ルック・オブ・サイレンスのレビュー・感想・評価

ルック・オブ・サイレンス

劇場公開日 2015年7月4日
20件を表示 映画レビューを書く

責任なき悪のメカニズム

兄を殺された眼鏡技師のアディが監督と共に加害者のもとへインタビューを敢行する。乳房やぺニスを切り落として殺すなどとにかく殺し方のエグさが酷い。加害者の子供が話の概要を初めて知って顔色が変わっていくのがリアル、それは自責の念だったり逆ギレみたくなったり反応がいろいろ。「過去は過去、俺は知らなかった、俺は悪くない、今さらそんな事言い出して何になる。」アクトオブキリングと対になる。

mimiccu
mimiccuさん / 2018年6月14日 / Androidアプリから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  怖い 難しい
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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観なければいけない映画。楽しくはない

興味ない•2•••好き/並•••4•すごい
無••••5社会派/大衆••••5カルト

損はしてない/紹介する
俺の満足度 50点
作品賞ノミネート可能性 80%

再びイメージフォーラム。再びインドネシア1965年の闇。アウトオブキリングの方が、飽きなかった。被害者視点のやるせなさに耐え切れなかったのかも。真実の衝撃なので、どっちを先に観たかだけの差かもしれない。
いずれにしろ、観なければいけない映画。楽しくはない。
よく頑張った、俺。おかげで、同じような状況で少しは違うことができるかもしれない。同じような状況になりたくないが。--支配層が悪とした者を市民が殺しても、必要悪と黙認されたり、それどころか讃えられたりする世界。

CB
CBさん / 2017年2月18日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:映画館
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アクトオブキリングと対をなすドキュメンタリー

anonymous=匿名

eli
eliさん / 2016年9月11日 / Androidアプリから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  悲しい
  • 鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
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見方を変えた続編

前作「アクト・オブ・キリング」では100万人虐殺事件の犯行者が登場、自ら再演するという狂気に近いドキュメンタリーに衝撃を受けた。
今作は兄を殺された男を中心に、兄を殺した人々を訪ね、どのように殺したのかを聞いて回る。
これだけの人を殺すと人間は心の逃げ道が必要になるらしく、それがまた殺した人の血を飲むこと、というから背筋が凍る。
人間は自分の属する集団を守るためには何でもやるようだ。

いやよセブン
いやよセブンさん / 2016年9月8日 / PCから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  悲しい 怖い
  • 鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
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今も尚同じ時代を過ごしているのが不思議ではある。 思えば日本にも規...

今も尚同じ時代を過ごしているのが不思議ではある。
思えば日本にも規模の違いはあるが同じ様な歴史があるのでは無いだろうか。

sakahiro
sakahiroさん / 2016年8月10日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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●インドネシアの闇。

「アクト・オブ・キリング」続編。1960年代にインドネシアで起きた100万人ともいわれる共産主義者の大虐殺。今回は、被害者の弟が加害者たちにインタビューする。決死のインタビューを見て思い出した。「ゆきゆきて神軍」を。

この国の闇は、巧妙に仕組まれていた。軍は手を下さず、あくまで民間人が共産主義者狩りを行なった。世界はそれを黙認した。今でもインドネシアでは、共産主義者の子孫は公職につけないという。

そして、僕らもこの歴史をあまり知らない。加害者の民間人たちは、いまでも街の英雄だ。そのすぐそばで、被害者の家族たちは暮らしている。

歴史は勝者によって作られる。被害者の心情はおかまいなしに。
想像力の欠如。軍の徹底したプロパガンダ。
被害者の母親は、加害者の不幸をいまも願う。父親は、苦しみから逃れるようにボケてしまったのか。闇はすぐそこにある。

エンドロールには「ANONYMOUS=(匿名)』の文字が並ぶ。インドネシアで本作公開後、アディ氏は移住したとか。

うり坊033
うり坊033さん / 2016年6月29日 / PCから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:映画館
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凄まじいドキュメンタリー

エンドロールのスタッフクレジットが
ほぼ全て、
Anonymous
と表記!

皆 命狙われるリスク、
監督も同様に。

というように、
撮影時は、
あなたの武勇伝を語って!の体で臨み、
上映では、殺戮実態を。

心底楽しそうに
殺害を回想して再現説明してる様は
とにかく異様
全肯定している

けれども
目前の人物が遺族でると分かった直後の
リアクション!!

凄い映画

isukee
isukeeさん / 2016年6月17日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:映画館
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背負いきれない罪と怒り

罪を犯した者の深層心理を描いた前作に対して今作はその罪を置き去りにされた者を描く。加害者の家族は、その罪を背負いきれない。又、本当に背負うべきものではないのかもしれない。被害者の側はやるせない。しかし、彼も被害者そのものではない。使命感も感情を高めることもできるかもしれない。しかし、罪は大きすぎて、それを処せる術もなく、ぽっかり空いた空白感が漂う。

Kj
Kjさん / 2016年3月17日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:-
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繰り返される「過去は過去だ」。

繰り返される「過去は過去だ」を、諦めで眺めるしかなかった一本。

無駄な飾りが一切なく、その分日々の暮らしに迫る演出は「アクトオブキリング」以上だが。

ただ、その分絶望感も半端では無かった。

スケール、事件の深刻さは違えども。
日常にも置き換えることが出来る事柄に働く、嫌というほど目にする「自分は悪くない」という心理。
私は大嫌いなこの言葉、あなたは口にしてないか?

ただ、過去の事実の認識を確認したいだけの主人公と(そして監督と)。
心理的防御もあろうが「過去は過去だろ!俺は知らなかったんだ。うるさい。」と煙に巻き、または考える事すら拒絶する加害者やその家族。
挙句に身内や生存者まで、その魔法の言葉を放ち…
忘れないのは主人公の、憎しみを忘れない母親だけ。
父ちゃんは恍惚の人って。

監督の意図は別として。
コレ今の日本、そして世界でも未だ当たり前に大手を振るってる状況だよ。

臭い物には蓋、長い物には巻かれろ。

個人的には大嫌いな言葉だけれども。
結局、それで流さないと人生荊の道しかないのか、と改めて絶望した。

絶望を目の前にした主人公の顔と、自分の顔がダブって仕方が無かった作品。

命を絶たなくても。
悪意が無くとも。
「人は殺せる」んだよ、実際…
「自分が大好き」な動物がこの世には溢れているのだから。

好きこそモノのヘタレなれ
好きこそモノのヘタレなれさん / 2015年10月9日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:映画館
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納得がいかない。ゆるせない。

何故、人を殺して平気なのか。
まして、それを悪びれす自慢げに語る。
単純におかしい。頭が悪すぎる。
この映画を見たインドネシアの国民は、己れの国に起きた事に平気でいられるのか。自分の国で実際あったのだ。
過去に有った悲惨な事実にきちんと向き合うべきだ。
そうでないと、インドネシアそのものがアホな国と思われるだろう。
聞くに耐えない、見るに耐えない画像を静かに見つめるアデイの目が私の脳裏から離れない。

ロベスピエール
ロベスピエールさん / 2015年10月4日 / Androidアプリから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:映画館
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乗り越えられない悲しい歴史の重み。難しさ。 ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

「アクト・オブ・キリング」の続編というより、"対"ではないかと思います。というのは、前作が"加害者目線"なら、本作は"被害者目線"だからです。
現在この被害者家族は、行き場のない悲しみや怒りを抱え、加害者達に囲まれて"沈黙"して生活をしています。原題は(監督曰く)この"被害者側の沈黙"部分に迫るといった意味とのこと。
被害者側の視点を担うのは、犠牲になった兄を持つアディ・ルクンさん。
ルクンさんはメガネ屋さんのようで、「検眼しましょう」と言って、加害者宅を回るんです。そして急に「私の兄ラムリを知りませんか?」と切り出します。
被害者と加害者との対峙です。

加害者の殆どは、共産主義者を殺したことを正しいことだと思い込んでいます。なのでまるで武勇伝を語るように、殺人を自慢げに語ります。
特にオッペンハイマー監督はアメリカ人です。
当時は、インドネシアが共産主義者を排除することを、アメリカは好ましいことと思っていました。
当然、加害者はノリノリで、ルクンさんの兄をどうやって殺したか、オッペンハイマー監督に向かって笑いながら説明します。
ルクンさんがその映像を、瞬きもせず見つめているシーンが印象的でした。
ルクンさんは、加害者に復讐したいわけでも、謝罪を聞きたいわけでもないと言います。
ただ「後悔している」の言葉が聞ければ、許せるかもしれないと。
嬉々として殺人を語る加害者達ですが、流石に殺した弟が尋ねて来ると顔色を変えます。ルクンさんは、表情一つ変えずに冷静に聞くんです。

「私の兄は貴方に殺されたんです」

「殺された」という言葉で、メガネ屋と客の関係が、がらっと加害者と被害者に変わります。一瞬にして、緊迫した空気に変わる。
「上から言われてやったんだ。自分には責任がない。やらなければ、自分が殺される。しょうがなかった」
などなどと、責任をどこかに投げやってしまう。埋まらない。加害者と被害者の溝。

加害者達の子供は、「私は小さかったので何も知らない」と言う。
父親が殺人の方法をにっこにこで話している映像や、描いた本の挿絵などを見せられると、「今まで仲良くやっていたのに、何故蒸し返すんだ。忘れて仲良くやろう」と声を荒げたり、逆に「私の父を許して。これからは家族ぐるみの付き合いをしましょう」と優しく猫なで声で提案します。
実はルクンさん自身も、9・30事件後に生まれたのでお兄さんを知りません。

私は加害者と被害者が対峙する部分より、この子供達や事件後に生まれた世代の立ち居地に考えさせられました。インドネシアだけではなく、悲しい歴史を持つ国は日本や他にもあります。
当事者が亡くなった後、その子孫が歴史とどう向き合うか。インドネシアの被害者と加害者の図式だけではなく、民族間、宗教観、国と国の関係の中で、乗り越えていかなくてはいけない悲しい歴史の重み、またその難しさを感じる作品でした。

さぽしゃ
さぽしゃさん / 2015年8月26日 / PCから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:-
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被害者からみた悪と加害者からみた悪

歴史上の真実を暴くドキュメンタリーでありながら、カメラワークや色彩表現など芸術性も備えた稀有な映画だった。

この作品を観て、「常識とは何か?」という問いが私の心に痼りのように残された。
殺人が時代の常識なら、私たちも躊躇なく加害者になりうるという危うさが描かれていた。

そして、倫理上は等価値であるはずの一つの命の重みが、ひとたび論理が異なるとで、ここまで軽く扱われてしまうのだとういう事実に衝撃を受け、そして憤りを覚えた。

死から距離をおいた生活を送っている私にとって、この作品に描かれている命の軽さには、只々圧倒されるばかりだった。

また、被害者と加害者の罪の意識の決定的な違いについても再認識させられた。

(加害者側の「罪の正当化」とは、人が生まれ持つ自己防衛本能の一つとして精神安定剤の役割を果たしているのではと感じた。この回路がショートしてしまうと(特に正義感の強い人などは)精神的に破綻してしまうのではないだろうか。)

riorio
riorioさん / 2015年8月20日 / PCから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  怖い
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皆そうなりかねない

インタビューを受けた加害者全員が自分の過去を肯定している。誰一人として謝らない、罪悪感を感じさせない淡々とした話し方。

彼らは根っからの悪なのか?違うだろう。アメリカや軍からの圧力を受け、自分自信を守るために従うことしかできなかったかもしれない。
手をかけた者の血を飲んで、あえて狂った。"正気"でいるために。

年を取ると皆同じだ。鬼と呼ばれた人間もいつかは目は悪くなり、体も弱ってよぼよぼになる。情けなくなるほどに。

人を殺してはいけないイスラムの教えも、敵に対しては殺していいというのだから厳しい。敵だから殺しても許された。
罪悪感の肯定。そうでもしなきゃきっと自分が保てなかったのだろう。

何十年もそう生きてきて、今さら変わるわけがない。人間という生き物をまた少し分かれた気がした。

arisa
arisaさん / 2015年8月2日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  -
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現実から眼を逸らすことが悪意を増長させる

前作『アクト・オブ・キリング』が加害者たちから一方通行だったものが、被害者と加害者の双方向へと変化している。

ただし、加害者の言い分は前作から変わらない。

すなわち、
・知らない
・あれは善行だった
・おれはただ、これこれ(上からの命令や、直接ではない行為など)をしただけだ
・いまさら、ほじくり返してどうなる
など。

そんな言い訳ばかり。

本作品の主人公ともいうべき被害者の弟アディは、彼らが行った行為が非道であったことを認めさせたいのだが、その他の被害者の心情は、どうなのか・・・

映画中盤で、虐殺の中で生き残った老人が登場する。
彼は、当時は若者で、アディの兄の友人で、虐殺から逃れた後、村から離れて暮らしていた。

その老人がいう。

過去のことは、ほじくり返さない方がいい・・・

えええっ!
たしかの老人の立場としては、生き残っていることが知れたら、余生がどうなるかはわからないが、それにしてもあんまりだ。

眼を閉じて、見ないでいれば、なかったことにできる・・・そういう、一種の諦めなのか。
現実から眼を逸らすことが、唯一の生存手段ならば、それは悲しく哀しい。

しかし、眼を逸らすことが、無自覚な悪意を増長させている。
それは明らかだろう。

非道な行為であればあるほど、その行為を見つめ、非道であることを認める。
そうでなければ、より善き世界には到達しないだろう。

そんなことを考えた一編でした。

りゃんひさ
りゃんひささん / 2015年7月31日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  怖い
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人間の本性の露呈。賛否必至のドキュメント。

【賛否両論チェック】
賛:人間の恐ろしさや浅ましさを垣間見る。様々な議論を生みそうなテーマなのも、興味深い。
否:この映画の主張自体も、やや乱暴な理屈か。非常に淡々と進むので、眠くなるかも。グロテスクな話も多数あり。

 命乞いをする者達の首を切ったり体を切断したり、絞め殺したり。そんなむごたらしい話を飄々と語る実行犯達にも驚かされますが、その多数が
「命じられて荷担しただけ。自分は悪くない。」
と開き直っている姿にも、人間の浅ましさを感じてしまいます。ただ逆に言うと、被害者からの視点でしか描かれていないので、自然と
「被害者=善で、加害者=悪。」
という構図になってしまっているのも、少し乱暴な理屈なのかなと思います。
 また、特にBGM等もなく非常に淡々と進むドキュメンタリーなので、気をつけないとかなり眠くなりそうです。
 良くも悪くも、命や社会や正義について、色々と議論のきっかけとなりそうな作品です。

映画コーディネーター・門倉カド
映画コーディネーター・門倉カドさん / 2015年7月30日 / PCから投稿
  • 評価: 2.5
  • 印象:  悲しい 怖い 難しい
  • 鑑賞方法:-
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フィクションという残酷さ

加害者達はみんな逃げている。自分のした事から、目を背けている。本当は自分のした事を分かっているのに、認めたくなくて、怖くて、逃げる。加害者の家族も同じ。
事実は曲げられ、真実は伝えられずに、みんな見たくない、知りたくないと、知ろうとしない。怖いから。
でも、みんな、目に涙を溜めて、辛そうな表情をしていた。どうしてその理由に目を向けようとしないのだろう。
殺人は決して賞賛される事ではない。英雄なんかじゃない。

加害者の家族は、自分の家族のした事を一緒に背負わなければならない。自分は知らなかった、関係ないではなく、知らなくちゃいけない。被害者からの目に、声に、耐えなければいけない。それが人を殺すということなんだから。一緒に苦しまなきゃいけない。

観ようか悩んでたけど、みてよかった。フィクションと考えると、ものすごく息が詰まる、苦しい映画だった。

TOM
TOMさん / 2015年7月29日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  悲しい 怖い
  • 鑑賞方法:映画館
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悪の凡庸さ

悪の凡庸さ

カンタベリー
カンタベリーさん / 2015年7月25日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:-
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視線。

終始、登場人物の視線に魅せられた映画でした。

何を見て、何を考えているのか。何から目を背けて、何を考えないようにしているのか。

そして最後にアディは画面の向こうにいる観客を見つめます。まるで「あなたは何を見るのか」「あなたは何を考えるのか」と問い掛けるように。

見ていて非常に息の詰まる映画ですが、見終わるとまだまだ見ていたい、と感じる自分がいました。お互い何も語らず、ただ登場人物が見つめ合うだけの画面を後一時間くらい見ていたかったです。

mmr
mmrさん / 2015年7月19日 / Androidアプリから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  悲しい 知的 幸せ
  • 鑑賞方法:映画館
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力強い絵に魅せられる

色彩豊かの絵が展開される中、悲惨な話が告白されゆく。こうやって殺した、ああして殺したと実演を込めて話される内容は、事実なのだろうと思うのだが、映画の中の絵があまりにも美しすぎるために、何か御伽噺のように見えてしまう。恐らく、それは告白する側に罪悪感というものが皆無だからなのだろう。世間話と同様に虐殺の話をするその姿を見ていると、思わず吹き出したくなる瞬間がある。政治という衣を着た人殺しのやるせなさ…被害者家族にとっては、話のどの部分も笑えるものではない、映画の中でその主張を強く感じさせられる。
起こってしまった悲惨な過去をどうしたらよいものかと、ただただ途方に暮れる思い…。
惨禍を引き起こした当事者そしてその加害者すべてが地に帰ろうとも、禍根は永久に残ってしまうのではなかろうか。
そんなやるせない気持ちが湧いてくる。

SH
SHさん / 2015年7月7日 / Androidアプリから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  怖い 知的
  • 鑑賞方法:映画館
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インドネシア1960年代の共産主義者大虐殺の実行犯に虐殺の再現映画...

インドネシア1960年代の共産主義者大虐殺の実行犯に虐殺の再現映画を持ちかけた前作と比較してまっすぐストレート。散々得意げに虐殺を語った実行犯に「実はそこで殺されたのは私の兄なんです」と言う眼鏡検査技師アディ。殺人者たちの眼は泳ぎ、過去は忘れろさもないと、と恫喝する者、過去はどうあれ今は兄弟だと言う者、様々。アディは言葉を選び、沈黙し虐殺者と握手をし、去る。これを見ている大半の日本人の観客は虐殺者たちの家族の立場に居ながら、殺された者の視線で見ていくことになってしまう。被害者の弟に見つめられながら「あれは国家のためだった」と言い抜けようとする実行犯たちに言いようもなく嫌悪を感じながら、その時どうできたか、明日起こったら何ができるかはまったく自信がない。

こんにゃく
こんにゃくさん / 2015年7月6日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:-
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