劇場公開日 2019年9月6日

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「衝動と虚無、生と死」タロウのバカ andhyphenさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0衝動と虚無、生と死

2019年10月30日
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鑑賞方法:映画館

タロウはタロウという名ではない。エージとスギオに初めて出会ったとき、名乗らなかった為に「名前のない奴はタロウだ」と付けられた名だ。要はふたりは名付け親だ。あのふたりに導かれてタロウは進む。
進む、とはいえ物語のようなものはあるようでなく、エージの抑えられない暴力衝動と劣等感、そして非日常を嗤う姿勢、あまりにも普通であるが故の葛藤と恋愛に悩むスギオの間に、タロウは燻んだ輝きを放って立つ。
高校生であるエージとスギオには彼等なりの葛藤があり、それが行動に現れる。対してタロウの純粋は無だ。エージはそこに魅せられ、スギオはそれを恐れる。空の器に注がれる衝動性と、愛の希求。また、河原のふたりが儚い「好き」をタロウに教える。
冒頭であまりにも呆気なく簡単な「死」が描かれ、物語の断片は常に死の気配を纏って進む。冒頭が結末に分かち難く結びついている。
拳銃が与える万能感、暴力、性衝動。そして容赦なく迫る現実。興奮は常に虚無と表裏一体だ。彼等の無軌道な騒ぎと叫び、笑いは私には泣き声にも聞こえる。
物語の最後でタロウは「死」に直面し、泣き叫ぶ。喪失を知ったタロウの行末は誰にも分からない。
大森立嗣監督はこの作品をデビュー前に書いたそうだ。思いのたけを映像に写しとったときの溢れる衝動性に若さを感じるし、また、この時代の閉塞感を無理やりにこじ開けようとしている感を覚える。正しい正しくない、ではなく、こじ開けて突き付ける。
Yoshiという少年は「無」がよく出ていた。目が特に。超自然的な振る舞いも含め、彼しかこの役はできなかっただろう。それで隣に居るのが菅田将暉と仲野太賀なのだからもう役者陣については言うことはあるまい。ふたりとも恐ろしい程の演じ手だから。ここまで振り切った役を違和感なく演じる菅田将暉も、葛藤と弱さを巧みに表現する仲野太賀も素晴らしかったです...。ふたりともまだ高校生役いけるね...

andhyphen