劇場公開日 2016年1月2日

「映せたものだけで語らせるしかない世界」ヤクザと憲法 Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0映せたものだけで語らせるしかない世界

2019年12月29日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

ドキュメンタリー作品に、(a)意図や思想を明確に示すものと、(b)映像を出して観客に自由に考えさせるものの両極があるとすれば、本作品は後者に属するし、そうせざるを得なかった作品だと思う。
相手はヤクザである。カメラは回るが、見たいところが見れない。聞きたいことが、ほとんど聞き出せない。
“映せたものだけで語らせる”しかない、という制約を、従来以上に強く意識させる作品だった。

舞台は大阪の堺市。指定暴力団の二次団体の事務所。
“出入り”や“ガサ入れ”があるわけではないのに、監視カメラからは目が離せないらしい。
通勤地獄で忙しすぎるサラリーマンとはおよそ異なる、まったりとした時間が流れるが、時々ヤバい“シノギ”の電話が入る。
ヤクザには、銀行口座よりも、電話を制限した方が効果的だ。

メインキャストは、組長、アラフィフの組員、部屋住みの若い組員、山口組顧問弁護士の4人。
ぶっとんだ、しょうもない、という感じではなく(そういう感じの組員もいるが)、それぞれ個性的なキャラクターだ。
ただし、彼らの撮影可能な部分だけを見ているのであって、ヤクザのヤクザたる部分が満足に描けていない点が、この作品の“限界”だ。

アラフィフの組員は言う、「(苦境にある時)世間は救ってくれない」。組長は言う、「誰が拾って入れてくれる?」。
部屋住みの若い組員は言う、「ヤクザという気に食わない存在がいても、排除しないのが明るい社会」。
手前勝手な理屈であるが、今でも昔ながらの事情が変わっていないことに驚いた。

なお、「ヤクザと憲法」という題名は内容と合っていない。
「ヤクザとその家族に人権侵害」は、本作品のテーマではない。この点はガッカリだった。
自分は、ヤクザが憲法や法律によって、権利を守ろうとする話を想像していた。
取材クルーを引き入れ、現状を発信した組長の狙いは、空振りしたかもしれない。

ただ、じっくりとヤクザの“ふところ”に入って、カメラを回した意義は大きい。
暴対法(H3)や暴力団排除条例が、確実に効果を上げているようだ。今のヤクザは、儲かる“商売”ではないらしい。
また、ガサ入れする捜査当局が、これまた“ヤクザ”であることも映し出されている。(そもそも、汚職や犯罪を握りつぶす、政府や警視庁上層部が、負けず劣らずヤクザであるが。)
「選挙」に行くヤクザ。彼らは、何を基準に投票するのだろうか?

Imperator