「まく子」原作者・西加奈子、新鋭・鶴岡慧子監督に託した“世界”を広げる願いとは

2019年3月13日 13:00


取材に応じた鶴岡慧子監督(左)と西加奈子氏
取材に応じた鶴岡慧子監督(左)と西加奈子氏

[映画.com ニュース]直木賞作家・西加奈子氏の小説を映画化した「まく子」を見た者に訪れるのは、“世界の広がり”を感じる瞬間だ。第152回直木賞(「サラバ!」)受賞後に発表された愛おしき物語を受けとったのは、初長編映画「くじらのまち」が第63回ベルリン国際映画祭などで高い評価を得た鶴岡慧子監督。原作モノ初挑戦にして、相対するのは何にも似ていない物語――新たに描き直そうとする「まく子」の世界の幅を広げ、そのプレッシャーを和らげたのは、自らの過去を踏まえた西氏の“ある願い”だった。(写真/間庭裕基

小さな温泉街に住む少年・サトシが、転入生の不思議な少女コズエとの出会いを通して成長していく姿を描いた小説「まく子」。児童向けの出版物を扱う福音館書店と組み、直木賞受賞前から執筆を始めていた西氏だが、子どもに対する固定観念を拭えず、「全然面白くなくなった」と一時作業を中断していた。改めて物語と向き合ったのは「サラバ!」執筆後のこと。「素直に、正直に書く」ことを念頭にすると、筆はみるみる進んでいったようだ。

西氏「自分が今思っていることを書こうと考えたんです。私はその時“老いる”という変化を迎えていて、それが怖かった。あとは原発に関すること。賛成、反対というスタンスもわからないほど難しい。でも、その“永遠”は優しいのかなと。福岡伸一さん(生物学者)の著作にも感銘を受けました。(結果的に考えたのは)子どもも大人も“与え合える”ことができるから良いんだということ。私、作品を作るごとに、価値観をぶち壊して、1からやり直すということを意識しているんです。だからこそ、本当の意味で価値観を壊せている子どもの視点を借りるというのは非常に助かります。そういうことができるから、子どもを主人公に据えるというのは、頼もしいというか、楽しいんです」

小説「まく子」に新しい感触を与えられ、ヒロイン・コズエの設定、その有り様に惹きつけられた鶴岡監督。読後に残った「(自らに)コズエが残っているような感覚」をモチベーションにしながら、脚本の執筆をスタート。「私にとっては一番大きい企画だったのですが、わからないことがいっぱいあるのに、少し虚勢をはっていた部分もありました。『(全て)わかっていますよ』と……」と振り返る鶴岡監督。その強張った表情を和らげたのが、西氏の「そのままで大丈夫」というスタンスだ。

実写映画化に際して、鶴岡監督に内容を全て一任しつつ、西氏が望んだのは「現場に新人の方をひとりは入れてください」ということ。その思いは、自身のデビュー時の出来事から生まれたものだ。「私は新人賞を獲ってデビューしたわけではなく、小学館の編集者に拾ってもらったんです。だからこそ、そういうきっかけが少しでも色々な人に起こればいいなと思っています。役者でも、スタッフの方々でも、(『まく子』の映画化が)何かのきっかけに繋がればいいなと感じています」と理由を説明すると、鶴岡監督は「勇気づけられました。本当にありがたいことです」と破顔した。

鶴岡監督は、肉体の変化に戸惑うサトシ役に当時14歳の山崎光、ネットで見つけた画像が決め手となり、コズエ役に新音を抜てき。「山崎君は、あまり自分の戸惑いのようなものを出さず、かっちりとした芝居をやろうとしていたんですが、後々色んな葛藤があったんだろうなと気づきました。私だったら、同年代の頃に、劇中のような芝居を人前でやってほしいと言われたら絶対に恥ずかしいですし……。リハーサルの後、腹を割って話す機会を設けたんです。そこで自分の経験とサトシという役を照らし合わせて考えてくれていることがわかりました」「新音さんは、ほぼ演技初体験でした。“ただそこにいる”という芝居は難しかったはずです。ふらふらしてしまったり、体の動作で恥ずかしさを回避しようとしていました。リハーサル段階では色々指摘させていただいたんですが、現場に入ったら堂々としていましたね」と才能の片鱗を認めた。

このキャスティングについて「ぎりぎりセクシャルにならない男女――それを表すのはすごく難しいことですよね。(クランクインから)数カ月後の撮影だったら、セックスという要素を連想してしまっていたかも。演じたタイミングが奇跡ですよね」と評した西氏。「本当にぎりぎりでした」と切り返した鶴岡監督は「オーディションの時、山崎君の身長は、劇中の時より小さかったんですよ。『早く撮ろう!』という感じでした。アフレコの時は声変わりもしてしまっていたので、『こっちの声! このキーで出して!』と(笑)」と語りつつ、精神的支えとなった須藤理彩草なぎ剛の立ち居振る舞いにも言及する。

鶴岡監督「須藤さんは、共演者の方々と自然と仲良くなっていて、そこにカメラを置いて“撮るだけ”という状況を作っていただきました。草なぎさんは喫煙者の役だったので、『煙草、慣れてきます』と言って、現場から離れたところで吸われていたことを覚えています。よく見ないと、草なぎさんだと気づかないほど。その場に何気なくいらっしゃってくれました」

「みんな変だよ、お前も、俺も」「誰かが、そう信じてほしいことを、俺は信じるし」。劇中にはサトシの世界を広げていくセリフがあふれている。鶴岡監督、西氏にも、かつて“世界の広がり”を感じる瞬間はあったようだ。

鶴岡監督「『まく子』の準備期間中、あまり映画館に行く機会がとれなくて、たまたまラジオを聴いていたんです。その時流れていたのが、詩の世界をテーマにした番組。宮沢賢治が書いた文章を紹介していたんですが、とてもインスピレーションを受けました。単語と単語が組み合わさり、想像もつかないことが浮かび上がる――当時、何を大切にして撮影を終えようかということを無意識に探している段階でした。その“核”となる部分のヒントを、詩から受けとっていました」

西氏「高校生の頃に出合った『青い眼がほしい』(著者:トニ・モリスン)に、黒人の女の子が白人のベビードールの可愛さがわからず破壊してしまうというシーンがあるんですが、とても衝撃を受けました。当時は自分を可愛く見てほしいと思っている時期。大きな二重の目、サラサラの髪、長い足――世の中で“可愛い”とされているからなりたいと考えていましたけど、それは本当に自分が望んでいることなのだろうかと思ったんです。今でも抗っているつもりですが、絶対“情報”に負けていますし、本当に美しいものとは何かということがわからなくなっている。(“可愛い”という感覚は)心から思っているんですけど、それはきっとどこからか入ってきたもの。それがないからこそ“子ども”って楽しいんですよ」

「映画は100%、鶴岡監督の作品」と話しつつ、小説にはなかった砂絵アニメーションでの表現部分を「原作者としては『あの表現を書いておけばよかった』と思うほど素晴らしかった」と絶賛した西氏。“願い”を込めて託した種は、鶴岡監督の手腕によって見事に発芽し、大輪の花を咲かせた。「私に作品が“まいてくれた”ものは沢山あります。見る前と見た後では、自分が“変わる”映画。同じような体験を皆さんにしていただければと思います」。スクリーンのなかから“まかれたもの”は、大人になってしまった人々に、新たな成長を促す作用を秘めている。

まく子」は、3月15日から全国公開。

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