【中国映画コラム】日本在住中国人の“私”だから語っておきたい「フェアウェル」への共感

2020年10月10日 15:00

「フェアウェル」(公開中)
「フェアウェル」(公開中)

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数278万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!


1983年、中国・北京で生まれ、アメリカで育ったルル・ワン監督。2019年、彼女はスタジオ「A24」とタッグを組み、自身の体験に基づいた傑作「フェアウェル」(公開中)を生みだしました。東洋と西洋の文化の違いを切り口とした、温かな家族の物語。「全米わずか4館の公開でスタートし、驚異的なヒットを記録」「公開館数が桁違いの大作を相手にしながら、全米TOP10入り」。これは、本作を紹介する際に用いられる宣伝文句。大ヒットした「クレイジー・リッチ!」(ジョン・M・チュウ監督)、大きな話題を呼んだNetflixオリジナル映画「ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから」(アリス・ウー監督)など、北米の観客の“アジア系映画”に対する関心度はどんどん上昇しています。

フェアウェル」は、祖国を離れて海外で暮らしていた親戚一同が、余命わずかな祖母・ナイナイのために帰郷し、それぞれが彼女のためを思い、時にぶつかり、励まし合いながら過ごす日々を描いた作品。国境を越えた家族ドラマという側面に加えて、実は“今の中国”について、かなり丁寧に、そして客観的に描かれているんです。

ルル・ワン監督
ルル・ワン監督

私は、ルル・ワン監督と似たような経歴で、いわば海外に住んでいる中国人(中華系)です。今回は「フェアウェル」の“中国の要素”を中心に語りつつ、見どころを紹介させていただきます。

本作を鑑賞して、まず初めに感じたこと。それは中国の姿が「最も今らしく描かれていた」というものです。これまでアメリカ映画に登場してきた中国といえば、ブルース・リーやジャッキー・チェンなどのカンフーアクションにおける描写、華やかな宮殿や彫刻、もしくは全く発展していないスラムのようなイメージ。そのイメージ=中国だと信じている人がいまだに存在していますし、“今の中国”の姿を知らない方が多いんです。

海外でも人気がある名匠ジャ・ジャンクーの映画でも、中国の“今”が描かれていますが、それはあくまでもごく一部だけ。「フェアウェル」は、ある地方都市で暮らしている人々に焦点を当て、“今”を日常的に描いています。この手法によって、中国国内の人々は違和感を抱くことなく、共感を得ることになりました。これも北米で話題になった理由のひとつだと思います。今まで見たことのない中国――きっと新鮮な体験だったはずです。

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この20年間、中国の変化がいかに激しかったか――海外の方には、あまり想像がつかないでしょう。私が来日したのは、2007年。当時はまだ「日本の物価は高い」と考える中国人が大半でしたし、とにかくアルバイトをしなければ生活ができなかった。ですが、今はどうでしょう。日本の皆さんがその変化を最も実感するのは、おそらく中国人観光客の爆買いでしょう。こんな現象が起きるなんて、想像つかなかったですよね。「フェアウェル」では、所々で“今の中国”を細かく描写しています。それらを見ると、改めてルル・ワン監督の洞察力に感服してしまうんです。

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例えば、食卓のシーン。「アメリカでは、何年かかったら100万ドルを稼げる?」とおばさんに聞かれた主人公ビリー(オークワフィナ)は「結構長い歳月がかかる」と回答。続けて、おばさんは「中国ならすぐでもできる!」と自信満々で言い放ちますが、ここからの展開が面白い。「中国ではそんなに稼げるのに、なぜ自分の息子をアメリカに留学させたいの?」とビリーの母がおばさんに反撃するんです。このシーンは、まさに“今の中国”をリアルに描いています。経済成長後の自信、メンツを重んじる中国人の伝統的価値観、裕福になった後の戸惑いがひしひしと伝わってきます。

「結婚式場で携帯をいじっているスタッフ」「宴会場前での軍隊のような挨拶」「墓参りのシーンにおける代理人の泣き屋の存在」「墓を前にしたナイナイの“止まらないお辞儀”」といったシーンは、中国国内で批判の声があがっていました。個人的には、ルル・ワン監督の演出に、悪意はまったく感じません。経済が急速に発展している中国の様子を客観的に描いただけ。自分の考えは表には出さず、ただ監督としての仕事を全うしたように思えます。

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何より、本作の核でもある“嘘”を上手く利用しながら、純粋な家族愛のストーリーへと昇華させました。ハリウッドに進出し、2度のアカデミー監督賞を受賞しているアン・リー監督も本作を絶賛して「2019年の最も好きな1本」としてタイトルをあげています。よく考えてみると「フェアウェル」は、アン・リー監督の名作「ウェディング・バンケット」との共通点が多い。比較しながら見るのもありだと思います。

非常に有名なことですが、アメリカの観客は字幕が嫌いです。ですが「フェアウェル」は、90%以上が中国語セリフの映画。アメリカでのヒットには、さまざまな意味が含まれていると思います。アメリカの国勢調査局の統計による「16歳未満の人口構成」(2019年度)では、ヒスパニック、黒人、アジア系といった人種的少数派が、初めて白人の人数を上回りました。だからこそ、ヒスパニック、黒人はもちろん、アジア系への関心がますます高まっていくはずです。

中国は、これから世界のあらゆる面に影響を与えていくでしょう。中国人がお金を稼ぐために海外に行く時代は、そろそろ終わりを迎えようとしています。今、海外に渡航する、もしくは海外で育てられた中国人には、「フェアウェル」のビリーのような人が増えています。経済成長を経て、余裕が生まれ、多くのことが変わった。自分の好きなことができるようになったんです。

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劇中で言及されている「イギリスで医学を勉強し、中国に戻る帰国子女」も普通にいますし、高額の授業料にも関わらず、日本へ映画の勉強をしに来る中国人留学生も増えています。「国としての中国が急成長している」と報道されることがありますが、実際は“個”の才能があふれています。その事実を無視してはいけません。ルル・ワン監督は、間違いなくそのひとり。「フェアウェル」のような作品がもっと生まれれば、世界の中国に対するイメージが変わっていくはずです。

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