ポン・ジュノ「パラサイト 半地下の家族」に込めた“寄生”の真意 「殺人の追憶」の“結末”にも言及

2019年12月25日 08:00

インタビューに応じたポン・ジュノ監督
インタビューに応じたポン・ジュノ監督

韓国初の映画「義理的仇討」が産声をあげたのは、1919年のこと。つまり、2019年は“韓国映画100周年”というアニバーサリーイヤーとなった。その記念すべき年に、韓国映画界に初めてカンヌ国際映画祭最高賞のパルムドールをもたらした「パラサイト 半地下の家族」が、12月27日から先行公開(東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田の2館限定)を迎える。11月上旬に来日を果たしたポン・ジュノ監督に話を聞くと、製作の始まり、撮影の裏側を語り、ある“事件の顛末”にも言及してくれた。(取材・文/編集部)

全員失業中、“半地下”住宅で暮らす貧しいキム(ソン・ガンホ)一家の長男が、IT企業を経営する超裕福なパク社長(イ・ソンギュン)一家の家庭教師になったことから、想像を遥かに超える悲喜劇が展開する。マスコミ向けの試写会に参加してみると、共通の現象に気づく。序盤から中盤にかけて場内に響き渡るのは、かつてないほどの“笑い声”だ。しかし、ある時点から様相は一変する。喜劇は悲劇へと加速していき、観客は息を呑み、会場は静けさで覆いつくされる。最大音量を示したボリュームのつまみを、徐々に捻っていき、最後には“無音”へ――このようなイメージを想像してほしい。「“19年内に見た”という括りでいえば、ダントツの1位」「むしろ20年公開作品だとしても、既にトップ」「オールタイムベストに入る」といった感想も飛び込んできた。

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ポン監督がアイデアを思いついたのは、13年のこと。「『オクジャ okja』を撮る前に、製作会社との協議に入っていました。つまり、その時点で『貧しい家族と裕福な家族が出てくる』『貧しい家族が裕福な家族の家に侵入していく』というストーリーラインはあったんです。ただし、後半のコンセプトはありませんでしたね。私が“侵入”という要素に魅了されたことで始まった企画なんです」と説明する。タイトルからは「貧しい家族が裕福な家族に“寄生”する」というメインプロットが伝わるが、別の意味合いも込められているようだ。

ポン監督「ネガティブな語感のタイトルですよね(笑)。マーケティングの担当部署も不安視していて『このタイトルはやめよう』と言っていましたよ。その際に話したのは『この映画では、お金持ちも“寄生虫”なんだ』ということ。つまり、お金持ちというのは、貧しい人々に“寄生”して労働力を吸い上げている。(自分たちでは)運転もできないし、ハウスキーピングもできないわけです。お金持ちは、貧しい人たちの労働に“寄生”している――そういう意味合いもあると伝えたら、(マーケティングの担当も)安心していました。そして、私は考えたんです。(本当は)“寄生”ではなく“共生”になってくれればいいと」

テーマになっているのは「スノーピアサー」「オクジャ okja」にも共通する“格差”。この問題に対して「常に関心が向くことなのか?」と投げかけると、ポン監督は深く頷いてみせる。「『スノーピアサー』の原作が発表されたのは、80年代。私たちは数十年間、この問題に直面していますし、囚われています。最近の話で言えば『万引き家族』『アス』『バーニング 劇場版』にも通じることですよね。(“格差”を描くということは)クリエイターとしての宿命なんじゃないかと思うんです。資本主義のなかで生きている創作者であれば、必ず撮らなければならない。むしろ映画のなかで描かないということが不思議だと思います」

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物語を追ううちに“貧富の差”を空間でも表していることに気づくはずだ。上部にいるのは“満たされた者”、下部にいるのは“満たされない者”。走り続ける列車を舞台に、水平の空間を意識した「スノーピアサー」でも、ラストには垂直を意識したカメラワークが存在する。では「パラサイト 半地下の家族」はどうだろうか。「全体的に上昇と下降、そして垂直の空間を意識しています。冒頭のシーンでも、カメラがクレーンダウンすると、半地下にいる息子が映るという流れになっているんです」と明かすポン監督。さらに「韓国やアメリカ。フランスで公開した時、タイトルは『パラサイト』だけだったんです。日本では副題として“半地下の家族”がついていますが、これが良い。“半地下”は非常に大きな意味を持っていますからね」と語り、ストーリーの中心となる両家の家屋に言及してくれた。

ポン監督「この映画では、パク社長の家、キムの家を含む、90%がセットでの撮影でした。貧しい一家の家が存在する街並みもセットです。パク社長の家は、(シナリオの段階から)ある程度キャラクターの動線も決めていたので、美術監督に伝えておきました。『ここからここまで動くときに、こちら側からは見えないでほしい』『玄関から入ってきた時に、ある部分は見えないでいてほしい』と。そういう要求を考慮しつつ、美しく洗練された家を作らなければならなかったので、美術監督はかなり苦労したはずです」

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本作の重要なモチーフは、誰しもが有しているもの。それは肉体から発せられる“臭い”だ。人それぞれにパーソナルスペースというものはあるが、“臭い”はそれを容易に飛び越え、相対する者の存在を否が応でも意識させる。「現実世界の中で、裕福な人々と貧しい人たちが、互いに“臭い”を嗅ぎ合うという場面はあまりないはず。なぜなら、互いがある程度の“ライン”を守り、それを越えないようにしているからです。飛行機の搭乗時には、かたやファーストクラス、一方はエコノミー。それぞれが訪れるレストランやホテルも異なりますよね。つまり動線が違うんですよ。だから“臭い”を嗅ぎ合う瞬間がない」と分析してみせた。

ポン監督「この映画では、互いの“臭い”を近距離で嗅ぐことができる状態になっています。パク社長のセリフに“度を越す”というものがあります。彼には『ここから先は入ってくれるな』という“ライン”がある。パク社長にとって、貧しい世界は『見たくないもの』『自分には関係のないもの』なんです。本作では(“ライン”を越えて)“臭い”が入ってきたことによって、悲劇がもたらされるんです」

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次回作の構想を引き出すため「今、注目しているものは?」と問いかけてみると、とぼけた表情を浮かべて「んー、サッカーかな(笑)」とひらりと交わしたポン監督。ならば“あの事件”についてはどうだろうか。投げかけたのは、ソン・ガンホと初タッグを組んだ「殺人の追憶」についての質問だ。同作の原作になったのは、80年代後半に発生し、10人の犠牲者を出した「華城連続殺人事件」の戯曲。長年未解決となっていたが、19年9月、刑務所に収監されていた男が犯人として特定された。「殺人の追憶」では、逃げおおせた殺人犯――ポン監督は、急転直下の報道を受けて、何を思ったのか。

ポン監督「犯人の顔写真が公開された時は、妙な気持ちでした。『殺人の追憶』を準備している時から、犯人の顔を見てみたいと思っていたんですが、きっと“永遠に見ることはできない”だろうと思っていたんです。まさか、こんな日がくるとは思ってもいませんでした。犯人として特定された人物は、二十数年間、刑務所に入っていました。ところが、囚人たちのDNAをデータベース化するということになり、その作業の際に犯行が明らかになったんです。同じ刑務所に収監されていた人の話を聞いたところ、犯人は『殺人の追憶』を鑑賞していたようなんです。『(刑務所内の)テレビで放送されているのを見ていた』と言っていましたね」

パラサイト 半地下の家族」は12月27日からTOHOシネマズ日比谷、TOHOシネマズ梅田にて先行公開。20年1月10日から全国公開。

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