映画よ、さようなら
劇場公開日:2016年7月16日
解説
老朽化と観客の減少により、閉館の憂き目に遭うシネマテーク=フィルムライブラリー。そこに勤める1人の男の姿を通して、フィルムで撮影された映画やシネマテークにオマージュをささげる。南米ウルグアイの首都モンテビデオ。両親と暮らす45歳のホルへは、シネマテークに勤めて25年になる。フィルムの管理、作品の選択、プログラムの編成、映写から客席の修理と、ホルヘはさまざまな仕事を一手に担っていた。しかし、ここ数年は観客も減少し、建物の賃料も滞納状態が続き、老朽化した機材も修理不能で、館長やスタッフたちを悩ませている。出資元の財団から、利益が出ない状態を続けるわけにはいかないと通告され、ついに立ち退きを迫られる。「25年間、毎日ここにいる」と誇りをもって言える、ホルヘにとって大切な場所が静かに終わりを迎えようとしていた。監督は「アクネ ACNE」のフェデリコ・ベイロー。
2010年製作/67分/ウルグアイ・スペイン合作
原題:La vida util
配給:Action Inc.
スタッフ・キャスト
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2016年8月7日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館
睡魔に襲われる映画は基本的に名作であり(つまらないと怒りで眠くもならない)、この作品もその点で素晴らしかった。モノクロの美しい画面と終止鳴っている心地よい環境音。映画に対する愛がこもった良作。
2016年8月3日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館
モノクロでほぼフィックスで構成される映像に、正直、眠気に襲われる。描かれる内容も、決して明るいものではないし、むしろ消えゆくものへのノスタルジー、つまり忍耐を要する映画。
最近は映画館も多いし、映画業界も盛況のように思うけれど、それは都市部の話なのかもしれない。田舎に帰ると3つあった映画館はもはや1つも残っていない。
古くて小さい劇場へ行くと、居心地の悪さを感じることも珍しくない。淘汰されるべくして消えゆくものであり、それを繰り返していまの映画が存在する。それを良しとするかどうか、人それぞれに思うところは違うだろうが、ノスタルジックになることだけがオマージュではないだろう。
ひとつの映画館が消えるという悲壮感を軸に、決して絶望という感情だけに縛られることなく、負の状況をも笑い過ごしてやろうという意志を強く感じられた作品。
動きが少ない映像が続くだけに、どうしても退屈になってしまうけれど、集中して絵を見ていると、笑ってしまうところが意外と多い。それがエンディングへとうまく繋がっていくわけで、サヨナラというものは決して別れだけを表す言葉ではないのだと、邦題タイトルを見返して思っているところ─。
わるくないけど、非常に疲れる映画。
2016年7月17日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館
主人公の私生活はホボ、描かれないが独身で親と暮らしていて何となくバックボーンが解る感じで愛着も湧いてくる。
日頃は¥1800では観ないように会員になったり出来るだけ安く鑑賞する行動を取っていたがコノ映画を観ていると¥1800では安い位に感じるミニシアターの哀愁が堪らない。
静かな暗い雰囲気で物語は続き急に映像に合わないような不穏な音楽が流れ印象に変化が。
彼の幸せは何なのか?
ミニシアターにとって持続させる方法は?
2016年6月8日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:試写会
機械のパーツが無いのも解る。
公開する作品がDCPの規格になり、USBに入ったデータをインストールする事が主流になった今、映写機に掛けるフィルム作品が少なくなった。
栄枯盛衰は人の世の常であるが、何故映画館は保護されないのか?
歌舞伎や狂言、演劇は色々なバックアップがあるのに、何故映画にはないのか?
不思議である。
歌舞伎を一生観なかった人と映画を一生観なかった人はどちらが多いのか?1度調べてほしい。
と、小さな映画館を残してほしいと願える内容に期待したい。