インドネシアの監督親子が明かす、東南アジアの映画界の今

2019年7月27日 16:00


ガリン・ヌグロホ監督とカミラ・アンディニ監督
ガリン・ヌグロホ監督とカミラ・アンディニ監督

[映画.com ニュース] 国際交流基金アジアセンター主催による「響きあうアジア2019」プロジェクト。7月3~10日で開催された特集上映&シンポジウム「東南アジア映画の巨匠たち」は、公益財団法人ユニジャパン(東京国際映画祭=TIFF)がアジアセンターとの共催イベントとして大盛況の内に幕を閉じた。

そこで、ジャパンプレミア上映作品「メモリーズ・マイ・ボディ」を監督したインドネシア映画界の巨匠ガリン・ヌグロホ監督と、「見えるもの、見えざるもの」を監督した彼の娘でもあるカミラ・アンディニ監督に、インドネシアと東南アジアの映画界の今を語ってもらった。

――おふたりはインドネシア映画界を代表する存在ですが、それとともに親子でもあります。親子であることを意識されることはありますか?

ガリン・ヌグロホ「もちろん。意識していなくても、映画祭などで必ず指摘されますよ」
カミラ・アンディニ「映画業界に入ったときから、業界の人がみな、私のことを知っているんですよ。仕事の現場だというのに、家族の中に入ってしまったような感覚でしたね(笑)」
ガリン「そうすると、自分だけ年をとってしまった気分になるの、知っていた?(笑)」
カミラ「そりゃそうよ、お父さんだもん(笑)。初めて東京国際映画祭に来たとき、初めての東京だっていうのにみんな私を知っていてすごく変な感じがしたわ」
ガリン「そういうときに居合わすと、いつも“君よりもすごい才能が出てきちゃったね”って言われるよ」

――本当に仲がいいし、よき先輩後輩関係なんですね。お互いの才能について感じることは?

ガリン「彼女の初長編『鏡は嘘をつかない』(09)を見た多くの人が、とても褒めてくれたんだけど、私自身はそれに対して確証がなかったんだ。なにせ1作目だからね。でも、短編の『Sendiri Diana Sendiri』(15)を見て、彼女には彼女なりの持ち味があることを確信したよ。彼女らしいストーリーテリングがされていたし、描き方も自分にはないもので新しいものばかり。持ち味を生かして映画作りができているな、と思いました」
カミラ・アンディニ「ありがとう(笑)。私にとって、父は本当に偉大な人。でも、映画界の人が考えるガリン・ヌグロホと、私が考える父とはちょっと違っているわ。父はやっぱり私にとっては父だし、空気のような存在なんですよ。もちろん、影響は大きく受けていると思うんだけど」

――具体的にどのような影響があると思いますか?

カミラ「子どもの頃から、映画だけでなくアートやダンス、インスタレーションなど、ありとあらゆるカルチャーを見せてくれたんです。今考えると、恵まれていると思うし、それが今の私に影響を与えているとは思うけど、子どもにとってはけっこう酷で……」
――酷?
カミラ「そう。だって、何かを見たら必ず“それについての詩を考えて”とか。それを展覧会で言われるんだから、瞬発力も問われるし」
ガリン「ははは。カオスだったよね」

――小さい子には厳しいですね(笑)

ガリン「当時は彼女を映画監督にしようと育てていたわけではなかったし、なりたいものになればいいと思っていたんだけど、何になるにしても感性を豊かに育てたかったんでね。でも、その経験が生きているんだったら、私の育て方は間違っていなかったってことだね(笑)」
カミラ「私にも子どもがいるけど、今はお父さんの気持ちをちょっとは分かるかな。私は彼らにそういう無茶ぶりはしないと思うけど」

――ガリン監督は30年以上、インドネシアや東南アジアの映画界を牽引する存在です。定点観測をして、今の東南アジアの映画界の状況はどう変化していると思いますか?

ガリン「この10年くらいで、大きな変化がありました。映画人、俳優などにきちんとしたネットワークが構築されて、ワークショップも盛んになりましたし、映画祭も非常に本格的になってきています。その分、以前のように俳優を深夜まで撮影に参加させるなんて無茶なことはできなくなりましたけどね(笑)。きっとそれは、撮影がデジタルになって、非常に身近なものになったからでしょう。その反面、今は昔のように映画をありがたがる、ということがなくなったのは残念なことです」

――インドネシアにおける映画界は、政府のコントロールはあります?

ガリン「今は昔ほど干渉されなくなりましたね。昔は、脚本も政府が干渉しましたし、分かりやすいタイトルにしないと役人が分からないから、題名をつけるにも自由がありませんでした。私がTIFFに初めて参加したのは91年のことですが、そのときは政府によって映画が全てコントロールされる時代だったので、大使館を経由して出品が可能に。じつは当時の映画は日本に置きっぱなしにしているんですよ」
カミラ「そう。政府は国の代表となる映画祭出品作に関して検閲をかけ、プロパガンダに利用していたんです。今では政府ではなく、社会が検閲してくれますけどね(笑)」
ガリン「そうだよね。日本に置き去りにした作品は、今でも持ち帰ると私の立場が悪くなる可能性があるんでね(笑)。このように政府と映画、それにメディアは関係が深いんですよ。たとえば、94年に『Letter for an Angel』をベルリン国際映画祭に出品したときなんかは、インドネシアの新聞の98%は政府の指示によって映画祭のことをスルーしましたが、勇気ある2%の新聞が掲載してくれた」
カミラ「私はその時代を経験していないから、そこまで厳しい状況は知りません。でも、高校時代かな、プロパガンダばかりの映画には私も友達も興味は持てなかったし、当時はデジタルカメラが普及していたから自分で好きに撮ることができるような状況ができつつあったんですよね」

――そうすると、あの巨匠の娘だからということで、お友だちは質問してきたのでは?

カミラ「そうなの! 本当にいろんな友達が何かを撮影したいと思ったときに私に聞いてきたんですよね。でも、そのときの私は何も技術を知らなかったし、父が教えてくれたわけでもなかったから、ちょっと恥ずかしかったんですよ。それで映画のことを勉強し始めたのが、この業界に入ったきっかけでもあります」

――お二人ともインドネシアのマイノリティや社会的に弱い立場にいる人をテーマにしていますよね。ガリン監督は「メモリーズ・マイ・ボディ」でジャワのトランスジェンダー、カミラ監督は「見えるもの、見えざるもの」で死を間近にした少年少女を主人公にして、問題提起しています。

ガリン「今までもずっとそうしてきたことなんですが、人前で言いにくいこと、話題にしにくいことを敢えて映画にして議論してもらうことが私のキャリアのモットー。それによって、必ず結果がついてくることがわかっているんでね」
カミラ「私はこの業界に入ったときには、作品テーマについてあまり深く考えたことはなくて、クリエイターとしてどうするか、インドネシア人、アジア人としての心のつながりをどう探求するかを考えてきました。今回の作品は“人にはいいことも悪いことも平等にある”というバリ人の考え方のひとつをテーマに、どちらかばかりということは人生において決してありえないということを描こうと思いました。これはバリの人に限らず、どんな国の人にも通じるテーマですしね。
ガリン「『メモリーズ』はインドネシアではちょっとアンタッチャブルなLGBTQがテーマになっています。でも、そもそも伝統舞踊の振付師は古来からMtF(男性のからだで生まれたが、性自認は女性)のトランスジェンダーが多く存在していました。彼らは伝統芸能を引き継ぐ人達であり、彼ら自身が伝統でもあります。でも、彼らには不公平な世の中ですよね。特にインドネシアでは、LGBTQの人権問題は、本質的なことは何も見ず、反射的に禁止しているんです。だからこそ、映画にして議論をしてもらいたいと思ったんですよ」
カミラ「若い世代は差別意識のない人が多くいますし、時代遅れの感覚なのは指導者層ね」
ガリン「そう。彼らは止めるけど、僕は作り続けるから(笑)」

なお、10月28日~11月5日に開催される第32回東京国際映画祭では、東南アジア映画を特集する「国際交流基金アジアセンターpresentsCROSSCUT ASIA #06 ファンタスティック!東南アジア」が行われる。今年のテーマは「ファンタ系」となる。

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