劇場公開日 2016年11月5日

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ボクの妻と結婚してください。 : インタビュー

2016年11月4日更新
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織田裕二&吉田羊が体現してみせた夫婦像の新たな形とは?

意味合いとして明らかに筋が通らない。「ボクの妻と結婚してください。」。このタイトルに織田裕二は、「なんじゃ、こりゃ?」と驚き違和感を抱く。だが、脚本を読み進めるにつれて「まさにドンピシャ。こういう作品に出合いたかった」と一気に魅了された。余命宣告を受けた放送作家が、愛する妻のために立てた最期の企画。共に歩んだ吉田羊も結婚願望が増したというほどの、夫婦像の新たな形とは?(取材・文/鈴木元、写真/堀弥生)

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織田が道標にしている作品がある。2006年の「県庁の星」だ。その春名慶プロデューサーから依頼された「ボクの妻と結婚してください。」が、その時に役者として欲していたものと合致した。そのイメージを、かねて思い描いていた「ボーイズ・タウン・ギャング」の名曲「君の瞳に恋してる」と重ね合わせる。

「『県庁の星』は台本を大事にとっておきたくて、迷った時には教科書になるような作品。『君の瞳に恋してる』は楽しい感じの曲なんだけれど、聴きながら涙が出てくる時があるんです。切ない気持ちになって、笑いながら流れる涙って最高の涙だと若い頃からずっと思っていて、あの音楽のような作品をいつか映像でやりたかった。それがまさにこの作品だった」

しかし、タイトルの字面だけを追えば必然的に「おや?」と思うはず。人生でそんなセリフを吐く機会は常識で考えれば皆無。織田も当然、疑念を抱いたが脚本を読んで一気に解消されたという。

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「軽くクスクスしながらも、えっ?ていうスイッチが入るところがいっぱいあったんです。余命ものって聞くと、ちょっとひいちゃうところがあるんですよ。見終わって胃が重くなったらイヤだとか、ただ泣けるだけの男女の話だったらいいやって思っちゃうんだけれど、そうじゃなかった。全然おかしい話じゃないのに、よくよく考えたらちょいちょいおかしいな、どこかユーモラスだなって。あっ、これは生きる話だからエネルギーやパワーをもらえるんだって、ものすごく心を揺さぶられました」

売れっ子の放送作家・三村修治は突然、末期のすい臓がんで余命半年と告げられる。残された時間で何ができるか?思い至ったのは、妻の再婚相手を探すこと。その妻・彩子は、吉田が「よくできた人ですよね」と感心する、良妻賢母を絵に描いたような奥さんだ。

「料理もうまくて子どもの面倒を見て、なおかつ勉強を教えられるくらい頭良くて、旦那さんのことも理解している。私だったらこういうふうには生きられないとおもいますけれど、自分とかけ離れているからこそ役に没頭できる部分もありました」

修治は病気のことを彩子に告げないまま、かつての仕事仲間で結婚相談所を経営する知多かおり(高島礼子)に頼み、“理想の相手”となるインテリア販売会社社長の伊東正蔵(原田泰造)を見つける。彩子はさ細なことから夫の変化に気づきつつも、努めて普段通りに振る舞う。その包み込むような優しさに胸を打たれるが、吉田は絶えず修治でい続けた織田に感謝を惜しまない。

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「織田さんが24時間、修治でいてくださったおかげで私も彩子でいられたし、お互いにそれを実感できる瞬間も度々あったんです。妻役は何本かやらせていただいていますが、それらに比べても圧倒的に夫婦の時間が長いので、お芝居以外でも役でいてくださったことでより感情移入が深くなって彩子の人生を生きられました」

織田も「そっくり返しますよ」と照れたが、食事制限による減量で病状の進行を感じさせていくアプローチは見事。初共演の吉田とも、最初から自然な形で夫婦になっていったという。

「多分、役者として現場に入るスタンスにどこか共通しているチャンネルがあって、いい周波数でピッと合ったのかな。それがすごく心地良かったんですね。やわらかい感じの普通の奥さんなんだけれど、優しさと同時に日本女性の強さのある役なんですよ。それは演技だけではできない気がする。芯の強さを本来もっていらっしゃるから、男が子どもでいられるんでしょうね」

しかし、現実的に妻子ある身として修治の判断、行動は理解の範ちゅうなのだろうか。これは修治の仕事におけるモットー「世の中の出来事を楽しいに変換する」が後押しした。

「自分に置き換えてという考え方よりも、修治が考えていることに拒否反応がなかった。夢をかなえられた人はこんなに幸せになるんだということを、仕事で何度も見ている。しかも、それを自分で考えている。そういう訓練を積んでいる男だからこその突拍子もない思考なので。妻だから変な男はチョイスしないと思うけれど、その男だけはやめてくれというのを自分で排除できるんですよ。絶対にないとは言い切れなくないですか?けっこうメリットもあるんじゃないかって」

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吉田の選択肢にはないようだが、彩子を演じたことで考えに微妙な変化ももたらされた。結婚願望も強まり、クライマックスで着るウエディングドレスには格別の思いがあったようだ。

「吉田羊としては、修治さんの立場でも旦那さんの新しい奥さんを探すことはしない。でも、彩子さんは自分がこの人を幸せにしたいというよりも、この人が幸せだと思う道を選んであげたいと思うところが私と違う。私は自分が愛したい、幸せにしたいというエゴが先に立ってしまうので(苦笑)。ただ、人を愛するということをちゃんと理解できていたのかと、あらためて考えるきっかになりました。この役をやって、特に結婚したいなと思いましたね。こんなに素敵な方と出会えたらって。ウエディングドレスは何度も着ているのに、今回は切なかったですね。これを着てしまうと、彼の死を受け入れなくてはいけない部分もありますので、いつもはウキウキするんですけれど複雑でした。台本に泣くって書いていないのに泣けてきたり、すごく不思議な感覚をいただいた現場でした」

吉田の大いなる愛を受け止め、修治として夫婦の人生を全うした織田も感慨ひとしおのようだ。その笑顔は、俳優デビュー30周年の節目を前に新たな代表作を生み出した充足感に満ちていた。

「30年近くやってきてこんなに真っ白になれるんだと思ったし、本当に生まれ変わったような気分になった。デトックスということではないけれど、撮影が進むにしたがってついていたすべて汚れやアカがやればやるほど取れていくんですね。修治のように前を向くという感覚を、もう一度思い起こさせてくれた。この作品に出合えたと思った感覚は間違いじゃなかったし、死ぬまでにしょっちゅう出合えるような感覚じゃなかった。突飛もない発想と一瞬思われること以外、全然夢物語ではない。だからこそ、大勢の方に見ていただけたらいいなと思っています」

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