【「ベルイマン島にて」評論】自己の定義という哲学的なテーマを、私小説風に語り上げる

2022年4月24日 19:30

「ベルイマン島にて」
「ベルイマン島にて」

舞台となるフォーレ島は、スウェーデンの巨匠イングマール・ベルイマンがロケ地として愛用し、晩年を過ごした小さな島。そこへ、新進映画作家のクリス(ビッキー・クリープス)とパートナーで有名監督のトニー(ティム・ロス)がやって来る。彼らがひと夏を過ごすのは、主寝室で「ある結婚の風景」を撮影した家だ。「あの作品の影響で離婚が激増したのよ」と案内人に言われ、縁起の悪さにギョッとする2人。思わずクスクス笑いを誘われるこの場面は、難解な作風で知られるベルイマンが、本国ではABBA並みのインフルエンサーだったことを教えてくれる。

そんな前フリがあるせいか、この映画には、ベルイマンの大きな雲にふわりと覆われているような趣がある。その雲の下に、監督のミア・ハンセン=ラブがいて、彼女と元パートナーのオリビエ・アサイヤスをモデルにしたようなクリスとトニーがいる。さらに、クリスが構想中の脚本の主人公を務める新進映画作家のエイミー(ミア・ワシコウスカ)がいる。実と虚の境界が微妙に触れ合う入れ子の箱のような構造に、興味を誘われずにいられない。

ドラマの中核をなすのは、劇中劇として展開する脚本の執筆を通して自分の内面をみつめるクリスの成長と解放だ。友人の結婚式で再会した元彼への愛の再燃に葛藤するエイミーは、クリスが生きられなかった人生を生きる分身。そんなエイミーの欲望を掘り下げることで、クリスは、女性であり恋人であり母であり芸術家である自己を見出していく。このクリスとエイミーの関係が、「仮面/ペルソナ」の主人公エリーサベットとアルマと重なるところが、ベルイマンの雲を感じられる所以だ。

ただし、作風は、クリスが苦手だというベルイマン映画のダークサイド(孤独、苦しみ、死への恐怖)とは無縁の明るく洒落たタッチだ。自己の定義という哲学的なテーマを、私小説風に語り上げたところに、ハンセン・ラブ監督の才能のきらめきを感じる。

(矢崎由紀子)

(映画.com速報)

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