「もがき続けた先にあること」tick, tick...BOOM! チック、チック…ブーン! 高橋直樹さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5もがき続けた先にあること

2021年12月13日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

1993年に初演され、今も世界の人々に愛され続けるミュージカル『RENT』で知られるジョナサン・ラーソン。30歳を目前に、創作に悩み、突然現れたエイズという病魔でかけがえのない友を失い、窮乏しながらも夢を追う日々で、自作自演の「Tick,Tick…BOOM!」を完成させた。このミュージカルをベースにしたのが本作だ。

ラーソンに扮したアンドリュー・ガーフィールドがステージのピアノで歌い始める。刻一刻、留まることなく過ぎゆく時間、人生90年の1/3となる30歳を目前に控えた彼の日常が、躍動的な歌で綴られていく。冒頭の掴みは抜群、映画館で観て良かったと実感した。
周知の通りアンドリュー・ガーフィールドはメソッド俳優である。スコセッシの『沈黙-サイレンス-』では、信念を貫き通そうとするロドリゴになりきり、共演者たちは気軽に声をかけられないほど役にのめり込んでいたという。だが今回は違う。役柄が身体に憑依するまでに自分を追い込むことで知られる俳優が、さらに進化を遂げている。ジョナサン・ラーソンの心に湧き上がる言葉をナチュラルに歌いこなし、軽やかなダンスも披露しているのだ。
主演俳優たちをサポートする共演陣たちの慎ましさにも好感が持てる。説明過多に陥ることなく、ことの成り行きを観客に共有していく脚本もよく練られている。

監督はリン=マニュエラ・ミランダ。「イン・ザ・ハイツ」、「ハミルトン」での作詞、作曲、主演と大ヒット・ミュージカルを連発した彼は、歌と踊りを緻密に設計し、ラーソンの身の回りに起こった出来事を語る劇中歌に彼の日常の生活を重ね合わせる見事な演出で、ひとときも飽きることのない映像を作り上げている。

この映画にはときめきがあり、やるせない哀しみがあり、苦渋に満ちた別れと悔恨がある。そして、決して諦めることなく夢に向かって努力し続けるクリエイターの“命を削るような日常”がある。もがき続けた先にラーソンは何を見つけるのか…。
できることなら映画館の大画面、そして最高の音響で味わっていただきたい作品だ。

高橋直樹