシャルな連帯感を活写したビョン・ソンヒョン監督は、本作ではギョングをウンボム役にキャスティング、毀誉褒貶激しくも大義に苦悩する政治家像を演出する一方で、参謀チャンデには、ウンボムにのめり込み、やがて切り捨てられる裏方の愛憎を背負わせた。コンプレックスと野心を併せ持った複雑なチャンデを演じたソンギュンは、衣装や眼鏡などのディテールと、「魔性の声」と話題のイケボイスで説得力を生み出した。監督の本領であろう男同士の濃密なドラマは、史実の厚みを伴ってスリリングに展開する。

実際の金大中氏はその後、拉致事件や死刑判決、亡命などを経て98年にようやく大統領に就任。太陽政策を推し進め在任中にノーベル平和賞を受賞するも、息子たちの金銭スキャンダルが発覚し謝罪。翌03年の任期終了をもって政界を引退した。この事実を知ると、映画の結末はあまりにも苦い。

(本田敬)

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