「ユージーンの映画ではなく、水俣の方々の物語」ジョニー・デップ製作・主演作「MINAMATA ミナマタ」監督に聞く

2021年9月23日 10:00

アンドリュー・レビタス監督とジョニー・デップ
アンドリュー・レビタス監督とジョニー・デップ

ジョニー・デップが製作・主演を務め、水俣病の存在を世界に伝えた写真家ユージン・スミスと妻のアイリーン・美緒子・スミスの写真集「MINAMATA」を題材に描いた伝記ドラマ「MINAMATA ミナマタ」が公開された。ビル・ナイが共演し、日本からは真田広之國村隼美波加瀬亮浅野忠信岩瀬晶子らが参加。米国人写真家の目を通し、水俣という日本の一地域で起きた公害問題を人間の良心を描く劇映画として語り、観客に現在の世界の環境問題にまで目を向けさせる、強い意思を持った作品だ。アンドリュー・レビタス監督にオンラインで話を聞いた。

――米国人のあなたや国際的なスター俳優であるジョニー・デップが、日本の公害問題というデリケートな題材を扱うことに恐れや不安はありませんでしたか?

歴史的な事件であり、今もなお問題が続いている複雑な題材です。つらい出来事を扱ってはいますが、私は初めてジョニーに会った時から完成まで、映画製作という面ではとても喜びにあふれる体験でした。ジョニーと話をした時から、我々のゴール、どのような作品を作りたいのかという意図が完全に一致していたからです。そして、その後かかわって下さったスタッフやキャストの方々とビジョンを分かち合い、皆が心の深いところからこの物語を大切にし、情熱を持って取り組んだ作品でした。現場で日を追うごとに、魂の飛翔、レベルアップするような感覚を味わいました。作品にかかわった全員がこの映画を作れることを光栄に思い、恐れや不安ではない気持ちで臨んでいました。

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――ユージン・スミスという実在の人物を描いた作品です。この物語において彼をどのようなキャラクターとして構築していったのですか? 演じたジョニー・デップが脚本に意見を述べたりすることはあったのでしょうか?

運良くユージーンの当時の妻であるアイリーン・美緒子さんと長い時間を過ごすことができ、信頼関係を構築し、彼女の人生経験、そしてユージーンについて自由に多くのことを話してもらいました。そのほかのユージーンに近しい人に会い、話を聞きました。彼についての写真や動画、彼が書いたもの、あるいは彼について書かれたものもたくさん残っていました。アリゾナにある資料館では、ユージーンのネガやコンタクトシートを見ることができました。彼が写真家としてどんな写真を選んだのか、我々はそれを完成した作品として目にするわけですが、残されたコンタクトシートによって、彼の仕事の進め方、作品の選び方、対象へのアプローチを知ることで、空白を埋めることができました。

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また、ジョニーが持ち合わせているユニークな資質をユージーンも持っていたと私は思うのです。そういった意味でもジョニーしか、この役を演じられなかったと思います。ジョニーは本当に、ぶれないポジティブさを持っていて、人間の魂を信じています。誰もがよりよい人生を作ることができる、と心から思っていて、その火を消すことはできないのです。ユージーンも戦争や大けがなど、過酷な体験をしたり見てきたけれど、決して生きる喜び、愛や思いやりを失うことがなかった人でした。正に、ジョニーも同じ資質を持っているので、これまでの作品で本当のジョニー・デップに近いキャラクターだと思っています。

撮影に入ってからも、セリフを何度も書き直し、最後の日まで脚本に手を入れ続ける日々でした。それは、スタッフ、キャスト全員が足を揃えてひとつの方向を向いていたからです。撮影に入ってから、風景や役者同士があまりにもたくさんのことを表現してくれるので、必要のないシーンが出てくることもありました。美しいアドリブもたくさん生まれました。私の演出は、俳優の動きを一切指示しません。世界観や場を作って、キャラクターを作り、人間同士の関係性を知ってもらい、あとはその世界に入ってください、と依頼するだけです。ですから、結果的には脚本が固まることなく進行しました。その後優秀な編集者の手に渡り、音楽を担当した坂本龍一さんが素晴らしいスコアを書き上げ、重層的な作品になっていきました。

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――この作品からユージーンの情熱、企業と闘う人々の熱意、家族の愛など人間的な美しさを受け取り、そして映像の美しさにも心を打たれました。しかし、水俣病という人間が引き起こした公害問題、今なお人々が苦しむつらい病気がテーマであり、そこに美しさを見出して良いものなのか……という自己矛盾も感じてしまいました。監督ご自身は表現にどのように気を配られたのでしょうか?

そのような感想に感謝します。それは私にとって非常に意義深い言葉です。水俣の方々、彼らの物語、そして人間の魂を形容するのに、「美しい」という言葉を使うのは間違っていないと思います。

視覚的な表現、視覚的なストーリーテリングについては、今回大きなギフトがありました。それは、ユージーンという人物がいたことです。彼は写真家で、一人のアーティストでもありました。レンズを通して、彼ほどの才能を持たない人々にクリアな形で世界を見せることができました。それを私たちが解釈し、ストーリーテリングに用いることができたのです。ドキュメンタリー的な作品ではなく、視覚的にも詩的な資質、表現力を持ち、人々の感情を揺さぶるような作品にしたいと思いました。そのためにはユージーンが写真を撮るときに用いた、同じテクニックを使いたいと考えました。

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我々は、これがユージーンの映画だとは思っていないのです。水俣の方々の物語であり、その物語に入っていくための存在がユージーンなのです。観客にユージーンをひとつのツールとして、物語に深く没入していただき、共感してもらう、という構成です。冒頭にユージーンが登場し、彼の写真のレンズを通して、僕らのカメラの言語を観客に知ってもらう。それを知ってもらった後、ユージーンは一歩下がるのです。そして、観客と同じ立場から、目の前で起こっている物語を目撃することになる。ですから、後半はジョニーのセリフはほとんどないのです。撮影監督、美術スタッフと共に熟考し、世界観を作り上げたので、役者陣はただその世界に飛び込めばよかった。そして私たちは、一人のアーティストの目を通した世界観の捉え方を模倣して、物語を語る事ができたのです。

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――今回、数多く参加した日本人キャストからどのような情熱や思いが伝わりましたか?

今回、参加してくださった日本人キャストと仕事ができたことは僕の人生にとって、本当に特別なことでした。国際的に有名な日本の俳優たちだけではなく、エキストラの方々も素晴らしかったです。今回、エキストラ会社に人を集めてもらったのではなく、私がひとりひとりオーディションしました。だからこそ、誰もがこの作品にかかわっている、自分たちがなぜこの現場にいるのか、ということが明確にわかっていたし、何のための映画なのかもわかっていた。彼らを誇らしく思っています。

カメラが回っているときに、涙を流されるエキストラの方もいました。それは本当に、そのキャラクターの体験をしているからです。これまでいくつもの映画の現場を経験しましたが、これほどの体験はなかったです。もちろんベテランの役者さん方も素晴らしく、全員がこの物語に深くコミットし、その仕事ぶりを見るだけでも大きく報われるものがありました。そして、小さな役を演じられた方や子役がこの作品を豊かなものに仕上げたのです。永遠に感謝しています。

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