劇場公開日 2017年9月16日

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「偏見は、血だけではない。」サーミの血 xmasrose3105さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5偏見は、血だけではない。

2020年8月27日
iPhoneアプリから投稿

「血」という、実は誰にとっても身近で深いテーマです。生まれは自分では選べません。だから、出自を蔑んだり誇っても意味がないことなのに、単に「異なってるね!」だけでは終わらない。なぜか上下や優劣の評価をしたがる。人間の哀しいサガなのか。

偏見は、私たちが生きていく中で、そこら中にあります。血だけではない、家柄、学歴、経歴、性別、親の職業、容姿... なんでも縦の評価軸で捉えたい人間は、相変わらずたくさんいます。

主人公はサーミ出身、蔑まれる側ですが、一方で部族に従順な妹に対しては「自分の将来も考えられないバカ」と辛辣な言葉で蔑みます。
主人公は成績優秀、スウェーデン語もペラペラ、先生のお気に入りなのです。私、頑張ればスウェーデン社会でもやっていけるんじゃ?努力次第で。そう思うのは当然のなりゆき。
単なる無鉄砲ではない。
自信があるからこそ、いわれもない見下しに、矛盾と抵抗と正当な怒りを感じてしまう。
変な身体検査までされて、怒らない方がおかしい。

人間じゃなく、動物扱い。

そうです、本人が言うように、
バカならそこまで怒らない。
知性があるからこその怒り。

そして突き抜けていく。
想像以上の荒野へ。

偏見って非合理的なのに、社会がいったん誰かの感覚によって歪められた枠組みを設定してしまうと、歪みが常識となり、もはや己れの歪みにも気付けなくなってしまう。

でもその枠の外にいる者から見ると。
その枠型は絶対なものではなく、歪みを自慢する優生側の方こそむしろ知性が低いのではと感じる。
偏見はそういうフシギなものだと思います。

実際に本作で出てくるサーミの人たちは、民族衣装も子供達も、日本人である私から見れば素敵だし、とても愛らしい。
でもスウェーデン人は侮蔑的に見ているらしい。私は、スウェーデンは男女同権が進んだ、偏見や差別を克服した国、羨ましいとずっと思っていました。
でもどうやらそれは光の部分。
光があれば、影もある。
偏見を減らすってやはり簡単ではないのですね。

どんな社会でも、
生きにくさを感じながらも自分が今いる集団の中で、死ぬまで守られて生きる人生もあれば、
成長と共に集団のガラスの天井に頭がついてしまって、突き破って抜けていかざるを得ない人もいる。
たとえ外の世界が荒野であっても。

映画は、とにかく居心地の悪さ、いたたまれなさが延々と続きます。
主人公は突き破って荒野へ出ました。
勇気も能力もある少女。
が、終始、何か影がつきまとう。
どこへ行っても。
家族を捨てても、
名前を捨てても、
憧れの教職についても、
故郷に戻っても。
何か自分を偽っている感じ。

外向けの自分を大きくすればするほど、
隠している自分が、影を作り出すのか。
今のSNS社会とも通じるでしょうか。

サーミであることはなんら恥ではない。
けれども、スウェーデン側の教育によってサーミは劣っているという偏見を刷り込まれ、サーミである自分を認められない。
むしろ差別する側に自分も同化して、必死で見下されないようにしている。母親の「このスウェーデンかぶれが!」と娘を罵る言葉が、痛い。
主人公自身にも差別意識が芽生えた臭いに、母が鋭く反応します。

でも主人公が進学したいという気持ちは本物。
賢く、好奇心が強い。
数々の偽りも、スウェーデン社会に受け入れてもらうため、自力で生きていくための必死さゆえです。
でも、いじらしいという言葉は相応しくない。
他人がどうこう言えるような、そんな甘っちょろい道のりではなかったと思う。

映画は多くを語りません。
老婆となった主人公が映るだけ。
これで良かったのだろうか。
その問いはまだ終わっていない。

私は主人公の姉妹愛が、唯一救われどころでした。
妹も、お姉ちゃんが集団からはみ出して、みんなから疎まれているとわかっている。お姉ちゃん嫌われてるよ!と責めたりもするのですが、いかんせんまだ幼さの残る二人、無邪気に水遊びする。よくなついている妹。
お姉ちゃんも理屈じゃなく、妹のこと好きなんですね。
だから何十年も経て、妹の葬儀に帰ってきた。
主人公の寂しさに、人間らしい、血の温かさを感じました。

xmasrose3105