「インフェルノではない本を読んでおけ」9人の翻訳家 囚われたベストセラー つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
インフェルノではない本を読んでおけ
作品内で翻訳する「デダリュス」は主人公の贖罪の物語だという。
本作の主人公アレックスは、ジョルジュに任せてしまったこと、あるいはワガママを言ったこと、そのせいで死なせてしまったと思っているだろう。
そして、ジョルジュに世話になりながらジョルジュに認めてもらいたくて書き上げた「デダリュス」を、誰の力も借りていないと言いはなったことを悔いているだろう。
そういう意味で、本作もまた主人公アレックスの贖罪の物語だ。
ジョルジュが問いかけた「オリエント急行殺人事件」のように(オリエント急行殺人事件のネタバレになってしまうので、問いとアレックスの答えと、ジョルジュの正解はここでは書かない)殺人の実行犯とその動機を作った者で、真の犯人は動機を作った者だろうというわけだ。
本作の場合に置き換えると、アレックスがその動機を作ったのだから、ジョルジュ殺害の犯人ということになる。
これは作中で語られる「デダリュス」のキャラクターにもそのまま当てはまる。
これまた作中で語られる「失われた時を求めて」が作者の経験を本にしたもので「失われた時を求めて」の中で本にすることを決意する。
アレックスの場合は、経験が本作であり、それを書いた本が「デダリュス」というわけだ。
経験よりも先に本が書かれているところが興味深い。
こんな感じで、メタ的に上手く仕込まれている巧みな脚本なのだが、着地点が先に決まっていてそこから逆算で物語を作っているせいか、サスペンス映画として考えた場合にまあり面白くない。
前半半分くらいは登場人物の軽い紹介と、翻訳する環境の説明。
冒頭でアングストロームが誰かと面会している場面で、誰かが投獄されていることがわかる。
この段階では、「デダリュス」を流出させたのは誰かが焦点になる。
怪しい行動、動機になりそうなバックボーン、それらが語られて犯人探しが始まるのかと思いきやそうはならない。
前半半分も設定に費やしておきながら犯人探しはさせてもらえずガッカリする。
アングストロームの面会相手はアレックスであるとわかり。直後、投獄されているのはアングストロームの方だということがわかる。
ここで焦点はアングストロームはなぜ投獄されているのかに変わるが、この人物は激昂しやすく、きっと誰かを殺したかしたんだろと思ってしまい、被害者のはずのアングストロームが何故投獄されているのかという、好奇心がわかない。
終盤で、アレックスが捜査を受けていることがわかる。
直後、ジョルジュが死んだこと、その殺害犯がアングストロームであること、そしてアレックスの真の目的と、「デダリュス」の作者ブラックであることが一瞬で語られる。
上記全てがどんでん返しということになるのだろうが、小さな驚きこそあるものの、没入させてくれる時間が足りず、大きな驚きには繋がらない。
エンディングでジョルジュと抱き合う幼いアレックスの場面があるが、本作の冒頭はあれでよかった。
つまり、アレックス、もしくは他の翻訳者の誰かに何らかの事情がありそうだと、最初から最後までを貫く「謎」が欲しかった。
金儲け主義VS創作への敬意が全編を貫く「謎」の部分だったのかもしれないけれど、それはテーマであって「謎」にはなり得ないと思う。
驚きの前には観ているこちらが「そうである」と真実ではない部分を確信している状態が必要だ。
そして初めて「何だって!?」という驚きがくる。
本作には確信できる部分が足りなかった。
