私はしん平師匠を実は「演芸界の井筒監督」って呼んでます【「二つ目物語」インタビュー】

2022年7月19日 18:00


取材に応じた林家あんこと林家なな子
取材に応じた林家あんこと林家なな子

前座、二つ目、真打と階級が決まっている東京の落語界。前座修業から解放され、寄席や師匠の家に通う必要もなくなる。高座に上がる時に羽織を着ることが許され、自分で独演会や勉強会を企画することも出来る。真打=独り立ちへの準備期間、それが「二つ目」という身分なのだ。そんな彼らが遭遇するトラブルや不思議な出来事を上席、中席、下席の3つのエピソードに分け、オムニバス方式で描いたのが「二つ目物語」である。

監督は、大の怪獣映画マニアで「ゴジラ」(1984)への出演経験もあり、「深海獣レイゴー」(08)、「深海獣雷牙」(09)を手掛けた落語家・林家しん平。前作「落語物語」(11)に続き本作も噺家の日常をテーマに選んだ。そして今回、同作に出演した林家なな子林家あんこに話を伺った。(取材・文/本田敬)


中席「幽霊指南」より
中席「幽霊指南」より

――まずは中席エピソード「幽霊指南」で女幽霊を演じたなな子さん、初めての映画出演はいかがでしたか?

なな子:楽しかったです。演じるという意味では落語との共通点もあるんですが、映画の撮影は全く未経験の分野だったんで、新鮮で心から楽しめました。ただ、落語は座布団に座ったままで、ご隠居はこう、お武家さまはこうと、形が決まってますが、映画はフリーハンドの表現なので、初めての経験にドギマギしながら演じてました。

上席「貧乏昇進」より
上席「貧乏昇進」より

――あんこさんは下席エピソード「モテ男惚れ女」の出演に加え、なんと助監督としても作品に参加したと伺いましたが。

あんこ:そうなんです。全ての現場に行きました。出番じゃない時はメイクをやったり、音声の手伝いしたり。キャストのスケジュール管理もやりました。ロケ撮影が多いので調整は大変でしたね。

なな子:これ言っていいのかな。私の代役もしてもらったんだよね。

あんこ:そうなんですよ。詳しくは言えないんですが、ななこ姉さんの幽霊は顔がはっきり見えないシーンがあるんで、そういった箇所は私がやりました。映画を見て探してみて下さいね。

――しん平監督はどんな人ですか?

あんこ:林家しん平は私の師匠でもあるので、落語家の時は弟子たちに結構わがままを言ってくるんです。でも監督の時は現場の声を聞いて、スタッフには無理させないですね、意外にも。ただ私には「明日までにエキストラ30人集めてくれ」とかの無茶振りはありましたよ。友達とかに必死で連絡してなんとか集めましたけど。「演芸界の井筒監督」って陰で呼んでます(笑)。

――監督の演出はどうでしたか?

あんこ:過去作「深海獣雷牙 対 溶岩獣王牙」(19)に出演したときは、特撮映画なので見えない怪獣に向かって演技したので、それに比べると今回は人間だけなので気は楽でした。ただ、会話の掛け合いで監督がなかなかカットをかけてくれないので、延々とアドリブでつなぐのに苦労しました。

下席「モテ男惚れ女」より
下席「モテ男惚れ女」より

――川沿いを彼氏と散歩するシーンですよね

あんこ:そうです。付き合ったばかりの二人って設定で柳亭市弥兄さんと演じたんですが、実はお互い家庭も持っているので、若いカップルのはしゃいでいる感じや初々しさを出すのが難しかったですね。

――映画の中では、男性より女性のキャストの方がリラックスして演じてるように見えましたが。

なな子:それ、とある映画関係の方にも言われました。私は演技初体験にもかかわらず、不思議と緊張しなかったんですよ。楽屋と同じ高めのテンションでやっていたら、いつの間にか終わっていました。役は幽霊なんですけど(笑)。

――無理せず演じられるキャスティングを監督がちゃんと考えていたんですね。

あんこ:それはすごく感じます。監督って普段から凄く人を観察しているんですよ。この作品も沢山の落語家さんたちが出ていますが、高座の印象とは違った役柄が割り当てられてて。だから助監督の私は不安を抱えて現場に入るんですが、いざ始まるとみんな生き生きと演じているんですよ。それぞれの素の部分が上手く引き出されている感じがしました。

なな子:いつもは賑やかな私に、幽霊役を振ってくるところが監督の凄いところです。それから、監督は全部自分で実演して見せてくれるんで、不安にならなかったですね。

あんこ:そうなんです、男でも女でも、すべての役の演技プランが頭の中にイメージ出来ていて、私たちに具体的に見せてくれるんです。だから演技に慣れていない落語家さんでも、迷ったら監督がやる通りにすれば大丈夫だって安心するんです。

林家なな子
林家なな子

――それは凄い、落語家ならではの演出術ですね。それでは、映画からは少し離れますが、最近は女性の落語家さんも増えて、協会に関係なくユニットを組んだり女性だけの落語会を開催する機会も多くなっていますね。

なな子:そうですね。過去に協会や団体の分裂や脱退騒動があったことは知ってますが、私も同年代の仲間たちも実感はないので、所属に関係なく自由に声を掛け合って会を催しています。女性の落語家同士は年数による上下関係もそんなに意識しないのでやり易いですよ。男性は入門した年によって先輩後輩をはっきりさせることが多いですが。

あんこ:最近は落協レディース(落語協会所属の女性噺家だけによる落語会)というイベントもやっていますが、お客さんの男女比は半々ですね。会によっても老若男女まちまちですが、古くからの落語ファンの方がすんなり受け入れています。逆に落語を見たことない人の方が「へー、女性だけの会があるんだ」ともの珍しそうにしています。

なな子:実際には廓話など女性が語るにはキツい落語もあるし、たまには偏見や差別を感じることもあるんですが、私は性別も個性のひとつだと考えて受け入れています。でも、高座で「転失気」をやったとき、お客さんから「女性がおならの話をするのは良くないよ」って言われてビックリしたことがありました。

あんこ:私は地声が高いので、師匠に「低い声で稽古した方がいいですか?」と相談したら、「そのままでいいから、他の部分で男を演じているように見せてみろ」と言われました。「柳家小さん師匠も先代の林家正蔵師匠も、無理に声を作ったりしていないだろ」と。

林家あんこ
林家あんこ

――素敵なアドバイスですね。

あんこ:ええ、だから自分で考えて、例えば「俺」と言う人称を使わないようにしたりと、お客さんが違和感を持たないような工夫はいつもしています。

――なるほど、様々なアレンジをされているんですね。それで、最近は入門者も女性が増えていると伺いますが。

なな子:そうなんです、前座なんかは本気でカワイイ子が多いですよ、みんなおしゃれだし。特に、映画にも出ている(金原亭)杏寿はズバ抜けてますよ。演技も落ち着いてて上手だったし。私たちの頃は女前座が男っぽくて、みんな性格もサバサバしていました、男の前座より(笑)。

金原亭杏寿
金原亭杏寿

あんこ:私は父も落語家で、女性は特に厳しいと言われていて覚悟して弟子入りしたんですが、想像以上に兄さん姉さんたちが優しかったですね。林家一門は結束が固いので、そこにも救われました。

――最後に、この作品を見て落語に興味を持った方へのアドバイスを頂けますか?

なな子:落語は映画と違って情報量が少ない分、同じネタでも日付が変わったり人が変わることで毎回違う味わいが出てきます。そんなライブ感を体験して欲しい。

あんこ:ぜひ一度寄席に来てもらいたいです。ハードルが高ければ、ご家族、友人、恋人を誘って来て下さい。この「二つ目物語」のキャストや、ラジオ、テレビ、YouTubeに出てる落語家が、高座ではどんな姿を披露しているか一目で分りますから。そこから落語の沼にハマってもらえると嬉しいです。

――興味を持った方は、ぜひ寄席に行ってみて下さい。本日はありがとうございました。


二つ目物語」は、7月21日まで刈谷日劇で上映中。今後の上映情報につきましては映画の公式サイトをご確認ください。

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