劇場公開日 2020年1月10日

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「中川家?」マザーレス・ブルックリン 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0中川家?

2020年1月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

興奮

知的

 文句なしに面白い作品である。144分という長めの映画だが、あっという間に感じる。ウィレム・デフォーとアレック・ボールドウィンのランドルフ兄弟が悪役としてはややステレオタイプというきらいはあるものの、総じて気の抜けない作品だった。

 レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説に雰囲気が似ていると思った。フィリップ・マーロウという探偵が主役の一連の小説だ。第二次大戦中から戦後にかけて書かれており、本作品と時代が近い。マーロウの台詞として有名なのが「男はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない」という言葉である。森村誠一原作の角川映画「野性の証明」のプロモーションでも使われて有名になった台詞だ。
 本作品の主人公ライオネル・エスログの雰囲気もどことなくフィリップ・マーロウを思わせる。頭の回転が速くていち早く真相に辿り着くが、俺が俺がと自己主張するタイプではなく、控えめで人にやさしい。好感の持てるキャラクターである。マーロウも銃を持っていたが滅多に撃たなかった。その点も似ている。
 黒人差別、迫害、権力者の横暴、業者との癒着と、当時の政治社会問題を背景に、ボスが殺された事件の真相に迫っていくエスログ。ボスだからといって必ずしも絶対視も神聖視もしない。仲間だからといって全面的に信用するわけでもない。ひたすら事実だけを積み重ねて推理していく。エスログを敢えて精神障害者にしたのもいい。社会問題の場面では自然に被害者側の立場になる。
 他の登場人物も魅力的で複雑なキャラクターである。単なる善人や単なる悪人というのは登場しない。それぞれの思惑が交錯して、主人公の行動を邪魔したり助けたりする。淡々とした描写もハードボイルドタッチである。BGMは当然ジャズだ。
 息もつかせぬというほどではなく、適度にゆるいシーンもあるが、登場人物の人となりを紹介するのに必要なシーンでもあったと思う。緊迫のシーンと交互に見せることで観客の集中力を持続させる高等技術なのかもしれない。

 それにしてもランドルフ兄弟が中川家に見えて仕方がなかったのは当方だけだろうか。

耶馬英彦