真野勝成&佐々木誠がセックスを遺した“イケダ”について語りたかったこと【前編】

2021年6月24日 18:00

「愛について語るときにイケダの語ること」(6月25日からアップリンク吉祥寺で公開)
「愛について語るときにイケダの語ること」(6月25日からアップリンク吉祥寺で公開)

「僕が死んだら映画を完成させて、必ず公開してほしい」

そんな遺言を残して、池田英彦さんはこの世を去った。

生来の障害(四肢軟骨無形成症:通称コビト症)を持つ池田さんは、中央大学卒業後、相模原市役所に勤務。39歳の誕生日目前、スキルス性胃がんステージ4と診断された。「何もしなければ余命2カ月」。それを機に、映画とカメラに目覚め、自らを被写体としてドキュメンタリーの撮影を開始する。

今まで出来なかったことに挑戦したい。当時、池田さんが傾倒していたのは、自分と女性のセックスをカメラに収める“ハメ撮り”だった。これを“映画として遺す”。20年来の友人だった脚本家・真野勝成(「デスノート Light up the NEW world」、ドラマ「相棒」)を巻き込み、撮影は進んでいった。

2015年10月、池田さんは闘病の末に他界。これによって、池田さんの“初主演・初監督作にして遺作”がクランクアップを迎えた。遺言に従って、真野は映画館での公開を目指すことに。編集を担当することになったのは「ナイトクルージング」「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」などを手掛けた映画監督の佐々木誠。人生最後の2年間が凝縮した素材(約60時間)と向き合い、58分の映画「愛について語るときにイケダの語ること」(6月25日からアップリンク吉祥寺で公開)へと昇華させた。

愛とセックス、虚構と現実、マイノリティとマジョリティ――さまざまな境界線を冒険し、そのラインを軽やかに越え続けた池田さん。彼は、もういない。「池田英彦」とはどのような人物だったのか。なぜセックスを遺すという手段をとったのか。真野と佐々木は話し始める。“イケダ”について語りたかったことを。その模様を前後編に分けて、紹介していこう。(取材・文/編集部)


真野勝成(右)、佐々木誠(左)
真野勝成(右)、佐々木誠(左)

――まず池田さんのことをお話する上で“スタート”の部分をお聞きしておきたいと思っています。真野さんは、池田さんとどのように出会ったのでしょうか?

真野:大学時代の友人が、高校の頃に仲が良かったのが池田だったんです。当時、その友人は音楽活動をしていて、彼の演奏を聴きにライブハウスへ行ったところ、その場に池田もいたという感じですね。僕らは客、共通の友人は演者だったので、客席で話し始めたことで仲良くなりました。

――意気投合するきっかけはあったんでしょうか?

真野:友達のバンドが出演する前に、男女のデュオがゆるい曲を歌っていたんです。ライブハウスに来てまで、こんなの曲を聴くテンションじゃないなという感じでした。その時、池田に「今のデュオ、どう思う?」と聞いたら「『カズン』みたいだね」と(笑)。それで、こいつはわかっているなと思ったんですよね。その後は、友達を交えてグループでも遊ぶようになりましたし、2人でも会うようになりました。

――佐々木さんの場合は劇中でも描かれていますが、監督作「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」の上映時(アップリンク渋谷)が初対面となりました。

佐々木:当時、池田さんと何を話したのかは覚えてないんですが――。その日、上映時のトークゲストが、漫画家の巻来功士先生でした。真野さんと池田さんは、巻来先生と仲が良かったんです。当時の2人は、既に本作の撮影を進めていました。そのことは巻来先生もご存じだったため「撮っている内容が近いかもしれない」ということで、2人を上映に誘ったそうです。

壇上でトークをしていると、時折客席の方を見ることがあるんですけど、たまに目立つ人がいるんですよ。その時は「ずっとニコニコして、楽しそうな人がいるな」と思っていました。幸せそうな顔をして話を聞いている。そして、格好もおしゃれだった。やがてトークが終わって、その人が立ち上がると、座っていた時の背丈と変わらなかった。池田さんが来ることは聞かされていましたが「あ、この人だったんだ」と。それが出会いでした。

その後は、アップリンク渋谷から歩いて帰ったんです。すると、行く先に真野さんと池田さんが歩いていました。その後ろ姿が印象的でしたね。自分にも障害を持った友達がいますし、一緒に映画を作っています。2人の姿を見て「俺たちって、客観的にはこういう風に見えているのか」と考えたんですよね。その光景は今でも覚えています。そこから真野さんと友達に。でも、池田さんと会う機会はなくて、半年後くらいに亡くなられたとお聞きしました。

――映画を拝見させていただいて、まず感じたことは「一体、何が始まりだったのか?」ということです。性愛に対しては、元々かなりの興味を抱いていた方だったのか。もしくは、スキルス性胃がんの宣告を受けたことで、性愛への興味が加速していった形なのでしょうか?

真野:病気になる以前からも、恋愛や遊びは経験していましたね。まさに“加速した”という言い方が正しいのだと思います。がんを告白された後「ここからが本題。僕はやったことがないことをしてみたい」と言われたんです。例えば「ハプニングバーに行ってみたい」。それにセックス絡みでなくても「今まで会ったことがない人と会ってみたい」ということで、僕から巻来先生を紹介していますし、大規模な合コンも兼ねたバーベキューなんかもありました。そういうことも含めて「とにかく興味があったことをやってみたい」ということでした。

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――では、なぜ人生の最期に「性愛」をテーマに掲げたのだと思いますか? 本当の理由というのは、亡きご本人にしかわからないことだとは思いますが……。

佐々木:約60時間の素材をもらって、昨年の自粛期間中に、ひとりで一気に仕上げたんです。内容に関する記録がなく、時系列もわからない状態でしたが、それを整理していくうちに、池田さんがなぜこれを遺したのかというのがわかってきたんです。池田さんとは同世代ですし、生きてきた時代も近い。(素材を通じて)親近感を抱いていきましたし、彼のキャラクター、人となりを徐々に知っていきました。

「セックスを遺す」という行為は、普通に考えると異常なことじゃないですか。「セックスをしまくる」というのはわかります。わざわざ映像として遺し、それを親友に託して、絶対に公開しろと(笑)。

池田さんは身長が小さいだけなんですよ。顔もいいし、頭もいい。役所に勤務していて、恵まれている生活を送っていました。でも、コビト症という障害が、外部とやりとりをする際に“自分ではないもの”を創り上げていたんだと思うんです。だからこそ、彼は遺したかった。「俺はそれだけの人間じゃない」と――。

映画の中では“ダークサイド”という言葉を使っていましたよね。でも、僕たちから見れば「セックスをする」なんてことは“ダークサイド”ではないんですよ。でも、池田さんの中には「俺みたいな障害者のセックスなんて“ダークサイド”に見えるだろ」という思いがあったと思います。

要するに喧嘩を売りたかったんだと思うんです。僕も障害者を被写体にした映画を撮っていますが、皆喧嘩っ早いというか――勿論、エッジが立っている人だからこそ出会っているという部分はあると思います。「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」に登場する門間健一さんも、ちょっとでも失礼な態度されると相手が誰だろうと当たるし、風俗にも行きまくってそれを公言する。それって喧嘩を売っているんですよね。「俺たちは、お前たちが思っているほど弱者じゃない」と。2019年に製作した「ナイトクルージング」も生まれつき目が見えない人が映画を作るというもの。これもある意味、喧嘩を売っている。多くの人が抱く“障害者のイメージ”を崩してやりたいという思いがある。池田さんも、まさにそういう人だったんじゃないかなと。自分は死ぬ。だったら、セックスをしまくる。(喧嘩の形として)それを遺す。一石二鳥ではないかと感じていた気がします。

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真野:これまで“ダークサイド”を見せた人というのはいないわけじゃないですか。池田はとがった映画が好きだったんですよ。彼としては「面白い映画になる」という自信があったはず。だからこそ「先にやられてしまっていたらどうしよう」という思いもあって、警戒感も抱きつつ、「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」を見に行ったんです。自分の作っている映画は、ただのドキュメンタリーというよりは、エッジが効いて、世の中にインパクトを与えられるはず――そういう確信めいたものがあったんでしょう。

そもそも、なぜ池田は映像を撮り始めたのだろうと考えることがあったんです。AVが好きだったということもあるんですが、ひとつ印象的なエピソードがあります。それは「小さい頃、空き地の土管で女の子とキスをした」という記憶があるというもの。でも、それが本当の記憶かどうかわからないということでした。それは何度も話してくれましたね。

楽しかった時の記憶って、確かなものとして残るじゃないですか。映像には、実際に楽しそうな姿が映されています。池田は、自分で撮った映像を見返すのが好きでした。「あの楽しかった時間は、本当のことだった」という確認行為なのかもしれません。そういうこともあって、撮ることにはまったのかな。それは、最近になって思うことですね。

佐々木:でも、その映像を、よく友達に託せますよね(笑)。

真野:(笑)。恥の概念が普通の人とは変わっているんですよ。昔、大野幹代(女性アイドルグループ「CoCo」のメンバー)のVシネの撮影が、僕の親父のレストランであったんです。当時、池田も誘って、撮影現場を見せたんですが……帰り道、他の友達の家に寄ったらしいんですが、その時に「大野幹代の写真集を貸してくれ」と言っていたらしい。その友達が「なんで大野幹代なの?」と聞いても、理由を言わなかった。写真集を借りるということよりも「生の大野幹代を見た」と明かす方が、池田にとっては恥ずかしいことだった。そういう変な感覚があったんです。

佐々木:でも、それは障害と少し関係があるのかもしれませんよね。よく「俺ごときが」と言っていたと聞きましたし。「生で会った」と話すのも、もしかしたら……。

真野:でも、帰り道なのに、わざわざ別の友達の家に寄って写真集を借りているんですよ(笑)?

佐々木:(笑)。

――そもそも、なぜ「映画」という手法を選んだんでしょうか。

佐々木:最初は、ただ映像として残したかったというだけだと思います。やはり真野さんがいたからこそ「映画にしよう」と。

真野:池田が初めて“ハメ撮り”をした後のことだったと記憶しているんですが、その日に「これは映画にできるんじゃないか?」という話をしたと思います。

佐々木:池田さんもどこかで「映画にする」ということを意識し始めるんですよ。途中から2カメ体制にしていましたし、編集のことを考え始めたと思います。でも、やっぱり2人とも撮影に関しては素人だから、決定的に足りない素材も多かった。だから、池田さんが撮影しているイメージをして、僕が実景を数カット追加で撮ったりしています。それと感じたのは、2人とも映画が好きなんだということ。

真野:元々はそんなに見る方ではなかったんですけど、亡くなる間際は、結構鑑賞していたと思います。仕事を休むことになったので、おすすめした映画は全部見ていたはずです。

――池田さんは「とがった映画が好きだった」と仰られていましたが、どんな作品を見ていたんでしょうか?

真野:俳優でいえば、マシュー・マコノヒーが好きでしたね。「マジック・マイク」「ダラス・バイヤーズクラブ」「ウルフ・オブ・ウォールストリート」、それにワン・ビンの「収容病棟」も見ていました。2013~15年に単館系でやっていた作品は、かなり見ていましたね。一番好きだったのは「グレート・ビューティー 追憶のローマ」。あの作品を見た時に「死を受けられそうな気がする」と言ってました。それほど印象的だったみたいです。

佐々木:少し補足すると、使用していなかった素材では、マシュー・マコノヒーの話をしている光景もあるんです。(役柄の)真似をしているものなんかもありますが、やはり前後が使い辛くて……カットに。もっと映画の話をしていたらよかったんですけどね。

――約60時間の素材、どのような内訳だったのでしょう?

佐々木:2カメの素材を含みますが、ハメ撮りが半分くらいです。映っている女性は15~20人。全員違う子なんです。

真野:そこがね……。2回目ということになれば、例えば風俗であれば指名ということになりますよね? でも、池田は指名ができなかったんです。指名をして断られるのがダメだった。初めから選ぶということをしなかった。それは、最初の頃から変わりませんでした。

(後編に続く)

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