劇場公開日 2017年11月18日

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「寝不足で観たせいか寝てしまった!」エンドレス・ポエトリー 曽羅密さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0寝不足で観たせいか寝てしまった!

2017年12月23日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

前作の『リアリティのダンス』も観ているし、ホドロスキーの作品は好きなのだが、寝不足で観てしまったせいか結構寝てしまった。
気付くと寝ていて起きてはまた寝てを繰り返した。
それでも相変わらずの独特のホドロフスキーらしさは感じられた。
前作同様小人を多数登場させて演技上必要とあれば蹴ったりするなど身体的暴力を加えることも躊躇しない。確か小人女性の裸もあっただろうか?
いずれにしろ真の意味でホドロフスキーは小人の人々を平等に扱っている。
既存の宗教には属していない狭義の無神論者であるホドロフスキーだが、本来の出自であるロシア系ユダヤ人のためか、劇中で主人公にナチス憎しの発言をさせている。いささか唐突に思えてあまり本作に馴染まない気がした。

筆者が観たホドロフスキー監督作品は短編の『すげかえられた首』『ファンドとリス』、長編では『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』、そして前作の『リアリティのダンス』になる。
またホドロフスキー監督作品ではないがホドロフスキーへのインタビューを中心に構成されたドキュメンタリー作品である『ホドロフスキーのDUNE』も観ている。
観ていないのは『サンタ・サングレ/聖なる血』と『ホドフスキーの虹泥棒』の2作品になる。
全てを観ているわけではないが、時にホドロフスキー作品の過剰な演技や残酷さは冷静になると笑ってしまう。
『エル・トポ』では、主人公が愚にもつかないような卑怯な手を使って敵に勝ってイェーってなっていたと思ったら、急に反省し出して最後は人のために死ぬ。
文章にすると壮大だったりするのだが、実写で生身の人間が演じるとちょっと滑稽さが出てしまう感が拭えなく、実際筆者は鑑賞中に何度も笑ってしまった。
このアンバランスさが独特で面白く、他の作品でお目にかかれないのでたしかに唯一無二である!

ホドロフスキーの作品には神話性がつきものである。
ホドロフスキーはBD(バンドデシネ)と呼ばれるフランス語圏の漫画の原作も多く担当している。
私見だが、彼の過剰な演出を伴う神話性が見事にはまるのはBDの方だと思っている。
日本で刊行されているホドロフスキー原作のBDは全てに目を通している。
一番有名なのはフランスを代表する漫画家のメビウスが作画を担当した『アンカル』だが、『ビフォア・アンカル』や『ファイナル・アンカル』と前日潭、後日潭もあるし、スピンオフ作品となる『メタ・バロンの一族』や『カスタカ』、『テクノ・プリースト』もある。
これらの作品は全てSF作品であり、過激で過剰、神聖さを伴う現実には無理のある物語が全ページがカラーで芸術性の高いBDには実によく映える。
また『エル・トポ』と同じように西部劇である『バウンサー』や『フアン・ソロ』、自身の詩人の側面をメビウスと組んで映像化したような『天使の爪』や『猫の目』もある。

当初は『フアン・ソロ』を映画化する予定だったらしいが、資金調達に行き詰まり、『リアリティのダンス』の続編である本作を制作することになったのだという。
個人的には『フアン・ソロ』を観てみたかった。
ホドロフスキー本人は自伝的なこのシリーズを第5部まで続ける構想もあるようだが、第3部ぐらいまででいいような気がする。
日本では有名漫画家であっても名前の知られていない漫画家であっても歳を重ねるとこぞって自伝作品を描きたがる傾向が目に付く。
漫画家に限らず小説家も多いし、今に限らず昔から枚挙にいとまがない。
そもそも芸術家は自己顕示欲の強い露悪趣味の塊なので、それは洋の東西を問わないというところだろうか。
御歳88歳のホドロフスキーに残された人生は後わずかだ。
自伝もいいが、無理を言うなら本当は彼の手になるSF作品が観たい。
ただインタビューを読む限り、商業主義と批判するほど重度のアンチ・ハリウッドなので、まさにSF作品全盛時代のハリウッドと同じことはしたがらないのかもしれない。
またBDで示されているように案外他の監督がホドロフスキーのSF作品を映画化した方が作品としては面白くなるかもしれない。
ホドロフスキーの死後彼原作のBDが映画化される可能性は高い。
しかし換骨奪胎されて全く別物になってしまう可能性も高い。
なかなか難しいところである。

いずれは本作もBlu-rayなどで見返すつもりだが、寝てしまったため今のところ印象はおぼろげである。

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曽羅密