エドガー・ライト、夢と恐怖をシンクロさせた“ソーホー”を語る 故ダイアナ・リグさんへの思いも告白

2021年12月9日 10:00

「ラストナイト・イン・ソーホー」を手掛けたエドガー・ライト監督
「ラストナイト・イン・ソーホー」を手掛けたエドガー・ライト監督

ショーン・オブ・ザ・デッド」「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」「スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団」「ベイビー・ドライバー」……。膨大な“映画&サブカル愛”を込めつつ、ジャンルの異なる作品群を発表してきたエドガー・ライト監督。約4年ぶりの新作では、ロンドンのソーホー地区を舞台に、現代と60年代、2つの時代を交錯させている。

ラストナイト・イン・ソーホー」(12月10日公開)では、現代のエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)と1960年代に生きるサンディ(アニヤ・テイラー=ジョイ)の“夢”と“恐怖”がシンクロしていく。ロマン・ポランスキー監督作「反撥」、ニコラス・ローグ監督作「赤い影」にインスパイアされたというライト監督は、60年代英国のファッション、映画、音楽への愛を詰め込み、ジャッロ映画、ネオン・ホラー、ダリオ・アルジェントブライアン・デ・パルマといったサスペンスの巨匠たちへのオマージュも忘れていない。

ファッションデザイナーを夢見るエロイーズと、歌手を夢見るサンディ――2人の夢は、二面性を有する“ソーホー”でリンクしながら悪夢へと姿を変えていく。ライト監督は、本作をどのように生み出したのか。リモートインタビューで話を聞いた。


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――“ソーホー”は、日本の観客にとってはなかなかイメージしづらい場所かもしれません。どのようなオーラをまとった地域なのでしょう。ライト監督の言葉で、改めて紹介いただけますか?

“ソーホー”は、今でも興味深い場所ですね。ロンドンの中心地に位置していて、ちょうど1マイル四方のスペース。そこまで大きな地域ではないんです。ショッピングエリアの真ん中にあり、近くには劇場街があります。何百年も存在している伝統的なエリアとして知られ、アーティストや物書きが住むというエンタメ的な側面がある一方で、犯罪組織、ギャング、性産業といったダークな世界が身近に存在しています。今ではだいぶ綺麗になってしまったんですが、それでもエッジィな感じは残っている。夜中に歩き、誤った判断をしてしまうと「何か悪いことが起きるんじゃないか……」と不安に駆られるようなところがあるんです。

私自身は27年前にロンドンに移り住んで、その頃から“ソーホー”のことは知っていました。当時はセックス産業がもう少し際立っていたようなイメージでした。面白いのは、テレビ、映画といったショービズ業界の中心地でもある点です。歴史的に、ショービズ業界とダークな世界が少し繋がっていたりするところも興味深い。

だからこそ、“ソーホー”はアート、文学において、何百年もの間、テーマになっています。アルフレッド・ヒッチコックの「Blackmail」(邦題:ヒッチコックのゆすり)もそうですね。それにE・A・デュポンの「Piccadilly」(邦題:ピカデリィ)も“ソーホー”という場所にインスパイアを受けて作られたものです。

歴史的にも面白いのですが、私にとっては“ソーホー”と60年代にまつわる映画を、今作るということが興味深いことだったんです。

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――脚本を書く際に意識した点を教えてください。本作は「1917 命をかけた伝令」にも参加したクリスティ・ウィルソン=ケアンズさんとの共同脚本になりました。

ロンドンでの時間を思い起こしながら、自分が“ソーホー”というエリアについて、見たり聞いたりしたことをベースに書いています。製作にあたって、重視したのはリサーチ。リサーチャーのルーシー・パーディさんが、当時、そして今“ソーホー”で生活していた方の証言を集めてくれました。

その後、数年が経過してからクリスティさんに声をかけました。サム・メンデスに「きっと2人が馬が合うよ」と言われて、紹介してもらったんです。初めて会った時、彼女からこんなことを聞きました。脚本家を目指していた頃、劇中にも登場するパブ「ザ・トゥーカン」で5年ほど仕事をしていて、ストリップクラブの上で暮らしていたんだそうです。その時に「こういう映画の企画があってね……」と話したことが、共同脚本のきっかけとなったんです。

脚本を執筆するうえでは、自分たちに共通するロンドンや“ソーホー”での体験を思い返しながら作業を進めていました。(映画の内容は)自分たちに直接起きた出来事ではありません。ですが、人生で経験したものというのは、意識的、あるいは無意識的に表現されていくものなんです。

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――ライト監督の作品では、常にオープニングが印象的で記憶に残るものになっています。それは今作の冒頭「エロイーズが踊る」という光景にも通じます。今回のオープングでこだわった点を含め、オープニングを描く際に意識していることがありましたら、教えてください。

オープニングは、すぐに映画の物語へと入っていけるようなものを心掛けています。今回は、映画のテーマでもある「見た目と現実」を冒頭から感じとれるようにしました。セリフを使うことなく、キャラクターのことを観客に知ってもらえる。エロイーズの場合は「部屋の壁にどんなものが飾ってあるのか」「行動」「好きな音楽」「好きなカルチャー」を通じて、彼女がどんな人物かがわかるようにしています。

「見た目と現実」というテーマに紐づければ、エロイーズはゴージャスなドレスを着ているように思える。しかし、電気がつくと、彼女は田舎に住んでいる女の子で、そのドレスも新聞紙で作られているということがわかる。グラマラスだと思っていたものが、一気に現実へと引き戻されるんです。

オープニングという観点で見るとすれば、少し「ベイビー・ドライバー」に似ている部分もあるのかもしれませんね。セリフではなく、ベイビーという人物を音楽で知ることができますから。

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――劇中の描写では、鏡が効果的に使用されています。発想の源はあるのでしょうか?

映画における鏡の使い方について、非常に興味を持っていました。これはサイレント映画に関しても、そうです。今回の鏡の使い方に関しては、自分が見た夢に由来しています。自分が他人になった夢、あるいは、他人の視点を通して何かを経験する夢を見ることが多いんです。

それを映像として表現する時に「他の人を見ているエロイーズ」という画が思い浮かびました。そして夢で起きるように“入れ替わったり”もする。入れ替わった後のエロイーズは、既に起きてしまった出来事に干渉することはできません。「人の記憶を、夢を通じて経験できる」ということが、非常に面白いんじゃないかと思ったんです。

本作はタイムトラベルものではありません。エロイーズが過去を改変することはできないんですから。彼女はただ目撃することしかできない。エロイーズ、そして観客がグラマラスだと思っていたものに、徐々に悲劇が生じてくる。しかし、それを止めようとしても、何もすることができない。そこから、この作品における“夢”が“悪夢”へと変化していくんです。

――撮影監督は、パク・チャヌク組常連のチョン・ジョンフンさんですね。今回のタッグはいかがでしたか?

仕事をしていて、本当に楽しかったです。実は、彼は少し遅れて参加することになりました。撮影に入る8週間前くらいだったと思いますが、いつも組んでいたビル・ポープがスケジュールの都合で、参加できなくなったんです。元々パク・チャヌク監督作品での仕事が大好きでしたし、今回の仕事ぶりも素晴らしかったです。

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――1960年代の人気テレビドラマ「おしゃれ(秘)探偵」、「ゲーム・オブ・スローンズ」で知られるダイアナ・リグさん(ミス・コリンズ役)は、本作が遺作となりました。どのような経緯でリグさんを起用することになったのでしょうか?

彼女のことを過去形で話すのは、すごく変な感じがしますね……。英国映画界で最も素晴らしい女優さんのひとりですし、誰かが名前が出した時は、自分もプロデューサーのナイラ・パークも「それはいい!」とすぐに感じたんです。「おしゃれ(秘)探偵」のエマ・ピール役を通じて、60年代のアイコンとなった方とも言えますが、キャリアを振り返ってみると、非常に多様なんですよね。ドラマだけでなく、コメディもやっているし、本当に色々な役をこなしてきている方です。

脚本を渡した時は、すぐに「やりたい」と仰ってくれました。「こういう脚本の場合、その内容にビビってしまって、(オファーを)受けない役者もいる。でも、私はそんなことないから」という言葉が印象に残っています(笑)。一緒に仕事をするのは、非常にマジカルな経験でした。彼女は僕のことを気に入ってくれたみたいです。もしも気に入ってもらえていなかったら、超悲しいことになっていたはず(笑)。

撮影後もずっと連絡を取り合っていました。ゴシップするためにランチに行ったりね。ロックダウンになってからも、親に電話をするよりも、ダイアナさんに連絡をとることが多かったくらいです。亡くなる前には、実際にお会いすることもできましたし、すごく素敵な方でした。

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――ライト監督の作品を語るうえでは“映画愛”がキーとなります。本作でも多数のオマージュが捧げられていますね。

“インフェルノ”という名のクラブが登場しますが、もちろんダリオ・アルジェントは大好きな監督です。「インフェルノ(1980)」は、以前からタイトル&フォントが大好きで、店の名前に使用させていただきました。そこが一番わかりやすいオマージュかな。アルジェント監督は、数週間前、イタリアでアーシア(・アルジェント)さん、お孫さんと一緒に「ラストナイト・イン・ソーホー」を見てくれたんです。その後、電話で話すことができました。どのくらい映画が気に入ったのか、感動したのかを話してくれたんですが、「最高だったよ」と一言を貰えたので非常に嬉しかったです。

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