誘拐の危機、爆撃も体験 中東の国境地帯に生きる人々を映した「国境の夜想曲」ジャンフランコ・ロージ監督の映画術

2022年2月10日 14:00


ジャンフランコ・ロージ監督
ジャンフランコ・ロージ監督

ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」と「海は燃えている イタリア最南端の小さな島」で、ドキュメンタリーとしては史上初となる最高賞をベルリン国際映画祭、ベネチア国際映画祭で受賞しているジャンフランコ・ロージ監督が、イラク、クルディスタン、シリア、レバノンの国境地帯で撮影した最新作「国境の夜想曲」。紛争地帯に生きる人々の営みを、静謐かつ詩的な映像で捉え、その土地に流れる歴史と物語を伝える。公開を前に、ロージ監督のインタビューが公開された。

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――「海は燃えている イタリア最南端の小さな島」の後にイラク、シリア、レバノン、クルディスタンの国境地帯に足を運ぼうと思った理由を教えてください。

2年間ランペドゥーサ島で過ごして映画を撮ったわけですが、自国の悲劇から逃れるために波のように人がヨーロッパに押し寄せてきました。これから何が起こるか分からないという状況にありつつも、希望を持って幸運にもヨーロッパに逃れて来た方々に沢山お会いしました。その後、実際に悲劇が起こったその場所に赴くのは私にとって自然なステップでした。その当時、ISISが崩壊しつつあると聞き、少し希望が見えてきた時期だったんです。そこで旅を始めて3年間中東の国境地帯に滞在しました。この映画はその3年の滞在の結果です。様々な国境がせめぎ合っている場所で実際にISIS等の影響を受けた方々にお会いすることで、どんな悲劇が起こったのかを見てとることができました。

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――国境地帯を撮影して、見えてきたもの、気づいたことはありますか?

まず最初に、絶対的なものを見つけたいと思っていました。そこで、カメラなしで数か月間中東を回り、このエリアのアイデンティティを探しました。その旅を終えるころに、その間に出会った人、地域を映画に入れようと思いました。その旅により、国境を取っ払った心理的な地図ができたのです。人々は個人ですが、匿名性を持たせ、そこからこの地域がたどってきた歴史や悲劇が見えるものにしたかったのです。国境が見えなくなるような余白を作りました。人為的につくられた国境とは、歴史が蓄積され、生と死を分かつ場所です。そこで、映画に登場する人々と出会いました。国境とは現代のパラドクスです。

元々、私はこの映画を暗闇から始めたいと思っていました。暗闇の中だと、木なのか蛇がいるのかわかりません。暗闇とは先が見えない状態のメタファーです。この映画では「見えないもの」を含まねばならない、と思っていました。

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――ドキュメンタリーという手法を選んだ理由は?

ドキュメンタリーとフィクションに違いはないと思っています。瞬間ごとの適応能力の違いではないでしょうか。目の前で展開する現実をフレームに収める、変容させる。映画にとって大切なのは「視点」です。観察だけでは足りません。何を物語るのかが大切です。この時代は情報があふれています。だから、語る情報には親密なもの、命が統合されたものを感じさせたい。そのため、私は現場で長い時間を過ごします。意味のある場所で人々に出会う。その場所を代表するものでなければいけません。それが課題です。第1作の「Boatman」のときから、ずっとそれを中心にしています。映画を撮るうえで、私は「変容」「抽出」「構築」の3点を大切にしています。フレームを作るとき、フレーム内にストーリーがなくてはいけません。私の仕事は「この人のことを語りたい」と思える人と出会うことです。すべては偶然に起こるのです。

俳句は短いものですが、松尾芭蕉代表するように観察が鋭く、とてもユニークです。でも観察だけでは足りない。イメージの隠喩、変換が必要です。フレームを決めて観察し、消化したいと思っています。美的な映像を作りたいと思っているのではなく、イメージを永遠化したいのです。パゾリーニの言葉を借りれば「真実のきらめき」です。失うことが大切で、フレームの中に失うものを含めないといけません。

海は燃えている イタリア最南端の小さな島」がベルリン国際映画祭で受賞した時に、ベルトルッチ監督がこの映画を大好きだと言ってくれました。「出ていないストーリーがあるから。パーフェクトなフレームとは前後を含むもの。そのシーンの後ろにあるものがフレームに収められていなければいけない」と言っていました。

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――カメラを持たずに旅をしている間は何をしているのでしょうか?

国境の歴史において、激動が起こった場所、人々の物語に出会おうとしました。バイクに乗っている男性とは、イラン・イラク戦争で300万人もの人が亡くなったバスラで出会いました。バイクに乗った彼とすれ違ったとき、彼の顔つき、バイクの座り方が鳥のように見え、彼に話しかけました。彼は、沼地で夜に猟をするハンターでした。夜になると油田の炎が上がるので、その明かりで猟をすると。そこで私は彼に「また戻るから、撮影させてほしい」と話しました。6~8か月ほど経ってから彼のところへ戻ると、彼はとても驚き、長年の友人のように抱きしめてくれ、「きみは本当にボクの話を伝えたいんだね」と言いました。それから彼は私に対して心を開いてくれたので、どこにでもついていきました。

彼のところには1~2か月間ほどいました。非常に危険な地域で、2回誘拐されそうになりました。彼が猟に行ったとき、鳥がおらず、我々は永遠の「待ち」を撮りました。そして、彼はメタファーになりました。敵を待つ人であり、火星や月や太陽で生き延びた異次元に住む生存者のようにも見えました。背景にはいつも、戦争の音がするのです。このシーンのライフル音は本物の音です。パワフルなシーンになりました。カメラを持たない旅で出会ったひとは6~7人ほどでした。その出会った土地に何度も戻りました。時にはその人の物語が3年にも及ぶこともあります。

シンジャールという町を撮っていた時、「ISとの戦争が終わり、初めて観た観光客だ」と若い男性に言われました。その人の妻は家族ごと誘拐されたそうです。その人の妻が助けを求めるメッセージが録音された携帯電話を見せてくれましたので、そのメッセージをすべて撮影しました。その場では、何を言っているのかわかりませんでしたが、声の感じから助けを求めているということは分かりました。何度もその土地に通いましたが、彼を撮ることはありませんでしたし、彼も撮られることは望んでいませんでした。

出会ってから3年ほどして、またその地へ行くと彼は再婚して子供が生まれており、携帯電話の話はもう忘れたがっていました。そこで、私はその電話をもらい受けました。携帯電話に残されたメッセージの声の主の母親はISから解放されドイツに住んでいると聞き、母親に会いに行きました。娘の前で虐待され、母の前で娘が犯された話……とても撮影できませんでした。そこで、話を聞いて帰ろうとすると、母親に「撮影していないじゃない!」と言われました。私が娘の声が入っている携帯電話を持っていることを伝えると、娘の声を聞きたいと言いました。そのドイツのアパートはとても西洋的だったのですが、部屋の中にはバグダッドにもありそうな毛布があったので、それにくるまってメッセージを聞いてもらい、それを撮影しました。最初に話を聞いてから、3年ほど経って、ようやく形になったのです。

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――紛争が起こる理由は何だと思いますか?どうしたら紛争はなくなるでしょうか?

その質問にはローマ教皇のほうが良い回答を出せるでしょう。人類の歴史を含む、倫理的な問題です。この映画について話すならば、私は戦争のシーンを見せたいとは思いませんでした。実際、爆撃もありました。暴力の数キロ先に人生があるのです。「国境の夜想曲」において、戦争は「こだま」のようなものとして描きました。衝撃波は長く、遠くの日常にまで響きます。私はその日常の痛みに近づきたいと思いました。将来が見えない、運命の悲劇。我々にも責任のある歴史の裏切り。そこで、14歳の少年アリのクローズアップで映画は終わらせました。彼の表情には「自分の将来がなくなってしまった」と思っているのが現れています。

国境の夜想曲」は 2月11日から、Bunkamura ル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。

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