是枝裕和監督が投じた新たな一手、その真意に迫る

2017年9月11日 17:00


法廷のシーンで演出する是枝裕和監督
法廷のシーンで演出する是枝裕和監督

[映画.com ニュース] 第74回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に選出された是枝裕和監督の最新作「三度目の殺人」が、9月9日から全国315スクリーンで封切られ、幸先の良い滑り出しをきった。近年、「奇跡」「そして父になる」「海街diary」「海よりもまだ深く」とホームドラマを手がけ続けてきた是枝監督が、新作に法廷ものを選んだ真意を映画.comに語った。(取材・文・写真/編集部)

是枝監督は今作を製作するに際し、当初から「司法制度の存在そのものを否定するつもりはありませんが、果たして人は人を裁けるのか」を追求する姿勢を打ち出していた。そのため裁判を傍聴することはもちろん、1年以上にわたり弁護士への取材を敢行。さらに作品の設定通りに弁護側、検察側、裁判官、犯人に分かれて模擬裁判を実施し、ここで出てきたリアルな反応や言動を脚本に落とし込んでいった。

協力を仰ぐ弁護士からは「日本の法廷のシステムでは、どんでん返しはありません」と言われたという。それもそのはずで、「公判をするには、どういう趣旨で誰を呼んでどんな証言をさせるかという公判前整理手続きをやり、検察側も弁護側も手の内を見せてしまう。すると、落としどころが見えちゃうんですよ。だから急に後ろの扉が開いて新証言、新証人が飛び込んでくるというのは、システムとしてありえない」。

取材期間で感じたのは、「非常に不完全な人たちが集まって司法を担っているわけですが、判決は絶対的なものが出るという根本的な怖さ」について。それだけに、「それを知らないうちに許容している私たちに対して、ちょっとゾッとする感じを残したいなと思ったんです」と明かす。弁護士たちとの対話でも、驚くことは少なくなかった。

「弁護士さんたちから『法廷は別に真実を究明する場所ではないですし、私たちには真実は分かりませんから』という話が出てきたとき、『じゃあ何をする場所なんですか?』と聞いたら、『利害調整をする場所です』と。もちろん、彼らが民事を中心に仕事をされておられる方々だったから、余計にそういう認識の仕方をしていったんでしょうね。刑事事件の場合、都合が悪ければ被告には黙秘権があるわけですから、話さなくてもいいという前提で論戦するわけで、それは明らかに真実を究明しようとはしていない。ああ、なるほどと思いました。ただ一般的に当事者であれば、真実を明らかにしてほしいですよね。日本の場合は特に。だけど、それは人が人に対して期待するにしては、ちょっと荷が重いんじゃないかなって感じもするんですよ。それもあって、真実が分からないまま主人公が投げ出される感じを描こうかなと考えました」

映画は、勝利至上主義の弁護士・重盛(福山雅治)が30年前にも殺人の前科がある三隅(役所広司)の弁護を“負け戦”と覚悟しながら引き受けるが、供述が二転三転するため、接見するたびに確信が揺らいでいく。やがて、三隅と被害者の娘・咲江(広瀬すず)との接点に気付くことで、新たな事実に直面する。

初共演となった福山と役所という組み合わせが、今作に絶妙というべき緊張感をもたらしている。同郷(長崎県)の先輩・後輩ではあるが、百戦錬磨の“巨星”役所が是枝監督とともに、いかにして福山をいじめ抜くか……。福山本人は「気持ちよくいじめて頂いた」と爽快な表情を浮かべていたが、本編では三隅に扮した役所の“曖昧さ”に重盛であり、福山が翻ろうされていくさまが描かれている。

画像2

福山が弁護士役というと、いわゆるステレオタイプのスマートな弁護士をイメージしがちだが、そんな姿は微塵もない。ここにも、是枝監督の徹底した取材が反映されている。脚本は弁護士に目を通してもらっているそうで、「『こういう言葉遣いはしない』とか、『弁護士という生き物は、こういう思考のプロセスは持たない。ここに疑問は持たないが、ここには絶対にこだわる』って言われるんですよ。それはすごく面白くてね、であるならば書き直そうという気持ちになる」とクランクイン前に語っている。法廷のシーンを撮影していた現場でも、現役で活躍する弁護士数名が弁論に立つ福山の姿をモニターで見ながら、「何年やってもなかなかあんなに堂々と振舞えないんだよなあ」とぼやき、苦笑するひと幕を垣間見た。是枝組の現場は、どこまでも“誤魔化し”や“嘘”がない。

今作のタイトルは、製作決定時には確定していなかった。その後、発表された折には“何をかいわんや”と訳知り顔で言いそうになったが、本編を見ると軽はずみなことを口にしなくてよかったと安堵したくなるほどに意味深長だ。

「プロットの段階で、僕はこのタイトルをつけていたんです。ただ、プロデュースサイドがそんなに納得していなくて(笑)、“仮”と付けておいてくれって。だから、今回は僕の中ではぶれていません。最初にノートをつけたとき、『一度目はケダモノが、二度目は人間が殺した 三度目の殺人』というコピーとタイトルという繋がりで書いていたのね。コピーはなくなったけど、意外と自分では納得しているタイトルでした。ただ、数え方が自分でも変わっていっちゃった。何をもってして三度目と数えるかって考え始めたら、『あれ、四度目になっちゃった』みたいにね。本を書いていった時に、途中で違うニュアンスが入ってくることはしばしばあって、そこは微妙に動いているんですけどね」

ここ数年、「グレーのグラデーションで人間描写をしていくみたいなところを、ホームドラマではやってきた」と述懐し、今作では「神の目線、全てを知る人が登場しないっていう法廷ものが成立するのかなというところから企画がスタートした」という。作品を受け取る側が多ければ多いほど、無尽蔵に正解があるようにも解釈できる。手応えのほどを聞いてみると……。

「すごく納得はいっています。途中、苦しんだことが嘘のように(笑)。手応えっていうと、まだ手応えというほど客観的にはなれていないんだよなあ。僕自身が非常に混沌とした森の中に入ってしまったんですよ。役所さんの芝居を見ながら『やっていないっていう流れもあるかあ……』『やっていないとしたら誰が?』『法廷で誰かが告白したらどうなるんだろう……』とか、それで書いたパターンも実はあるんですよ。何通りもの中からこれが残っているんだけど、撮ったものだけでも随分違う着地点にいきかねなかった。手応えというよりも、感慨に近いかな。この後、自分にどう跳ね返ってくるのかは分からないですが、とにかくすごく面白かった」

海よりもまだ深く」を撮り終えた段階で、「しばらくホームドラマからは距離を置くことになる」と口にした是枝監督の第一手となった法廷心理劇「三度目の殺人」。次なる一手にはどのような企画を用意しているのか、世界中の映画ファンにとってますます目を離すことができない存在となった。

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