劇場公開日 2020年8月14日

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「スターリン政権下の内幕映画は珍しい」赤い闇 スターリンの冷たい大地で shunsuke kawaiさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5スターリン政権下の内幕映画は珍しい

2020年11月15日
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第二次世界大戦前後の時代は本当に映画化されるネタが無尽蔵。ついに旧ソ連時代のスターリン政権のことが映画で観れると思ってたら、スターリンは出てこない。
でも、その残酷非道ぶりは凄まじかったことを窺わせる内容だった。

ナチスに絡む映画は映画の歴史が始まって以来山ほど世に出続けている。そもそもなぜナチスばかり?やっぱり戦後にドイツが民主化されて徹底的に悲惨な過去を反省したからかな。ナチスの悲惨な歴史を映画にすることはドイツではほとんど誰も否定しないからかな。それもあるかもしれないけど、本質的にはユダヤ人がエンタメ界で活躍していることの方が大きい。ナチス絡みの映画は本当に物凄い数があって一大ジャンルにまとめられるくらいの規模だと思う。

それに比べて、旧ソ連、旧大日本帝国などのやばい時代のやばい政権のやばい出来事はネタが数え切れないほどあるはずだが…

ドイツが自国で映画にしないのであれば、他国が映画にするという流れがナチスに関連する映画にはある。そこが大きく違う。ドイツやドイツに迫害された国のたくさんのユダヤ人がいろんな国に亡命して、その子孫が映画監督や映画業界の重役になるという流れができた。とくに移民の国アメリカ。スピルバーグやポランスキー。ポランスキーはその後ある事件でアメリカから出てますが。バーホーベンはアメリカでSFのナチ映画を撮り、コケてヨーロッパに帰り、またナチ映画撮りました。タランティーノも撮りました。あの人もこの人も。

ディアスポラの歴史とユダヤ教という世界宗教をもったユダヤ人は世界中に相互扶助のネットワークをもっているから、ユダヤ人迫害の風潮が盛り上がるようなことがあれば、ある程度裕福な人たちは他国へ逃げる場所があったかもしれない。そうした人たちが、エンタメ界で活躍したからナチやその時代は映画の定番ネタになった。

一方、スターリン政権下のロシア人やウクライナ人は、ユダヤ人のように自分たちの国をもたず(当時は)、いろんな国に亡命するのは当たり前なのと違って、生まれ育った土地を離れる気持ちもお金もないし行く先もない。自国で生き延びるのに精一杯だったと思う。

自国で生き残ってその子孫がエンタメ界で活躍するようになったとしても、あの時代と今が地続きのままだから到底スターリン時代がネタにされて映画にされる機会は少なくなる。だからこの作品のようにイギリス人ジャーナリストの目線という立て付けでしか映画にできないのかもしれない。そもそもロシア映画はまともに日本に輸入されてこないので本当のところはわからないが…

そして、日本はというと、民主化されてもドイツのようにあの時代をネタにした映画はなかなか作られない。自国の悲惨な恥の歴史をわざわざ映画にする必要性を感じないからだろうか?そもそもあの時代のことがどれだけ広く一般的に反省され知られているのか?ドイツやオーストリアなどに住み、ナチスドイツに迫害されたユダヤ人は、ドイツやオーストリアを自国だという意識はなく、冷静に徹底してドイツやオーストリアの犯した戦争犯罪を批判できたと思うし、だからこそたくさん映画が作られるようになったと思うが、それが日本人やロシア人やウクライナ人にはそれができなかったということが、その時代の映画がほとんど作られない大きな理由だと思う。

エンタメの根源にあるのは、怖いもの観たさであるからこれはまだまだ本当はやれるはず。『スパイの妻』まだ観てないけど、意識してあの時代をたくさん映画にしてほしいと願うばかりだ。

屠殺100%